男神の夢と白雪 姫子の死因 3
「わたしが寝付くまで、側にいて」
イスラが側にいてくれたら、なにも怖くない。
そんな気がする。
ここ十日ほど、イスラは王城を離れていて、顔を合わせることもなかった。
妙な夢を見るようになったのはアコモを自室へと移してからだが、変化といえば、イスラに会えなかったことも変化だ。
アコモを原因の一つと考えるのなら、イスラの不在もまた原因の一つに考えられるだろう。
「それは……、それを、私にねだるのは、閨への誘いと受け取りますが?」
「そういう意図はないって、判らないイスラじゃないでしょう?」
その話はすでに終わっている。
カーネリアが成人するまで、白雪 姫子の刷り込まれた常識的には最短十八歳まで、『周囲が銀髪に生まれた姫に望むこと』はしない、と。
……イスラ的には、白雪姫子に合わせさせられて、つらいのかもだけど。
そこは素知らぬ顔をして、我を通させていただく。
性交渉に対してハードルが低いらしい世界で、前世の知識と常識を持ち出して、清らかな男女交際を望む私の方が間違っている、とは解っているが。
それでも拒否できる理由があるうちは、きっと私は相手がイスラであっても踏み切れない。
未成年のうちは、という思い込みもあるが、思いだしてしまった前世の死因も、この思い込みをより強固なものにしていた。
「……男の理性を信用しないでください」
襲いますよ、と追加された言葉の意図は、もう間違えない。
性的な意味での『襲う』だと、今の私には解っていた。
解っていて、イスラの忠告を踏みつける。
「男の理性は信用していません。私が信用しているのは、イスラの理性です」
こう言えばイスラは逆らえないと確信して言っているのだから、私もイスラのことは言えない。
私も十二分にずるい人間だ。
「……変な夢もあれだけど、さっきは怖い夢を見たの」
天蓋の中へ戻って、横になる。
幕があるため姿は見えなくなったが、イスラのいる辺りから人が動く気配がした。
私が眠るまで付き合わされることになったので、椅子に座ったのだろう。
扉が開く軋んだ音にはあれほど恐怖を感じたというのに、イスラが立てるかすかな物音と思えば心地よいのだから、人の心というものは本当に不思議だ。
「怖い夢、ですか?」
「すごく怖い夢」
「……夢の内容をお聞きしても?」
口から出してしまえば、怖い気持ちが外へと出て行くかもしれない。
まるで子どもに言い聞かせるようなことを言われ、けれど、そんなものかな? と思えてきた気がして、口を開く。
男神の夢は外へ漏らせないが、怖い夢の方ならば――白雪 姫子の死因なら、吐き出してしまってもいいような気がした。
「怖い夢というか、……前世の最期を夢で見たの」
白雪 姫子は何者かに殺された。
そう簡潔に口から出したつもりなのだが、語尾が震える。
今の私としては『過ぎたこと』だと思うのだが、そうは割り切れない私も、私の中にいるのだろう。
イスラの緊張する気配が伝わってきて、もう少し甘えたい気分になった。
……イスラには悪いんだけど。
太った私でもその気になれるというイスラには、私のこの行動は誘惑しているように取れてしまうのかもしれないが。
本当に、ただ側にいて、安心させてほしいだけなのだ。
「手を、握ってもいい?」
そうねだると、幕の向こうでイスラが動く気配がする。
同時に何か軽いものを幕の側に置くような音がしたので、椅子か何かを持って来たのだろう。
ややあってから、幕の隙間からイスラの手が差し出されてきた。
「……どうぞ」
「夜道でね、ケーキを持ってた気がする。冬で、マフラーをしていた」
ありがとう、と礼を言ってイスラの手に自分の手を重ね、なんとなく足りなくて両手で包み込む。
ポツポツと夢の内容を思いだしながら、夢ではない前世の最期へも思考をめぐらせた。
「ケーキを買って、帰る途中……知らない男に呼び止められたの。だけど、たぶん、あの男の方はわたしを知ってた」
『姫ちゃん』と呼んできたので、犯人は私を知っていたはずだ。
つまりは、通り魔や衝動的な犯行だったのではなく、ストーカーだ。
白雪 姫子だったから、殺された。
もしかしたら殺すつもりはなかったのかもしれないが、結果がすべてである。
あの男は私にとって『ストーカー』であり、『犯人』でしかない。
「……また、あの男に殺される夢を見たら、夢の中までイスラが助けに来てね」
我ながら、無茶な我がまますぎるとは思うが。
自分でも気が滅入っていると自覚はしてきたので、このぐらいの我がままは言わせてほしい。
やはり、故意にしろ、事故にしろ、誰かに殺されただなんて記憶は、思いだすべきではなかった。
「……はい。では、カーネリア姫の夢の中まですぐに駆けつけられるよう、僭越ながら私が添い寝を……」
「そういうことは三年後におねがいします」
ペチリッと両手で包んだイスラの手の甲を叩き、笑う。
私の最初のおねだりは冗談だったが、イスラの返答はどちらか判らない。
私を和ませようとしたのか、本気なのか。
「……っ」
どうせ意味など判らないだろう、とイスラの指に私の指を絡める。
恋人繋ぎだなんだと言っても、これは前世での呼び名だ。
イスラからしてみれば、ただ手の繋ぎ方をかえただけのはずである。
イスラが驚いて息を飲んだことはわかったが、気付かない振りをした。
……この手は大丈夫。この手は、イスラの手。
白雪 姫子を殺した男の手でも、図々しく身体を撫で回してくる男神の手でもない。
今夜私の手の中にあるのは、イスラの手だ。
そう思うだけで、すうっと不安は消えていった。
エロを書くことに躊躇いのない作者 & その気のある19歳青少年 & ゆる~くそれが許される世界設定
VS
前世日本人の貞操観念 & なろうのガイドライン
今日も我が家の温湿度計はプンプンマークです。




