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雪妖精の姫は破滅の未来をまるく、まぁるく収めたい。 ~努力はしますが、どうしても駄目なら出奔(逃げだ)します~  作者: ありの みえ
第04章 雪だるまは『雪妖精』にクラスチェンジしたい

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コイズの乱入 1

 アコモを完全に私の部屋へ置いてしまうと、無口な妹が部屋の前をうろつくようになった。

 

 特段出入りを禁じた覚えはないのだが、自室の前をウロウロとするだけで、無口な妹は決して私の部屋の中へは入ってこない。

 一応声はかけたが、首を振られてそのままだ。

 同じことを何度言っても意味はないし、私の言葉を拒否しているのは無口な妹の意思なので、私もそれ以上は声をかけない。

 せいぜい一日に一度、「中に入ってこないのか」と声をかけるだけだ。

 あとは無口な妹次第なので、そうしつこく声はかけない。

 

 ……なーんか、あれ以来嫌われてるんだよね、あの子には。

 

 娘を利用する母親のやり口に腹が立ったことは本当だが。

 あの母親が、少し胎を休めた方がいいということも本当だった。

 その旨は無口な妹へも説明したはずなのだが、今の態度を見るに納得はしていないのだろう。

 私への反発心が透けて見えすぎる。







 そんな日が数日続いたが、今日は無口な妹の行動に変化があった。

 変化があったというか、朝から姿を見せなかったのだ。

 

 珍しいな? と思いながらもアコモを抱き上げて竈の女神モトチャナへと祈る。

 部屋が暖かいおかげか、朝起きてアコモの体温が怖いくらいに低い、ということはなくなったが、それだけだ。

 

 ……夜泣きのせいで寝不足、っていうんなら、それはそれでいいんだけどね。

 

 元から元気のないアコモは、夜泣きというものをほとんどしない。

 そのおかげで、自室に赤子がいるというのに、私の睡眠時間は確保されていた。

 

 ……眠い。

 

 睡眠時間は確保されている。

 にも関わらず睡眠不足を感じているのは、夢見が悪いせいだろう。

 あの魔よけの石が割れた日以来、夜になると不気味な夢を見る。

 冬の冷気を纏った黒髪の男が現れて、薪ストーブの近くで眠るアコモを撫でようとするのだ。


 夢の中の私は、その手でアコモを撫でられてはいけないと知っていた。

 あの手に撫でられてしまったら、アコモは冬に攫われる、と。

 だから、夢の中の私は男の手を取り――


 ……黒髪は神様だ、ってことだったけど。

 

 死を感じるので、死に関係する神だろうか。

 そう考えて、真っ先に思い浮かぶのは死の神ウアクスだ。

 死の神ウアクスは、いわゆる冥界や地獄といった、死の国を統べる神である。

 神であることを考えれば死の神ウアクスも黒髪であるはずなのだが、この神はおそらく違うだろう。

 死の神ウアクスが人の前に姿を現すということは、その者の寿命を示す。

 対象者が老人であれ、子どもであれ、『その先の時間がない』という意味で、老いた老人の姿をとって現れるのだ。

 死の神ウアクスは、おそらく例外的に白髪はくはつであろう。

 

 ……イスラはまだ戻って来ないみたいだし。

 

 どうしようかな、と割れた魔よけの石が入った小袋を弄ぶ。

 側に置くことに多少は効果があるのか、夜毎に細かく砕けてきた。

 そのうち砂粒のように細かくなってしまうのかもしれない。







 ……今日は男文字オコトの日か。


 女文字アンノを卒業した私は、基本文字はすでに覚えているということで、男文字の読み書きを習い始めている。

 勉強法の一種としてだが、女文字で書かれた絵巻物と、男文字で書かれた同じ絵巻物を読み比べたりとして、意外に楽しい。

 否、この世界で新たに教わることは、知らないことばかりなので、どの授業も『意外』ではなく『とても』楽しい。

 

 王城の一室へ移動する準備中の侍女を眺めながらアコモを抱く。

 本当に生きているのかも不安になるアコモだったが、じっと見つめているとたまに微笑む瞬間があるのだ。


 ……まあ、本当に微笑んでいるのかは判らないけどね。

 

 赤子の浮かべる表情なので、本心は判らないのだが。

 それでも微笑んでいるように見えるアコモの姿は、見るものを和ませてくれるところがあった。

 

 ……うん?

