傷つき戦う理由は
街中を歩いていく、ギルドまでの道のりが遠い。道中、街の人間に怪訝な顔で見られているのがわかったが、いつものことだと気にしなかった。
だが、それなりに出入りも多くなって私の存在に慣れてきたはずの冒険者ギルドでも奇異の視線を向けられていることに私は違和感を覚えた。そこでようやく、自分のぼろぼろの姿を見てギルド内がざわついていたのだと気が付く。
「レムリカさん!? あなた、大丈夫なんですか!?」
ギルドの受付嬢が青い顔をして駆け寄ってくる。
「平気です……。ちょっと疲れているだけで……。それより、特例討伐依頼を達成したので、その報告を……」
「Bランク依頼の報告ですからここでは受け付けられません。奥の会議室でお願いします」
受付嬢が別の担当者を呼んでくる間に、私は奥の会議室で休ませてもらっていた。
ほどなくして奥の会議室には、特例討伐依頼の報告を受ける担当者がやってきた。他にも狩人風の男が一人と、素材換金所でよく見る鑑定術士のお姉さんが付いてきていた。
「レムリカさん、お疲れさまでした。観測員からも雄牛人四匹と、その魔獣一匹の討伐が達成されたと報告を受けています。一応、討伐の証拠になるものがあれば見せてください。素材換金したいものはこの場で鑑定しますので」
言われるがままに戦利品を机の上に出す。雄牛人の魔獣、その角が二本と茶色い中魔石一つ。鉄の大斧はこれも魔獣が持っていたものだと一言伝えてから床に置いた。
「なかなかの大物だったみたいね。全部ギルドで換金するの?」
「全部、お願いします」
人によってはギルドの外でオークションにかけるとか、もっと高く売ろうとすることもあるようだが、私にそんな伝手はないのでギルドで全て買い取ってもらう。
鑑定術士のお姉さんが手早く魔石と角を鑑定する。鉄の大斧は少し時間をかけて鑑定を終えた。お姉さんは特例討伐依頼の担当者に査定額を告げると、その場から退室していった。
その後は担当者と観測員が残って、魔獣化した雄牛人に関する質問を色々としてきた。ただ、疲れてぼんやりとしていた私の返答は精緻に欠けていたかもしれない。所々で観測員が補足するのを、面倒くさそうな表情でギルドの担当者は聞いていた。
そうして聞き取り調査が終わったところでようやく全体報酬の確認へと移った。
「特例討伐依頼の報酬ですが、雄牛人一匹の討伐につき金貨五枚で、これを四匹討伐。魔獣化個体の討伐には金貨二〇枚となっています。それから、魔獣化した雄牛人の角が二本、これはよい魔導素材となるので一本当たり金貨四枚になります。それから中魔石が金貨三枚と銀貨十五枚の価値。鉄の大斧は金貨二枚になります」
合計で金貨五三枚と銀貨十五枚の報酬だ。魔獣との戦いは命懸けで、割に合った報酬であったかどうかはなんとも言い切れない。だが今回の依頼で、一年は食っていけるだけの収入を手に入れることができた。これでしばらくは街での生活に困ることはない。
ほっとした途端に疲労感が増してきた。早く報酬を受け取って宿に帰ろう。
しかし、机に置かれた報酬の小袋を掴もうとした私の腕は震えていて、金貨の入った小袋を取り落としてしまう。
見かねたギルドの担当者が溜息を吐きながらも小袋に硬貨を詰めて腰に下げてくれた。ただ、それは親切からというよりも、厄介な人物が早くギルドから去るようにとの行動だというのは態度でわかる。
鑑定術士のお姉さんのように、親切心で私に接してくれる人間はむしろ少ないのだ。
金貨の入った袋が、今の私にはやけに重たく感じられた。
くたくたのぼろぼろ。そんなありさまで宿に戻ると、宿の主人であるティガに見咎められた。
「おぅい、レムリカ嬢ちゃんよぉ。どんだけ森で暴れてきたんだ? そのまんま宿の中をうろつかれちゃ困るぜ。裏庭の井戸で汚れを落として来てくれや」
確かに体中が泥だらけで、私自身もこのまま部屋に戻って寝台を汚したいとは思わなかった。
私はティガに言われるまま裏庭へと回り、井戸の水を頭からかぶって汚れを落とす。
雄牛人の返り血をかなり浴びていたのか、泥に混じって赤く染まった水が太腿から足先へと伝って流れる。
