〝再会〟
ミレイには冒険者になる前に、師匠がいたらしい。その人物は彼女に『二つ年上の兄がいる』と教えてもいた。
きっと女神だろうと考え、軽い気持ちでどんな人か尋ねたところ。
「名前は知らないんですけど、わたしと同じで黒い髪と黒い瞳をした、気さくなお姉さんでした」
「は?」
おかしい。女神は金髪碧眼。気さくといえば気さくなお姉さんではあるが……。
「いろいろ秘密がありそうな不思議な人でしたね。自分の名前もお兄ちゃんの名前も『今は言えない』って」
「その人は、他に何を教えてくれたの?」
「冒険者の心得とか、装備の種類とか戦いのパターンとか。ただ団に入っていろんな人の話を聞く限り、そのお姉さんってかなり破天荒な人みたいですね。『それ参考にしちゃダメ!』とか言われちゃいました」
えへへと頬をかくミレイは続けて、
「ああ、それからさっきの話ですけど、『呪い耐性をつけなさい』って言ったのもそのお姉さんです」
「「ッ!?」」
リオだけでなく、エルディスティアも驚きのあまり立ち上がった。
ミレイは二人の異変に気づかず、なおも続ける。
「前はちょくちょく現れてたんですけど、わたしが団に入ってからはぜんぜん姿をみせてくれないんです。なんだか寂しいからわたし――」
後ろで縛った黒髪を前に持ってきた。
「お姉さんと同じ髪型をマネしてるんです。そうすると、いつも一緒にいられるような感じがして安心するので」
リオは混乱の中、女神へ目を向けた。
しかし彼女もまた絶賛混乱中だった。
(心を読めない私だけど、リオ君が誰を想像したかはわかるよ。私だって〝彼女〟の顔が真っ先に浮かんだし、該当する人物がそれ以外に見当たらない。いやでもしかし、それはおかしい。あってはならない事態なんだ)
二人が頭に思い浮かべたのは、リオとミレイの母リーヴァ・ニーベルク。
しかし彼女は死んだのだ。
リオ自身が看取り、それゆえ女神は幼い兄妹の前に姿を現した。
少なくともエルディスティアは、リーヴァの亡骸がふもとの町の住民の手によって埋葬されたところも確認している。
死者を蘇らせる魔法やスキルはこの島には存在しない。
だから女神の関与なくリーヴァが復活するなどあり得ない。あってはならないのだ。
「どうかしましたか?」
「……いや、ありがとう。ちょっと興味があっただけだから、気にしないで」
小首を傾げたミレイはすぐさまいつもの快活な笑みを咲かせ、
「それじゃあ、今度の今度こそ、わたし行きますね。リオさん、またお会いしましょう!」
何度も大きく手を振って、駆けて行った。
長い沈黙の中、残されたリオと女神は目を合わせようとしなかった。
しかしリオはエルディスティアの雰囲気から、彼女もまた混乱していると感じ取っていた。
(考えても、仕方がない)
リオは再び曲刀を振るう。
「まだやるのかい?」
「うん。なるべく剣に振り回されないようにする体の動きとか、探っておかないと」
母の顔がちらついた。
それを振り払うように、ただひたすら手と足を動かした。
何時間経ったのか。
遠くの山に陽が落ちる。山の向こうが茜に色づいたころ。
リオは汗だくになって大の字に寝転がった。荒い息を沈めながら横を向けば、
「すぴー」
女神はどうやら夢の中にいるらしい。
「あのひと、一度寝たらなかなか起きないんだよね」
耳元でバケツをガンガン鳴らしても、大きく揺さぶってもびくともしない。
そんな昔を思い出して笑みがこぼれた。けれどすぐリオは表情を引き締める。
「ぜんぜんダメだ……」
今まで出会った冒険者たちの戦いぶりを頭に描き、彼らのマネをしてみたものの、相変わらず剣に振り回されてばかりだ。
出会った中には双剣使いもいた。それも一人ではない。
中にはリオが見惚れる使い手もいたのだが、それを参考に体を動かしても、自分にはしっくりこなかった。
何か、間違っている気がする。
ミレイとの稽古を思い出す。
あれが今の自分にできる最大限だった。
――本当に、そうだろうか?
死を恐れず、ただ前に進む。
もちろんミレイの性格からしてこちらを殺しには来ないが、自分としては全力を出し切っていたはずだ。
――それは間違いない、けれど……。
足りない。何かが足りていない気がする。ステータス値はもちろん、技術もまったく足りていないが、それ以外の何かが……。
師匠はいらない。
いらないと思っていたけど、せめて参考になる『型』でも見られれば、この疑問は晴れるかもしれなかった。
そんな彼の願いが届いたのか。
「悩んでるねえ、少年。どら、いっちょアタシが相談に乗ってあげようじゃないか」
懐かしい声だった。夢の中でも何度となく聞いた、勇気づけられる声音。
リオはがばっと起き上がる。
声の出どころに目を向けて、震えが止まらなかった。
「母、さん……」
ミレイと同じ、長い黒髪を後ろでひとつに縛った髪型。呪いに侵され痩せこけていた生前とは違い、スレンダーながら肉付きがよく引き締まった活力あふれる体躯ではあったが、
「よっ、元気してたかい?」
にかっと笑うその顔は、紛れもなく母そのものだった――。
次回、お母さん(?)の愛情指導。




