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雪妖精の姫は破滅の未来をまるく、まぁるく収めたい。 ~努力はしますが、どうしても駄目なら出奔(逃げだ)します~  作者: ありの みえ
第04章 雪だるまは『雪妖精』にクラスチェンジしたい

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コイズの乱入 3

「……話は変わるけど」


 いいところに来たな、笑みを浮かべてコイズへと視線を戻す。

 ようやくつき指の痛みが引いてきたらしいコイズは、私の視線を受けてビクッと肩を震わせた。

 

「わたくし、このあと授業なの」


 一緒に勉強をしよう、と続けたら、コイズはさっと目を逸らす。

 それだけで次の行動が予測できたので、コイズを指差し、振り返らずにジェリーへと一言声をかけた。

 

「拘束」


「終わった、ます」


「ぐへっ!?」


 ジェリーはまだまだ自分で考えることが苦手だが、逆に言えば考えないことは得意だ。

 私の発した短い単語と指の動きだけで、的確に私の希望を理解し、コイズの身動きを封じていた。

 ジェリーの場合、私の命には疑問も善悪の判断も挟まないので、本当に行動が早い。

 「勉強をしよう」という言葉を聞き、ばつが悪そうに目を逸らしてから撤退を決めたコイズとは初動までの速度が違う。

 コイズの腰が引け、足が一歩後ろへと下がった時点でジェリーが背後へと回りこみ、足払いをかけていた。

 コイズの悲鳴よりも、ジェリーの任務完了報告の方が早いところまで、ある意味で見事な芸だ。

 

「コイズ兄様、わたくしと一緒に、勉強をしましょう」


「いっ……っ、こんな時ばっか、『兄様』言うっ……痛ぇええええっ!!」


 片手を後ろ手に拘束され、床へと制圧されたコイズは、ジェリーにどこか絞められたようだ。

 自由な方の手で床をバンバンと叩いて悲鳴をあげていた。

 

 ……そこまでは仕込んでないはずなんだけど?

 

 才能はともかくとして、諜報活動には向いていないジェリーに、ならばその身体能力を活かした護衛任務はどうだろうか、と提案をしたのはイスラだ。

 私も、ジェリーにはまだ誰も知らない才能が眠っているかもしれない、とこれに乗ってみた。

 

 いくつかの合図を決めて、短い指令を出す。

 私がコイズを指差したのは、この『合図』だ。

 細かい指示を出すより早い。

 

 ……若干、一応は正式な王子に数えられるコイズ相手に、下働きのジェリーが、って気はするけどね。

 

 祖父ということになっている摂政ブロン辺りがこれを知れば文句を言ってきそうだが、そこは善悪の判断を決める最高権力者がカーネリア溺愛の父王アゲートだ。

 ジェリーが責められたとしても、私が父に一言いえばいい。

 王子相手であっても私の命に従う、実に忠誠心の高い護衛だ、と。

 この一言で、父はジェリーを許すだろう。

 

「いだだだだだだだだっ!!」


「……ジェリー」


 コイズを締め上げているジェリーの名を呼ぶ。

 そうすると、合図を受けたジェリーがコイズの腕の捻りを弛めた。

 

「拘束した後に腕を捻りあげるなんて、誰に教わったの?」


 また砦の山賊かな? と思っていたのだが、違った。

 ジェリーはきょとんっと瞬くと、イスラから教わった、となんでもないことのように答えたのだ。

 

「……イスラから?」


「ん。姫様、逆らう。反抗的? は絞めていい、言った」


 ……これは、方向性としてどうなんだろう?

 

 可愛いジェリーが、知らないうちにイスラの仕込みでカーネリア狂信者になりつつある。

 反抗的なだけで意識を落としていたら、聞きだせるものも聞き出せなくなるだろう。

 

「じょぶ。ちゃんと、できる。イスラ、言った」


 暴漢や暗殺者を捕らえた際に、反抗的な態度を取っただけで締め上げて気絶をさせていたら、背後関係について聞き出せなくなってしまう。

 それをジェリーに理解できるよう言葉を噛み砕いて伝えてみたら、ジェリーはまたもきょとんと瞬いて、今度は自信満々といった表情で笑う。

 大丈夫だ、ちゃんとできている、とイスラから評価された、と。

 

 ……尋問用の力加減とか、いつ仕込んだの、イスラ!?

