帰ったら女神さまがいた
島の西地区での大宴会を終え、リオは翌朝になって南地区へとやってきた。島の各所にある『転移装置』を使えば、遠く離れた場所でもあっと言う間だ。
冒険島エルディアスは不思議な力で空からも海からも近づけないが、唯一島の南端だけは解放されている。
ゆえに島外から来た者たちが作った最初の町――〝始まりの町〟があった。
始まりの町はその後も栄え、島を統括する議会や各ギルドの本部もある。周辺の魔物が弱いこともあり、島内で生まれた冒険者志望の若者たちもまずここへ集まるのだ。
リオはまず冒険者ギルドの本部へ赴いた。
「おい、リオだ。リオが帰ってきたぞ!」
「レベルが上がったんだってな」
「うちの正式メンバーにならないか?」
「ちょっと抜け駆けしないでよ!」
「そうだぞ、だから俺んとこへ来い」
噂はすでに届いていたのか、着くなりもみくちゃにされるリオ。
「今は考えていません」
これまでも何度かパーティーへの勧誘はあったが、そのすべてを断っていた。
特定のパーティーに所属すれば、その行動プランに従わざるを得ない。毎日でもダンジョンにこもって経験値を稼ぎたいリオにしてみれば相容れないものだった。
レベルが上がってもそれは変わらない。
もっとも今は、自らを鍛えてステータス値を上げるのが急務だった。
「――というわけですから、しばらく荷物持ちの仕事はお休みします」
受付にそう伝えると、リオはそそくさとギルド本部を後にした――。
追いすがる冒険者たちを振りきり、リオは足を急がせる。
石畳の大通りから脇に入り、しばらく進んで馬車がすれ違えるくらいの道に出た。
商店が立ち並ぶ中を進むうち、会う人たちからレベルアップの祝福や所属パーティーへの勧誘を浴びまくる。
やがて四階建ての古い建物にたどり着いた。『銀の禿鷲亭』との看板がある。
一階はカウンターとテーブル合わせて三十席ほどの中規模の酒場だ。二階より上は店主家族の住まいと宿になっていた。
リオはここに住み込みで手伝いをしている。彼の拠点だ。
酒場の入り口を入ると、男だけの二組がテーブル席にいた。まだ昼前だというのに顔が赤い。
そして他には奥の窓際に、美しい女性が静かに本を読みふけっていた。
(誰だろう?)
リオの記憶にはない女性だ。長い金髪がきれいで、ドレス風の上等な服を着ている。
いくら明るいうちとはいえ、冒険者が集う酒場には似つかわしくない上品な佇まいをしていた。
不思議なことに、あれほどの美女がいるのに酔っ払った男性客は見向きもしていない。大声で話したり笑ったりとお行儀がよいとはとても思えないのに。
すでにちょっかいを出したあとで注意されたにせよ、ちらりとも見ないのはどう考えても不自然だった。
(それに……テーブルの上には何もない。誰も気づいていないのかな?)
リオは訝りながらも、客ではないのにカウンター席に陣取る女性に声をかけた。
「アデラさん、ただいま」
大柄で浅黒い肌をした、エプロン姿の女性だ。太い腕で器用に大きな包丁を操り、芋の皮を剥いては足元の桶に芋を放りこんでいた。
仕込みをしつつ接客も対応するぞとの心意気を感じる。
「おりょ? なんだいリオ、ずいぶん早いお帰りじゃないか」
「ちょっと事情があって仕事の契約が昨日だけになったんだ」
「へえ、アンタがヘマしたとは思えないけど、ま、そういうときもあるわな。見てのとおり今はまだ暇だからね、部屋でゆっくりしといで」
彼女はこの店の女将。名をアデラ。オーガ族のハーフだ。
元腕利きの冒険者で、実際彼女のレベルは50を超える。引退したとはいえ日々鍛えているようで、ステータスもレベル内MAX近くをキープしていた。
ふだん通りの反応からすると、リオがレベルアップした話はまだ耳に届いてないらしい。
「ありがとう。それよりアデラさん、あの人って注文はまだなの?」
「あの人? って、うぉ!? いつの間に……。あんなべっぴんさんが店に入ってくりゃ、すぐ気づいたはずなんだけどねえ」
椅子から降りようとしたアデラを手で制す。
「僕が行ってくるよ」
「帰って早々悪いねえ。んじゃ頼むわ」
芋の皮むきを再開したアデラの横を通り、カウンターの中へ。木のカップに水を注ぎ、トレーに乗せて窓際の席へ向かった。
「ご注文はお決まりですか?」
テーブルに水を置くと、女性は今気づいたとばかりに本から顔を上げた。
「あら、可愛らしいウエイターさんね。お名前を伺っても?」
「……リオです」
「いいお名前ね。私は……そうね、『エル』と呼んでくださいな」
「……はい、わかりました。それじゃあエルさん、ご注文はお決まりですか?」
エルと名乗った金髪の女性は本を広げたまま薄い笑みを浮かべる。
「紅茶がいいわね。貴方が入れてくださるかしら?」
「わかりました」
踵を返したリオの背を見て、彼女はテーブルの下でぐっとこぶしを握った。
(よしっ! 私が女神だとは気づかれていない。いくら長年共に暮らしたリオ君でも、認識ずらしの権能は防げないものね)
そう、彼女は女神エルディスティア。姿はまったく同じでも、神性の権能によってリオは同一人物と認識できないでいた。
ところが、である。
(エルディスティアさん、なんでここにいるんだろう?)
