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第三五話 悶々

 菜園部で育てた新鮮な野菜を齧りながら、渋川は胸の内に秘めた思いを吐露する。

 弥勒は水やりを終えて、花壇の淵に座った。水玉模様のバジルは、妙に綺麗に見えた。

 湿った土は独特の匂いがある。それは好きでも嫌いでもないが、子供の頃に好奇心から口に入れた後感じた苦味を思い出させる為、どちらかといえば嫌いだった。こんなものから綺麗な緑色の草花が生えてくることを、不思議に思う。

「お待たせ、遅くなっちゃってごめんなさい」

 渋川の声が聞こえた。振り返ると麦わら帽子に、ナスやトマト、キュウリといった夏野菜がぎっしりと詰められていた。

「美味しそうな野菜ですね。どちらからですか?」

「向こうの畑だわ。園芸部の管轄はこの花壇だけじゃないの。これ、食べなよ。無論この花壇同様、私が育てたもので、環奈はいつも美味しいっていってくれるわ」

「新鮮なら、野菜も美味しそうに見えるものですね!」

「食べてみる? 百聞は一見に如かずよ」

 そういうと、渋川は持っていたペティナイフでキュウリを切り、弥勒へ手渡した。それから弥勒の横に座り、ハンカチを折った膝の上に置いてかじった。

 弥勒は、屋外で野菜を齧るなんて、意外だと感じた。秋月ならともかく、硬派な渋川までもが、そんなことをするものなのかと、驚いた。

 しかし弥勒がそんなことを思っているなどと知る由もなく、渋川はキュウリを齧り続けた。そして、こういった。

「稲葉達から聞いたよ、転校しちゃうの?」

「はい、そうなんです。これも家の都合で」

「大変だね。環奈だったら発狂してるんじゃないかしら」

「きっとそうでしょうね」

 弥勒もまた、キュウリをかじった。渡された水には、レモンの皮が浮いていた。果実の香りが染み込んでいた水は、個性的な味がした。

「環奈が寂しがるんじゃない?」

「いいえ全く。普段通り過ぎて、僕が寂しくなりました」

「虚勢を張ってるだけよ。きっと寂しがっているわ。だってここ最近の環奈、本当に楽しそうだもの。学校の外で会うことは少ないけれど、福岡で楽しんでいる時の環奈はあんななのかって、ちょっと羨ましくなっちゃったわ」

「渋川さんも、本当は窮屈さを感じてるんですか?」

「まぁ全くって訳ではないわ。それもこれも環奈の影響だけれど、自分が不自由なんだって知っちゃったら、自由に外で遊んでる環奈に憧れちゃう様になっちゃったの」

「渋川さんも、秋月さんと一緒に福岡へ遊びに行けないものなんですか?」

「そんなに簡単じゃないのは、すめらぎ家の弥勒君なら分かるでしょう? それに、不安がある」

「そりゃあ勿論、発覚したらどうしようなんて不安は常に付きまとうでしょうけど……」

「そうじゃないわ。福岡は日本の都市の中でも性犯罪が特に多いみたいで、それがとっても不安なのよ。環奈もナンパっていう、男の人が女性に付きまとって口説き落とす文化に面倒くささを感じてるらしいわ。お友達になれるなら楽しいのだろうけれど、きっとそういうものではないんだわ」

 渋川の容姿なら、きっとナンパはされるだろうと、弥勒は思った。とにかくストレスが溜まるとは思う。そう考えれば、都会を不安がるのも道理だろう。

「せめて、男の子のお友達が一緒に居てくれたら、怖くないんだろうなぁ。男の子と一緒に居たら、そのナンパっていうのはされにくいって、環奈が教えてくれたわ」

 そういって渋川は、キュウリを食べ終え、遠くを眺めた。その表情は曇っていた。都会へ出てみたいが、拒む理由もある。アヒルの様に口を尖らせて口角を上げているが、笑えていない。やけにその顔が板に着いている様に感じるのは、きっとこうして悶々とする日々を送っているからなのだろうと、弥勒は悟った。

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