 

 イスラはジェリーをどの道へ進めようとしているのか。

 少なくとも、私が少しだけ仕込んでみた諜報員よりは向いていそうなところが怖い。


「いい加減、この下女を俺様の上から退かせっ!!」


「んー、いいけど、拘束解いたら、コイズ逃げるでしょ?」


 一緒に勉強をしよう、と言葉を重ねながらジェリーをコイズの上から退かす。

 ジェリーという重石の退いたコイズは捻られた腕の様子を確認しながら立ち上がったが、すぐにまたその手をジェリーに捕らえられた。

 

「……おいっ!」


「……」


「おいっ!!」


「…………」


「……カーネリアっ!」


 何度声をかけても聞き流すジェリーに、コイズが私の名を呼ぶ。

 ジェリーの中の指示系統は単純で、私が一番、イスラと乳母が同列ぐらいで、その次に私付きの侍女たちになる。

 王子であろうともコイズについては最初から命令を聞く必要のある人物だとは認識していないのだ。

 銀髪を持つ王子だから、と威張ったところで、ジェリーにはなんの意味もない。

 

「勉強をするよ、コイズ」


 コイズが了承するまで、何度でも言葉を重ねる。

 コイズが前情報どおりの仕上がりなら、後々私が困るのだ。


「コイズがしっかり勉強してくれないと、わたくしに王位が回ってくるみたいだし」


「馬鹿言え! たとえ父上がおまえを気に入っていようと、女のおまえに王位が回るなんてことはないっ!!」


「だといいんだけどね?」


 面目上は男尊女卑の今世において、そうも言っていられないのが『王権神授』とコイズの仕上がりだ。

 王の責務には神事が含まれているというのに、コイズの祈りは神に届いたことがないと聞いている。

 これでは、人間の都合でしかない『性別の差』こそ後に回され、神に祈りの届く私の方が次の王に相応しい、という話になってくるだろう。

 

「それにだな、俺が面倒な勉強なんかしなくても、摂政がいるから大丈夫だっ!」


 摂政が全部いいように取り計らうので、自分が学ぶ必要はない、と胸を張るコイズに違和感を覚えた。

 この王権を神が授けると言われている国で、神に祈りを届けることよりも、勉学が大切だと思っているようだ。

 

 それ自体は別に構わない。

 前世日本人の私だって、勉強は大切だと思う。

 

 けれどコイズは、勉学は大切だと言いながら、仕事は摂政がするから自分が学ぶ必要はない、と言っているのだ。

 これは少しどころではなくおかしい。

 

「……とりあえず、コイズ、解ってる?」


 摂政のブロンは、今何歳かと指摘してみる。

 カーネリアもその答えは知らないが、問題は年齢という数字ではない。

 摂政ブロンはコイズの祖父であり、なんだったら曽祖父と呼んだ方がしっくりくるような老齢であることだ。

 

「ほぼ確実にコイズより先に『お迎えが来る』から、すべての仕事を摂政任せにできるはずないよ?」


 もちろん、摂政というものはただの役職だ。

 前任者が亡くなれば、別の誰かをその職務につければいい。

 だが、今話しているのはそんな話ではない。

 

 摂政にすべての政務を任せるつもりで、コイズにまったく学ぶ気がないというところが問題なのだ。

 

 ……阿呆だとは思っていたけれど。

 

 どうやら、ようやくこちらの危機感が伝わったらしい。

 意図する内容とは違うだろうが、コイズに理解できる範囲で理解してくれれば、今はそれでいいだろう。

 摂政ブロンが自分より先に死ぬ、なんて当たり前の可能性に、コイズは今さら気が付いたようだ。

 呆然とした顔をして、一切の抵抗が消えた。







 おとなしくなったコイズを私の受けている授業に参加させてみたのだが、ひどかった。

 先に話をそれとなく聞いてはいたが、聞いていたよりもひどい。

 今日は男文字オコトの授業だったのだが、コイズは女文字アンノが辛うじて読めるぐらいで、その読み進める速度はマロンよりも遅い。

 男性社会で使うことになる男文字については、自分の名前が書ける程度だった。

 コーク字二十三種自体は、大文字は覚えていたが、小文字は少し怪しいものがある。

 実態のあまりのひどさにコイズを問い質したら、コイズはこう言った。

 

 摂政が「名前だけ書ければいい」と言った、と。

 

 ……んなわけあるかーっ!!

 

 また摂政ブロンか、とは思ったが、今は摂政などどうでもいい。

 年齢的な意味でそう遠くない未来にいなくなるはずだし、そうでなくてもこの国の最後の王は父アゲートだ。

 私とコイズが次の王になる未来は、私が無事に破滅を回避しない限りは訪れないのだ。

 

 ……いや、ダメだった! その破滅を回避するのが目標なんだから、その後も予定に入れて動かないと!

 

 破滅を回避しただけでは、カーネリアの人生は終わらない。

 今は私が『カーネリア』なのだから、破滅回避を目指すのは当然として、それを成したあとのことも想定して動かなければ。

 

 ……え? 私がコイズ躾けるの?

 

 コイズに対して物を申せる人間が私の他にいないようなので、コイズに玉座を押し付けようと思ったら、私がコイズを躾けるしかない。

 父はコイズの仕上がりには何も言っていないようだったし、摂政ブロンはむしろ悪化させている側だ。

 彼らに任せていては、コイズに時期国王など務まるように育つはずがない。

 

 ……これ、絶対カーネリアの仕事じゃないよね!?

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