覚醒の予兆
「やりやがった! あいつら、本当に倒しちまったぜ!」
ガルフが大はしゃぎで駆け寄る。
極限まで疲労困憊に陥り、大の字に寝転がったリオの頭をわしゃわしゃ撫でる。
「オマエやるじゃねえか。しかしずいぶん疲れちまったみてえだな。ほれ、疲労回復薬だ」
「ガルフさん……? いえ、もう必要ないです」
ちょうど【女神の懐抱】が発動し、リオはしゃっきりと立ち上がる。
「くっ、オレの好意を……」
ちょっと申し訳なく思いつつも、全快したのにリオはふわふわと落ち着かなかった。
実感が湧かない。
結局三体とも、倒したのはミレイだ。特に自分は最後、何をしていたのか記憶が曖昧だった。
「それはわたしがいただきます!」
こちらも疲労困憊でふらふらのミレイが、ガルフから小瓶を奪い取りごくごく飲んだ。
完全には回復していないものの、にぱっと笑みを浮かべるや。
「リオさん、やりましたね!」
やったー! とリオに抱き着いた。
「すごかったです! わたし感動しました! レベル差のある魔物さんを相手に、リオさんってば一歩も退いてませんでした」
防戦一方だったから物理的に退いたりはした、のはさておき。精神的な話をミレイはしているのだろう。
「僕は『恐怖』を感じないからね」
この二年、あり得ないくらい死にかけたため、【恐怖耐性】スキルがLv.10になっているのだ。
「それはそうかもしれませんけど、なんて言うかこう……すごかったです! ホントにすごいっていうか、あえて言うならすごかったんですよ!」
ミレイは言葉が見つからないのか、『すごい』を連発する。
リオは苦笑いしつつ黒髪を撫でる。さらさらして気持ちいい。
「リオ様、ミレイちゃん、本当にお疲れさまでしたわ」
ノーラが微笑みをたたえながら歩み寄る。
「でもミレイちゃん、貴女はダメダメポイントがいくつかありましたから、帰ったら反省会ですわよ?」
「ぅ、はい……」
しょんぼりするミレイを、リオはよしよしと慰める。
「ところでリオさん、お尋ねしたいことがありますの」
ほんわかした雰囲気ながら、目はどこか真剣だ。
リオの動きがよくなった理由を、自身の推測を交えて問う。
「そうですね。【緊急回避】と【集中】はレベルアップしていました。ステータス値もすこしですが上がっています」
「やはりそうでしたの。他になにか変化はありまして?」
「……レベルが23まで上がっています」
この戦いだけで経験値を十万ほど稼いだことになる。
「それから……ん? なんだこれ?」
リオはステータス画面を公開にし、他の三人が覗きこむ。
最初に異変に気づいたのはノーラだった。
「通常スキルに、【MP自動回復】? えっ? スキルに? 状態付与魔法ではなく?」
MPが一定量まで減った際、自動で回復する効果を付与する魔法やアイテムは存在する。
しかし限定でも固有でもなく、通常スキルとしては認知されていなかった。
(どういうことですの? もしかしたら戦闘系のスキルを知らないうちに覚えたと考えていましたけれど、まさかまたこんなイレギュラーが……)
一方、リオは別の疑念を抱いた。
「魔法を覚えてもいないのに、なんでこんなものが……」
「それは『まだ』というだけの話ですわ。魔法関連のスキルを習得したのですから、今後リオ様が魔法を覚える可能性が高くなった、と好意的に解釈すべきですわ」
なるほど、とリオは素直に嬉しくなった。
固有スキルが発動すれば、その特性上MPは回復する。だから不要にも思えるが、将来魔法が使えるようになったとき、戦闘中にわずかでも回復すれば戦い方の幅も広がるのだ。
(とはいえ、先にこちらを習得したのは不可解ですわね。今後魔法を覚えるにしても、はてさていったい『何』を覚えますのやら)
基本の基本をすっ飛ばし、上位魔法を習得するかもしれない。
「うしっ、こんなとこで長話もねえだろ。先に進んでマーカー登録してこいや」
フロアボスを倒せばすぐ先に、リーチ・マーカーを登録する装置が置かれている。
「僕は一度地下街に戻ります。自力でフロアボスを倒せるようにならないと、先に進んでも意味はないですから」
「はっ? テメエ真面目か」
もともと今回は〝ミレイが〟突破するのが目的だった。
一人で三体相手は厳しい。いまだ魔法が使えない自分では、浮遊して攻撃が届かない新種対策を練る必要があった。
ただ解決策のひとつを、先ほどミレイが示してくれた。
となればレベルを相応に上げ、ステータス値をMAX付近まで高めておかねばならない。
しばらくは復活したフロアボスを相手に、レベル上げに専念すべきだろう。
「皆さんとはここでお別れですね」
双剣を腰に差そうとして、何か言いたげなガルフが目に留まる。
ふいに、彼が以前言っていた言葉が頭をよぎった。
――体は完全に回復しても、見えねえとこでどっか壊れちまってるかもしれねえ。
ガルフはリオ自身を心配しての発言だった。自分になにか変化があるとは思っていない。
ただ妙な引っかかりを覚え、リオは双剣を持ち上げてじっと見つめた。
「リオ様、どうかしまして? あら?」
「よく見りゃいい得物使ってんじゃねえか。ん? けどこりゃあ……」
さすがに歴戦の勇士たちだ。【鑑識眼】を持っていないノーラとガルフも気づいたらしい。
「すごく、傷んでる……」
もともと武骨でキラキラしているものではないが、見た目は買った直後と変わらない。
しかし相当な痛み具合が【鑑識眼】で明らかとなった。
「ま、当然だわな。テメエの身体が何度復活しようと、得物は痛み続けるんだからよ。モノがいいだけにぱっと見じゃあ気づけなかったか」
「今の戦いでも相当酷使していましたものね。むしろよく壊れなかったと感心しますわ」
頭ではわかっていた。武器にせよ防具にせよ、消耗品なのだ。
名匠の手による逸品で、リィアンからも『長く使える』と言われていたので油断していた。
「修理しないと」
簡単な修理ならこのダンジョンの地下街でもできるが、物が物だけにリィアンに見てもらったほうがいい。
こうしてリオは、久しぶりに帰還することに決めたのだった――。
早く魔法を覚えたい民。
次回は久々に女神さま登場です。