リオにはバレバレだった。
エルと女神が重ならなくても、女神がどういった存在かはよく知っている。あれだけの存在感を持ちながら誰にも気づかれないのは、その不思議な力によるものとすぐさま看破したのだ。
しかし下界に降りた理由は知れない。
口調まで変え名を偽る……にしては先頭二文字とお粗末だが、ともかく正体を明かさない以上、それに合わせるのがいいとリオは判断した。
当の女神の思惑はと言えば。
(リオ君、きっと怒ってるよね。次のレベルまで経験値一億なんて、我ながら意地悪にもほどがある)
だから自分が女神だとは面と向かって言えるはずもなく。
あくまで『初対面のお姉さん』として振る舞い、新たな関係を築くのだ。
(ともかくファーストコンタクトは上々とみた! すくなくとも悪印象は与えていないはず)
ここから焦らずじっくりと心の距離を縮め、いずれこの近所に建てた豪邸に招くのだ。
女神は野望に燃える。
「お待たせしました」
妄想に耽るうちリオが紅茶を持ってやってきた。ソーサーに乗ったカップを音もなくテーブルに置く。
「いい香りね――ってちょっと待った!」
一礼して離れようとしたリオを全力で引き止めた。素が出まくる。
「何か?」
「おほほほほ。ごめんなさいね、大声を出してしまって。貴方、冒険者もしているのでしょう?」
「……はい」
「なかなかレベルが上がらなかったのに、つい昨日レベルアップしたと聞いたわ。ならこれから本格的にこの島の攻略を目指すのよね。ここで会ったのも何かの縁だし、私に何かしてほしいことはないかしら? いろいろ制限があるのだけど、うっかりお金や物を差し上げることくらいはできましてよ!」
頼れるお姉さんを演出する。
「……いえ、特には何も」
「どうして!? ほら、装備もろもろ入用でしょう? 剣でも槍でもいえそれは危ないわね。遠くからバカスカ撃ちまくれるような武器とかどうかしら? 町一番の大店を店ごと買い占めてもいいし、なんならダンジョンの奥深くにしかない逸品を――はっ!?」
目をぱちくりさせるリオに、自身が冷静さを欠いていたと思い知る。
(はわわわわぁ! じっくり距離を詰めるつもりだったのに、テンションが上がり過ぎて前のめりになってしまったぁ!)
ぐるぐる目でしどろもどろになる。どうにか挽回しようと思考を巡らすも、焦って考えがまとまらなかった。
「あの」
「はははひぃ!」
「お気持ちは嬉しいですけど、今のレベルで分不相応な武具をいただいても僕ではうまく扱えません。そこそこの武器なら貯えで十分足りますし、お気遣いは無用です」
「そ、そう、なのね……」
しょんぼりする女神を見て、リオは数舜考える。
「ただ装備を整えようとは思っていました。でも僕はそういったお店に詳しくなくて。もしご存じなら、お手頃な武具を扱うお店を教えてもらえませんか?」
女神の表情がぱあっと明るくなった。
「もちろんでございますことよ! 私ってばこれでも長ぁくこの島に住んでいますのでございましてね。少々お待ちいただけましてくださいね!」
口調が乱れまくる女神は、左右のこめかみにそれぞれ人差し指を当て、むむぅんと何やら念じたのち。
「あった! あったよリオ君! この始まりの町に、知る人ぞ知る名店がありましたとも!」
「ありがとうございます。それじゃあ一週間後、そこへ案内してもらえますか?」
「へ? なんで? 今すぐ行かないの?」
いつしか馴染みの口調に戻った彼女にリオの表情が緩む。
「まだレベルが上がったばかりですから、まずはステータス値を上げないといけないんです。今のステータス値でちょうどいいと、筋力が上がったときに物足りなくなります」
なるほどと納得しかけた女神だったが、
(えっ、一週間? たったそれだけで、今の倍近くまでステータス値を上げちゃうの?)
さらりと言ってのけるリオに寒気を覚えた。
「じゃあエルさん、今後とも『銀の禿鷲亭』をご贔屓に」
微笑みを残し立ち去ったリオを見送って。
(ま、いっか。一週間後にリオ君をそのお店に連れて行けば…………ん? おや? 二人で、お出かけ、ってことはまさか!)
ぼっと美貌が真っ赤に染まる。
(それってでででででデートってやつですかぁ!?)
ぷしゅ~と全身から湯気を出す勢いで、エルディスティアはぱたりとテーブルに倒れこんだ。
(もう死んでもいい……いや一週間は絶対生きる!)
「うふ、うふふふふふふふ……」
狼狽えすぎて認識ずらしの権能は消えたものの、辺りの客が彼女に近づくことはなかった――。
次回、リオ君によるトンデモブートキャンプでステータス値を上げます。




