狙い穿つもの
猛獣達の数が多い場所へと森都郊外を移動する最中に、隣を走る狩人のバクルムが何かに気が付いたようで森の方を指さした。
「あれを見ろ、新手が森の中から出てきたぞ」
黒毛牛と森猪が複数、牙獣の森から暴れ狂いながら飛び出してきた。
「おいおい、数が多くないか? 防衛の手は足りているのか?」
剣士のグラッドがちらりと後方を見れば、獣爪兵団の傭兵達や冒険者の一団が幾らかこちらの方にも走ってきている。
「心配するな。それより、獣共のボスが近いのかもしれん。この辺りで森に分け入るぞ」
「ここからが本番といったところか。森は視界が悪い。奇襲に備えて俺が先頭を行こう」
戦士マグナスが気合を入れるようにして大盾を構え直した。
その直後、鋭い風切り音が森の方から聞こえてきて、飛来した何かがマグナスの大盾へと激突する。
「うおおっ!?」
思わず前進を止めて、その場に踏みとどまるマグナス。だが、二撃、三撃と激しい衝撃音が鳴り響き、重量ある鋼鉄の大盾が大きく弾かれてマグナスはたまらず膝を着いた。
大盾に弾かれ地面に落ちた飛来物を見て、バクルムが珍しく焦ったように叫ぶ。
「狙撃だっ!! 弓矢を使う敵がいるぞ!! 身を隠せ!!」
──狙撃!? 飛んできたのは矢か。身を屈めながら私は地面へと視線を走らせ、すぐそばに落ちていた矢を見つける。それは一瞬、折れた木の枝のようにも見えた。しかしよく観察してみると、立派な矢羽根が生えていて、全体に鈍い黄金色をした大きな矢であった。
弓矢を扱える害獣というと、例えば小鬼などの人型の獣だろう。ただ、小鬼程度が放ったとは思えないほど威力の高い矢だった。
そうなるともっと大型で知能の高い、例えば人狼のような亜人の近縁種かもしれない。それでも、器用に弓を使う人狼というのはあまり聞いたことがないので、また別の種類の何かだろうが……。
(……矢が人の親指くらい太い。こんな巨大な矢を引くことができるのは、筋肉量としては雄牛人くらい……?)
すぐに魔獣化した雄牛人が脳裏に浮かぶ。あれならばやりかねない。ただ、それでも違和感を拭えないのはこの立派な黄金の矢だ。このような矢を雄牛人がどうやって用意したのだろうか?
「迂闊に飛び出したら……狙い撃ちされるか?」
グラッドがバクルムの方を見て声をかけるが、バクルムは森の奥から視線を外すことなく、愚問と言わんばかりの口調でグラッドの質問に答えた。
「敵の位置が掴めていない。今、飛び出したら確実に無駄死にだぞ。マグナスの大盾でも支えきれなかった。お前の持つその小さい盾で受けたら、そのまま貫かれるか、うまく受けたところで腕が折れる」
「華麗に受け流すのは……無理だろうな」
盾で矢の腹を打ち払えばあるいは可能性があるのかもしれないが、わずかでも当たりどころがズレれば大盾さえ弾くような強烈な一発を身に受けることになる。
大道芸でもやらないような達人の技。挑戦するにはあまりにも分の悪い賭けだろう。
こちらが攻めあぐねていると、森の奥からガサガサと藪をかきわける音が聞こえてくる。まさか向こうから、こうも無造作に距離を詰めてくるとは思いもせず、互いに目を合わせた私達の間に緊張が走る。
間もなくして藪の中から四匹の雄牛人が姿を現した。そのいずれも先頃に私が戦った雄牛人より体格が大きく、最悪なことにそいつらは全員、黒い靄のようなものを体にまとっていた。
(――四匹全部が魔獣!?)