 

 アコモが微笑まないかな、とほっこりとした気分で顔を覗き込んでいたのだが、ふと違和感を覚えて眉を寄せる。

 違和感というよりも、雑音だろうか。

 普段は聞かない音が、この部屋に向かって近づいて来ていた。

 

「どぉおいうことだ、カーネリアぁああああ!!」


 勢いよく扉を開いたのは、なんとなく久しぶりな気がするコイズだった。

 一応、同格の来客による『ノック』という文化はないので、ノックがなかったことは指摘しない。

 が、『ノック』がなくとも、他者ひとを訪ねるにはそれなりの礼儀作法というものはやはりあるので、コイズのこれは無作法と判断して間違いない。

 父アゲートも毎回同じような登場の仕方をするが、父は王なので仕方がない。

 神に次いでこの国では高い地位にいるので、父のすることに文句を言える者は、この国にはいなかった。

 

 ……それにしても。

 

 やっぱり泣かないのだな、と腕に抱いたアコモを見下ろす。

 普通の赤子であれば、突然怒鳴り込んでくる不審者になど出くわしたら、驚いて泣き出すことだろう。

 にもかかわらず、アコモはむずがりもしない。

 

 ……むしろ、逆にすっごい神経が図太いんじゃあ? と思えてきたな。

 

 少しだけふっくらとしたアコモの頬を突いてみる。

 するとアコモは、非常に珍しいことながら、ふあっと口を開いて私の指に吸い付いた。

 

「あらー? アコモはお腹が空いてるのかな?」


 アイリスー! と乳母を呼び、アコモを預ける。

 実質的な赤子の世話は、乳母のアイリスに丸投げだ。

 素人の私が手を出すより、乳母のアイリスに任せた方がアコモも安心できるだろう。

 

「おい、こら、無視すんな! 無視すんなっ!!」


「アコモが驚くでしょ。お静かに」


 うるさい、とジェリーから習い途中の魔力を使った身体強化で、コイズの額を小突く。

 平たく言えば『デコピン』だ。

 身体強化された私のデコピンを受けたコイズは、入ってきたばかりの扉を押し破って廊下側の壁へと吹き飛んだ。

 それも、コイズの大声など可愛いほどの騒音を立てて。

 

 ……ギャグキャラじゃなかったら、大怪我だったね。

 

 今回は年齢制限付きゲームのネタキャラであることが良い方向に発揮された。

 コイズはほぼギャグキャラであったため、体の作りが頑丈なのだろう。

 そうとでも考えなければ、この騒音を生み出したパンチ(デコピンだが)力で、小さなタンコブができる程度では済まなかったはずだ。

 

 ……とりあえず、力加減を覚えるまでデコピンは封印かな。

 

 コイズだからタンコブ程度で済んだが、これがもう少し威力が上がったり、ギャグキャラではなかった場合に引き起こされていたかもしれないグロ映像が頭を過ぎり、デコピンの封印を決意する。

 おそらくは正妃エレスチャルも、似たような経験から説得きょうはく材料としてギリギリまであの手刀は隠していたのだろう。

 

 ……ふーん?

 

 普段奥宮には寄り付かないコイズが、なぜ突然カーネリアを訪ねてきたのか。

 その答えが、コイズの吹き飛んだ扉の陰に隠れていた。

 

 今日は姿を見せないと思っていた無口な妹が、扉の陰に隠れていたのだ。

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