考えなしに水をかぶってから気が付いたのだが、服がびしょぬれで着替えがなかった。
部屋に戻れば薄い着衣は何枚かあるが、濡れたまま宿の中を歩いてはティガに怒られてしまう。
(……仕方ない、ここで絞っていこう……)
近くに誰もいないことを確認してから、たっぷり水を吸った服を脱ぐと力任せに破いてしまわないよう慎重に軽く絞る。服の布地に染み込んでいた泥やら血やらの汚れが水と一緒に滴り落ちる。皺を伸ばすように軽く叩いてみれば、衣服が穴だらけになってしまっていることに気が付いた。雄牛人の斧で引き裂かれた部分の損傷が激しい。
心配になって自分の体を恐る恐る確認する。服の上からではわかりにくかったが、裸になってみると脇腹の辺りに大きく蚯蚓腫れがあるのと、体のあちこちに薄っすらと痣が浮き上がっているのがわかる。
傷んだ髪とぼろぼろに荒れた肌。まるで野に住む猿人か獣か。穴だらけの湿った服を着直すとより悲愴さが際立つ。
今の自分は年頃の娘の恥じらいを捨てた、みじめな姿だった。
部屋に戻ったらすぐに着替えよう。廊下で誰ともすれ違いませんように、と祈りながら宿に戻ったが、当然ながら宿の主人のティガには警戒したような視線を向けられた。頭から爪先までを腕組みしながら眺められ、「ふん。まぁ、いいか……。寝台、濡らすなよ」と一応の及第点をもらう。
お腹から腰にかけて大きく肌が露出してしまっているので、あまりじろじろと見られると恥ずかしいのだが、虎人であるティガにはそういった気配りは働かないようだった。毛深い獣人というのは、衣服も要所を隠すだけで肌……というか毛皮を露出させていることが多いのだ。彼らからしたら私の格好はそこまで露出が多いわけではないのかもしれない。
二階の部屋に戻るとき、宿に泊まっていた狼人のグレミーと、その部下である馬人のボーズや熊人のグズリとすれ違う。
「おぉ? レムリカ、すげー格好だな、おい。今日はまた随分と派手にやったみてぇだ、くははっ! ヘソ見えてんぞ!」
気遣いの足りないグレミーの言葉がぐさぐさと私の心に刺さる。どうやらティガが鈍感なだけで、獣人から見ても今の私の姿はひどいようだ。
思わず顔を赤くして、露出したヘソを隠す。冒険者ギルドにいたときは疲労感で気にしていなかったが、もしかしてずっとヘソ丸出しで街中を歩いていたのだろうか。だとしたら恥ずかしすぎる。汚れで目立たなかったことを祈るばかりだ。
「グレミーのお頭、あまりからかうのはよくありませんよ。レムリカさんも女の子です。ほら、こんなに顔を赤くして。恥じらいというものがあるのですから、少しは気遣いというものをですね……」
気を使っているようでいて無神経な馬人ボーズの言葉に、私の羞恥心は限界寸前だった。なんの拷問だろうかこれは。
気まずい顔をしながらも何も言わず、視線を逸らして通り過ぎてくれている熊人グズリの対応が一番ましだった。
部屋に戻った私は湿った服を脱ぎ捨てて、宿の寝台に横たわりながら報酬の入った金貨袋を眺める。
これで当面の生活費は安心だ。明日からしばらくは野蛮な狩りをしなくてもいい。
でも、それであと私は何をすればいいのだろうか?
今のうちに無理しない程度に働いておけば、生活に余裕もできるだろう。余ったお金で何か買うのもいい。食糧や服とかの生活用品は必要だろう。しかし、考えてみれば当面欲しいものはそれだけだ。
この街で生活基盤が整ったところで、私はどう生きていくべきなのか。自分のやりたいことを考えてみて、脳裏に浮かぶのはレドンの村の穏やかな生活。
そして同時に、燃え上がった村と焼け焦げた遺体の映像が記憶に蘇り、元凶たる炎熱術士フレイドルへの憎しみが湧き立つ。
あんな事件が起きなければ、私は今も村でおばば様から術士としての指導を受けていたはずだ。ゆくゆくは村の代表たる立場になって、おばば様の後を継いでいたと思う。
――ああ、だけどそれはもう、二度と叶わなくなってしまった。
レドンの村……私の故郷に、私の居場所はもうないのだ。
郷愁の念に駆られながらも、金貨の袋を見つめて私はこれからどうすべきかぼんやりと考え続けていた。





