第八六話 抗争
足利翔太による弥勒らの襲撃があった数日後、九州北部で暴力団による大規模抗争が発生する。
「ドン・フランシスコ、私の失態です。足利翔太へ連絡するのが遅く、暴発した様です」
「いいや、問題ない。足利翔太は、私の指示で動いただけだ。君達は十分な働きを見せた」
ドン・フランシスコはドン・アントニオへ連絡を取り、彼の働きに報いた。ドン・アントニオは、ドン・フランシスコの嬉々とした口調から、足利の顛末が彼の計画に取って問題のあるものでは無いということを察した。しかし、皇弥勒一派の暗殺に失敗したことがなぜ問題ではないのか、その理由までは分からなかった。
「それにしても、我々を嗅ぎ回る忌まわしきハエがここを訪れる可能性があると気付くその鋭い……能力に脱帽しきりです」
ドン・アントニオは、失言をしそうになり、誤魔化した。受話器の向こうにいるドン・フランシスコが一言「そうか」とだけ告げたことで、安堵した。
「例の件はどうなっている?」
「順調です。ムスリムや、長崎のカトリック教会の者共と、チンピラ共を切り離す様に全体へ指示を出しましています」
「助かる。そのまま続けてくれ。運命の日は近い」
「はい……我々の身の安全は、保証されるのですか? それは、その運命の日に、という意味です」
「無論だ。それにヨハネが願っている通り、街の近くに屋敷を用意してある。もうその教会は無用だから、すぐに移れる様に船を手配する」
「感謝致します、ドン・フランシスコ」
数日後、福岡県北九州地区を中心に活動する、指定暴力団の中でも特に危険な、日本で唯一の特定危険指定暴力団工藤組による、一般市民への攻撃が激化しだした。それは警察組織や周囲の暴力団を刺激し、九州北部は一時的に、そこかしこで怒号や銃声が響く修羅の国と化した。
「ここは本当に日本なのかしら?」
「ええ、まだ日本ですよ。小野本部長」
「石川君、私がしてきたことは間違いだったのかしら。私が市民と共に暴力団を追い詰め、シノギを得られなくなった工藤組は市民を襲い、また暴力団同士で生き残りを掛けた争いを始めた」
小野佳奈美福岡県警察本部長は、嘆いた。彼女は暴力団追放にその生涯を捧げる警察官であった。暴力団が蔓延る福岡県に生まれ育った彼女にとって、暴力が日常に溶け込んだ世界は、当たり前であった。しかし彼女が思春期の頃、『強きをくじき、弱きを助ける』という任侠心は暴力団から失われ、日々形を変えながら市民から搾取するだけの存在と成り下がった。つまりヤクザ者から、ただの暴力団に成り下がったのである。彼女はある出来事からその悪を淘汰することにその身を捧げることになったが、その思いは市民に受け入れられ、ニ十年余りで福岡を始めとした九州北部の長崎県、佐賀県、大分県の県警を連携させ、大規模な掃討作戦を決行して暴力団を弱体化させた。
しかしその反動で、福岡県北九州市に拠点を置く日本で唯一の特定危険指定暴力団工藤組は、ここ数年で、手榴弾やロケットランチャー等での武装化を進めた。そして市民やその他暴力団への攻撃が始まり、ここ数日の抗争を招いた。それはつまり、この惨劇を招いたのは自分自身が暴力団を追い詰めたせいなのでは無いのかと、小野は自身の罪科に対する慚愧の念に耐えきれなくなっていた。
「あなたが招いたことでなどではありません。これは連中の、最後の悪あがきですよ。そこまで追い詰めるのは、あなたにしかできない事でしたし、とにかく根絶やしにしましょう。我々の故郷、この九州から」




