砂中の救出劇
下は砂地だが高さがある。リオのレベルとステータス値であっても、そのまま落下すればケガする危険があった。
右手に魔力をこめる。『風』の無銘から旋風が生まれ、リオの体を包みこんだ。空を飛べるほどではないが、落下速度を抑え、体勢を整えるには十分だった。
「リオ避けろ!」
「ッ!?」
オルネラの叫びに、リオは反射的に身をひねった。
頭のすぐ横を、ものすごいスピードで液体のようなものが通り過ぎていく。
上からグラートが解説する。
「けっこう強力な毒液だ。食らったら麻痺して動けなくなるぜ」
行動不能な状態になれば固有スキルが発動してすぐさま回復する。しかし発動までのわずかな時間で地面に叩きつけられてはたまらない。
無防備に落ちれば、砂地に沈んで身動きが取れなくなってしまうのだ。
リオは毒液を風刃で弾きながらタイミングを見計らい、着地の寸前で『土』の無銘を砂地に突き刺した。魔力を流しこみ、瞬時に〝足場〟を作り上げる。
沈みつつある冒険者の男が目をぱちくりさせた。
「砂を、固めたのか?」
土魔法で自らの肉体や武具を硬化するやり方は一般的だ。リオからすれば魔物や砂地を固めて利用するのはその延長の認識だった。
彼らとは距離がある。毒液への対処で十メートル近くそれてしまっていた。
「貴方は静かに、動かないでください」
リオは慎重に、巨大アリジゴクの攻撃を捌きながら砂地を固めつつ、彼らに近寄っていく。
大人しくしていれば攻撃はされないようで、冒険者の男性は息をひそめた。
一方のリオへは容赦なく毒液が浴びせられていく。
一度、まともに食らった。
吐き気が全身を駆け巡るような嫌悪感とともに、痺れて動けなくなる。
「早くこっちへ! 解毒薬ならまだ――」
――固有スキル【女神の懐抱】が発動しました。
「いえ、もう平気です」
立ち上がって足下を硬化し、やがて魔物を中心としたすり鉢状の領域の境目に到達すると、
「うわっ」
固めた足場がずるりと滑った。
硬化した範囲の下は、変わらず砂のままだ。浮島のようになって安定しない。
風を呼ぶ。
リオはあえて、すり鉢状の領域に足場を滑らせ、彼らのすぐ近くまで進めた。
足場を放棄し、男性を囲むように砂を硬化する。
「ありがたい」
男は両脇に抱えた仲間を硬化した砂の上にあげ、続けて自らも這い上がった。
「そしてすまない、武器も荷物も砂の下で、俺は魔力も体力もほとんどない」
グラートにロープを垂らしてもらっても、二人を抱えて上まで逃れるのは困難を極める。途中、魔物の苛烈な毒液攻撃が来るのは明らかなのだ。
「となりゃあ、俺らがやることはひとつだよなあ」
「気合入れればなんとかなるっしょ」
「早い話が――」
三つの影が、上から落ちてくる。
「アレを倒してしまえばいい」
ザンッ! と真っ先に降り立ったのはオルネラだ。落下中に毒液攻撃を浴びせられるも、ハルバートをぐるぐる回してことごとく弾き飛ばしていた。
グラートとグレーテはロープを滑って降りてくる。
攻撃がオルネラに集中していたからか、こちらはのんびり呑気なものだ。
「よっ、と。リオが作った足場はまだしばらく持ちそうだな」
「あれ? でもあたしのとこってすでに沈みかけてるんですけど?」
「そりゃお前、見た目からして重そうだもんなあ」
「乙女に言っちゃダメなやつ! 装備がね! 重いから仕方ないね!」
やれやれ、とグラートはロープに魔力を通すと、鉤爪が外れて彼の手の中に戻ってきた。
「んじゃ、お前はあっちな」
グレーテに長いロープの端を持たせ、砂地の中に点在する岩のひとつを指差した。
へいへい、とグレーテはぐっと膝を折ると、
「とおっ!」
遠くへジャンプ。しかし岩にはまったく届いていない。が、砂地に足がつくその瞬間、
「もいっちょ、とおっ!」
柔らかな砂を強力な力で押しつぶし、一瞬だけ硬くなったところを足場にしての大ジャンプ。
それを繰り返し、つい岩へしがみついた。
一方、ロープのもう一端、鉤爪のついた方はと言えば。
「ワタシが持ってきた。リオ、そいつらをぐるぐる巻きにしろ」
リオが作った足場を伝い、オルネラが巨大な魔物との間に躍り出た。
ロープを受け取り、冒険者たちがずり落ちないよう縛り付ける。
と、グラートがいつの間にかやってきて、
「こっちの守りは俺に任せな。兄ちゃん、足蹴にするけど我慢してくれよ」
冒険者の男性を踏みつけて、襲いくる毒液を魔法で叩き落とす。
「一番たいへんなのあたしなんですけどー」
グレーテは岩の上で踏ん張りつつロープを引いていく。
やがて冒険者たちは岩の上に逃れることができた。
「さて、こっからどうすっかね?」
要救助者をグレーテに預け、グラートが砂の上を駆けてリオたちのところへ戻ってきた。
「なんとなくだが、先へ進むにはアレを倒さなくちゃいけねえ気がするぜ」
「上には戻れない。なら、倒すしかない」
「ま、そうなんだが……。リオ、アレってどんな感じよ?」
攻撃の手を休めている巨大な魔物は、毒液以外の攻撃手段を持っていて、接近しても苦戦は必至の相手だ。
「殴っていればいずれ死ぬ」
「お前さん、わりと武闘派だよな。できればもっとスマートにやれねえかなあ」
「さっき、毒を食らって気づいたんですけど――」
リオが淡々と作戦を告げると、
「相変わらずだなあ、お前」
「リオらしくはある」
二人から反論はなかった。
「じゃあグラートさん、攪乱をお願いします」
はいよ、と首をこきこき鳴らし、グラートは砂の上を疾走した――。