四体もの魔獣の出現に、狩人バクルムの顔は盛大に引き攣っている。しかも、恐るべきことに彼らの親玉はまた別にいた。
雄牛人達の後ろからのそりと姿を現したのは、一見して大鷲を巨大化して二足歩行させたような獣。その体格は雄牛人よりさらに大きく、背丈は大人二人を積み上げるより高いかもしれない。
だが、普通の獣が巨大化しただけではない特異な形質をそいつは有していた。
鋭い鷲の眼は本来あるべき場所の他、頬に左右一対、頭頂部に一つ、計五つの紅い光を帯びた瞳が森の闇に浮くように爛々と輝いている。
巨体をさらに大きく見せるのは、広げれば粗末な小屋くらい包んでしまいそうなほど雄大な翼。羽毛は鈍い金色の光沢をして、まるで魔導回路の如く仄かな光の筋を無数に走らせている。
竜の牙かと見紛うほどに発達した四肢の爪は、両脚で大地を穿ち、左腕には湾曲したトネリコの木を握りしめ、右腕で器用に羽の付いた矢を複数本摘まんでいる。
体表からはめらめらと黒い靄が立ち昇り、およそ野の獣とは思えない優雅な足取りで木々の合間を抜けてくる。
知性ある瞳が目の前の獲物を見定めると、大鷲の魔獣は躊躇なくトネリコの木を構え、そこに結い付けられた植物の蔓を引いて矢を番えた。矢の太さは人間の親指ほどもあり、先端が針のように細く尖っている。凶悪な殺意を秘めた武器の姿に思わず身構えた。
鈍い金色の羽が付いた矢を見てから、私はようやく大鷲の魔獣が左腕に持つものの正体に思い至る。それが、あまりにも雑な作りであったので本当にわからなかったのだ。
武骨に湾曲しただけの木材が弓であると気が付いた時、巨大な矢が空気を破って飛来した。
咄嗟に身を屈めてかわすと、遥か後方で生木を穿つ鈍い音が響く。
矢を向けられた瞬間、身構えていなければ避けられなかった。
まだ若い細木が幹を抉られて、半ばから折れ地面に倒れていった。
「伏せてっ!!」
大鷲の魔獣が第二射を放った。
頭上をものすごい速度で大矢が飛んでいき、風圧で自分の髪が揺れるのを感じた。狙われているのは私か。
今の一発はかなり低い位置で飛んできた。次は伏せていたところで当てられるかもしれない。今度はこちらから動き出さなければ。
第二射が放たれた直後、私は姿勢を低くしながら大鷲の魔獣に向かって走る。
「お!? おい、レムリカ! 無茶をするな!」
木の陰からグラッドが制止の声を上げるが止まるわけにはいかない。
他の三人はわかっているのだろうか、今この状況で木陰に隠れていることがどれだけ危険なことなのか。あの大鷲の魔獣が放った矢は木の幹を貫通するほどの威力がある。大盾を持ったマグナス以外は、隠れていても樹木ごと撃ち抜かれる恐れがあるのだ。
かといって、マグナスの大盾の裏に全員で隠れるのは難しい。それにその大盾も、立て続けに大鷲の矢を受ければ弾き飛ばされてしまう。
次の矢が放たれる前に、敵をどうにか潰すほかないのである。
「ぬぅっ……!! ここは行くしかあるまい!!」
大矢の威力を盾で受けて体感したマグナスはその事実に気が付いたようだ。私のすぐ後ろについてくる音がした。
「ちっ……。グラッド、我々は動き回って敵の狙いを逸らす。一ヶ所に留まるな、狙い撃たれるぞ」
「あ、ああっ! そういうことか!」
バクルムとグラッドも遅れて気が付いたようだ。少なくともその場に留まることの愚策は理解したようで、それぞれ左右から回り込むように大鷲の魔獣へ接近する。
真っ直ぐに目標へ向かって走る私とマグナスの前に、雄牛人の魔獣が二匹、大鷲の魔獣を守るようにして動く。残りの二匹はそれぞれ左右に展開してグラッドとバクルムを迎え撃つようだ。
(……あと一人、手が足りてない! 雄牛人に足止めされたら、誰かがあの矢に撃ち抜かれる……)
とにかく真っ先にあの大鷲の魔獣を叩かなければならなかった。
「マグナス! どうにか踏ん張って」
「な、なんと!?」
前に出てきた雄牛人二匹の頭上を、私は大きく跳躍して飛び越える。勢いのまま二匹の雄牛人の魔獣と激突することになって動揺するマグナス。申し訳ないと思ったが、たぶんこれが現状で取れる最善の手段だ。
大鷲の魔獣から三本目の矢が放たれた。
大矢は正確に私の心臓めがけて射られたが、胸の前に交差した岩の両腕で矢を弾く。
「ぐっ!?」
思いのほか強力な衝撃が腕に伝わり、私は空中で態勢を崩してしまう。地面に這いつくばるように着地して、低姿勢のまま大鷲の魔獣へと駆け寄る。
大鷲の魔獣が持つ矢は尽きていた。しかし、大鷲の魔獣はおもむろに自身の体から羽を数枚ほど毟り取ると、体に纏う黒い靄を波打たせて魔力の流れを毟った羽に循環させる。
すると大鷲の羽はギシギシと音を立てながら太く、長く変形していき、数本の矢へとその形状を変じるのだった。
(――魔導を使った!?)
