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烙印


 安寿と厨子王のきょうだいが山椒大夫のいえへ来てから、十日が経った。

 安寿は日毎ひごとに浜で潮を汲み、厨子王は日毎、山で柴を刈った。おのおの人に恵まれて、手際よく仕事をこなせるようにはなったものの、母に別れた悲しみや父に会えない無念さは、日を追うごとにきょうだいの胸に実感としてふくれあがり、今の暮らしに慣れれば慣れるほど、彼らの悲嘆と絶望とを明確にしていくのだった。

 さらに不幸なことには、明日からきょうだいは新参小屋を空け、やっこの組と婢女はしための組へ引き分けられなければならない決まりになっていたが、彼らはこれを頑なに拒んだ。大夫はこれを聞いて、無理にでも引き分けろと奴頭やっこがしらへ申しつけたが、ここへ次男の二郎が口を挟んだ。

「おことばですが、父上。かの者どもはまだ幼くあってございます。なるほど、たしかに仕事は遜色なしにこなすようになったかもしれませんが、歳の幼い者というのは、時に我々の思いもつかないことをしでかすものです。道理のわからぬうちは、好きなようにさせておくが吉かと」

 二郎は、最後にこう付け足した。

「せっかく買った奴婢ぬひでございます、無下になさいますな」

 大夫は長い顎髭あごひげに手をやりながら、しばらく沈思の体を示していたが、やがて鋭い瞳で二郎を見据えると、

「なるほど、たしかに道理である。扱い損なって、身投げでもされたらたまったものではない。二郎に任せる。なかなか抜け目のないやつじゃ」

 こう言って、ちらと三男の三郎のほうに目をやると、案の定、この男は不満そうに眉をひそめていたが、ついには口を開かなかった。


 こうして安寿と厨子王のきょうだいは、二郎の急遽しつらえた小屋へ移って、今まで通りにふたりそろって過ごすことになった。きょうだいは、二郎の心遣いへ感謝をし、そしてそれをお認めくだすった山椒大夫という男も、案外悪い者でもないのかもしれないと考えるようにもなったが、ほどなくして、きょうだいはこの一家の恐ろしさを垣間見ることになった。



 ***


 あるとき、山椒大夫のいえへ仕えるすべての奴婢が、母屋おもやの広間へ呼び集められた。

 上座には、脇息ひじかけにもたれた山椒大夫が、恐ろしい目つきをしつつ、長い顎髭あごひげを触っていた。その両脇には、二郎と三郎のきょうだいが並んでいたが、二郎がやや強張こわばった顔つきをしているのに対して、意地の悪い三郎は、なにかうれしくてたまらないといった風情だった。

 上座の三名、およびその他大勢の奴・婢女の見守る先へ、縄を打たれたひとりの奴が土間へ膝をついていたが、これは先日、ひとり大夫の荘からの逃亡を企てた者だった。

「三郎」

 大夫の指示で、三郎が立った。

 三郎は、くだんの奴を赤く炭火の起こる炉のそばまで引きずっていった。そして、噛ませてあった猿轡さるぐつわを取り外してやると、その頭上から声をかけた。

「なにか弁明はあるか」

 奴は恐ろしさに震えていたが、やがて意を決したように口を開いた。

「仕事、仕事、仕事……」

「声を張れ。過分の取り計らいで物を言わせているのだ」

 三郎の唾木つばきが、奴の頭へ落ちた。

 奴は顔を上げると、声を張り上げてまくし立てた。

「仕事、仕事、仕事……。なにが悲しくて、毎日毎日こき使われ、はたらかなければならんのだ。生き甲斐だ? なにが生き甲斐だ。そもそも、俺たちは生きているか死んでいるか、わからんではないか。生きている影と亡霊と、どこに違いがあるものか!」

 奴は、まるでこの世のすべてをあざけるかのように、聴衆に向かってことばを投げつけた。

「お前らもお前らだ、情けなさそうな目で見るな! 馬鹿の話す話だ? 哀れな戯言たわごとだ? 仕事がそんなに偉いか、ただただ黙ってしたがうのが、まともな人間のすることか! はたらき者、笑わせるぜ。大夫にへつらってドタドタやって、バッタリ倒れたらあとはもうおしまい。それをわかってはたらきつづけるなんてのは、それこそ横着者おうちゃくもんの所業じゃねえかよ!」

 一通り叫び終えると、奴は力の抜けたように肩を落としてうなだれた。

「三郎、なにをやっておる!」

 大夫の一喝があって、三郎が慌てて炉から焼きごてを取り出した。ふうと息をかけると、

つらを上げろ」

 奴のひたいに、熱い焼きごてを押し当てた。

 すべての奴婢の見守る中、奴はふたたび叫びを上げた。




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