なにかいる……?
エルフたちが農場を去った後。
俺は農場に残って、開拓作業を続行していた。
と言ってももう夜になる。
スライムたち以外は、もう返してしまっているし、自分もそろそろ切り上げ時だ。
……エルフの皆を送ってるシアが戻ってきたら、自分も屋敷に帰ろうかな。
と思っていたその時だ。
『……助けてー』
か細い声が、どこかから聞こえた。
「うん?」
それは魔王城跡地のまだ、開墾されてない、雑草と瓦礫まみれの土地からで。
暗くなりつつあるそこに、何やら一個の丸っこい物体が浮かんでいるのが見えた。
……何かのモンスター? いやでも、敵意みたいなのは感じないけど……。
なんだろうと思って、近づいてみる。すると、だんだん見えてきたのは、
「……毛の塊……?」
何やら薄汚れた毛が密集したもの。それが目の前にあった。
「ここから声が聞こえた……んだよね……?」
思わずつぶやくと、
『ま、前が見えないよおー』
と、また聞こえた。確実に目の前の浮かんだ毛からだ。というか、よく見たら、浮かんでいるのではない。
細い小さな足が、下にわずかに生えているのが見えた。さらに言えば毛自体にも見覚えがあり、
「君、もしかして羊か!」
そうだ。農家から羊が脱走して、数年間捕まらなかったせいで毛が伸びすぎた羊というのを見たことがある。
それに近しい、しかし、その時よりも、明らかに毛量は多いモノが目の前にいたのだ。
「でもどうしてこんなところに……」
エルフの面々が連れてきたのだろうか。あるいは、どこかの農家から逃げ出したのかもしれない。だから聞いてみる。
「君、どこから来たんだい?」
『遠いところから……って、アタシの言葉が分かるの!?』
「うん。聞こえているよ」
『うわああん。近くにいるなら助けてー! 何も見えないのー』
言葉の意味ではそんなふうに、鳴き声としてはメーメー言うのが聞こえた。
大分、困っているようだ。
「毛刈りか。一応、牧場の人たちから習ってはいるけれど」
それこそ羊飼いの職業を得たのだからと、羊の世話の方法は領地の牧場の人から一通り教わった。毛刈りもその時体験させてもらったからやり方は分かる。
だから俺は腰にある作業袋から、毛刈りばさみを取り出して、
「ええと、まずは横になってくれる?」
『はあい』
ドシーンと大きな音を立てて横になった羊の毛に俺は触れる。
汚れているが見た目以上に柔らかい。ふかふかふわふわだ。
……ええと、頭の位置を確かめて、体を傷つけないように……。
と、丁寧に、ハサミを毛の間に入れ、切ろうとした。だが、
――ギ
という音がするだけで、毛が切れない。
「……ん?」
もう一回ハサミを動かす。しかしやはり切れない。 物理的に刃が通らないのだ。
……なんだこれ。柔らかいのに全く切れないぞ……。
毛が柔らかい筈なのに、硬い。そんな感じだ。
こんな羊は見たことがない。もしかすると、魔王城の近くで育ったからだろうか。あるいはエルフによる品種改良が進められたのか。
どちらにせよ、鉄のハサミでは歯が立たない。しかし、
『見えないー』
明らかに困っている。ほぼ泣いている。鳴いてもいるが。
どうにかしてあげたい。だから、
「来たれ、ハバキリ」
俺はハバキリを呼んだ。
空からナタが降ってきて、横に着地する。その中から半透明の男が出てくるが、明らかに眠い目をこすっている。
「うー、なんじゃ、坊主。もう寝る時間じゃ……」
今日は既に働いた後だから、こうなるのもわかる。
「ごめんごめん。最後に一仕事お願いしたいんだ。刃を使わせてくれるだけでいいから」
「おう。なら、いいが。あんま動けんぞ」
「大丈夫。じゃあ、ちょっと失礼して」
ナタになったハバキリで、試しに毛を切ってみる。すると、当然ではあるが、
「うん、ハバキリなら切れるね」
尋常の刃物でないハバキリであれば、問題なく切れるようだ。
「でもこのままじゃ危ないから……ハサミみたいになれる?」
「おう? 構わんが……。この感触は……」
寝ぼけた瞳でハバキリがムニャムニャ言っているが、ハサミの形になってくれた。あまり羊を横にさせ続けるのも申し訳ない。だから、
「んじゃ、ちゃっちゃと行くよー」
寝ころんだ羊の毛をチョキチョキと切っていく。
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