野の獣には魔導を理解する知恵はない。だが、魔獣は違う。幻想種の加護を得た魔獣は高い知能を身に着け、魔に染まった直後より魔導による術式を行使できるようになる。
それは時に人間が編み出した術式を模倣したものであったり、あるいは人智の及ばない魔獣特有の呪術を用いたりする。
大鷲の魔獣は弓の下端を地面に突き刺して固定し、三本の大矢を同時に弓に番えると、こちらに向けて一斉に撃ち放った。
黄金に輝く三本の大矢が私の頭と胸と足とを狙って飛来し、一、二、三と刹那の間に連続で突き刺さる。咄嗟に岩の腕でかばった頭と胸は防いだが、残る一本の大矢が太腿に突き立った。
「――ぅあっ!? あぁあああっ!!」
まるで棍棒で足を払われたかのような衝撃が下半身に襲い掛かり、たまらずうつ伏せになって転倒する。腕に受けた二本の矢の威力も凄まじく、私はうつ伏せのまま地面を滑り後退させられてしまう。
大岩の腕を有する今の私はちょっとやそっとの衝撃ではびくともしない。その私が突進の勢いを相殺されたばかりか、大矢の衝撃力で後方へと追いやられてしまっている。
「レムリカ!! くそっ! 雄牛人がっ!」
グラッドとバクルムが援護に入ろうとするも左右に展開した雄牛人の魔獣に邪魔されて完全に足が止まっている。マグナスに至っては二匹の雄牛人に棍棒と大斧で殴りかかられて、徐々に押し込まれてしまっている。顔を真っ赤に染めて踏ん張っているが、長くは保ちそうにない。
「撤退だっ! 矢に気を付けながら退けっ!!」
バクルムが全員に撤退の合図を送る。事ここに至っては私も同意見だ。明らかに戦力不足、戦略も立て直さないといけない。
「ぬぅうううっ!! レムリカ、その足で動けるのか!?」
大盾で雄牛人の攻撃をしのぎながらマグナスが私の安否を尋ねてくる。一瞬、炎熱術士フレイドルとの戦いで両腕を失った時のことを思い出して、恐る恐る自分の足を見たが幸いなことに私の足は繋がっていた。
ただ、太腿には黄金の矢の先端が突き刺さっており、鈍い痛みと痺れを感じる。それでも歩けないほどではなかった。頑丈で鈍感になった私の体に今は感謝したい。普通の人間なら矢が太腿を貫通するどころか、骨を砕かれて足を吹き飛ばされていたかもしれない。
「私は……、大丈夫!! だから撤退を!!」
痺れる足に活を入れ、力を振り絞って走り出す。マグナスを押し込んでいる二匹の雄牛人に背後から殴り掛かり、どうにかマグナスにかかっていた敵の重圧を取り除く。私に殴り飛ばされた雄牛人の魔獣は尻もちをついているが、あまり痛手とは感じていない様子だ。やはり、魔獣化しているだけあって尋常ではない耐久力をしている。
マグナスが後退する隙ができたところで、グラッドとバクルムも森の中へ素早く身を隠しながら離脱する。私は片方の足を引きずりながらもマグナスの構える大盾の後ろへと隠れた。
すぐに大鷲の魔獣が追撃の矢を放ってくるが、これは私が後ろから大盾を支えることでどうにか防ぎ切った。分厚い鋼鉄の大盾だが、大矢を受ける度に凹みの数が増えていく。同じ場所に矢を受け続けたら貫通の恐れも出てくるかもしれない。
「レムリカ、大盾の支えを頼む。アレを相手に背は向けられん。このまま後ろ向きに、できるだけ迅速に下がっていく」
「了解……。頼りになるね、マグナス……」
「それはこちらのセリフだな。ともあれ今は……」
一旦、森都まで撤退する。
大鷲の魔獣、あれが恐らく今回の一斉襲撃の群れのボスだろう。
だが、あまりにも敵が強すぎる。
難敵を打ち崩すための策が必要だった。





