風花が舞う 1
……いや、これ絶対ダメなポーズ。
意味が判る白雪 姫子としては、NGなポーズである。
姉に付き合って瞑想をしている純真な妹たちには、ただの『豊穣の女神ウェミシュヴァラ』の型だ。
この『豊穣の女神ウェミシュヴァラ』の型には、男型と女型がある。
大部屋には妹しかいないので、この部屋の中でだけならば『豊穣の女神ウェミシュヴァラ』型は、前世で見たヨガの『猫のポーズ』である。
四つん這いになって尻を高く突き上げる姿勢は背筋が伸びるが、今のカーネリアの体では出っ張った腹が重りになって、腰を痛めそうな姿勢でしかない。
そしてこの『豊穣の女神ウェミシュヴァラ』型の男型は、膝立ちの姿勢で深呼吸に合わせて腰を前後に振る。
少なくとも、指南書である巻物にはそう書かれていた。
……男型と女型を合わせると、まぐわってるとか、気付いちゃいけなかったっ!!
さすがは『豊穣』の女神さま、と思っておくべきなのだろうか。
豊穣の意味が、収穫的な意味だけではなかった。
……あと、下着代わりにパレオ提案しておいてよかったっ!
男性は下着があるので問題ないのかもしれないが、チュニックの下は下着なしの女児たちに瞑想は厳しい。
いろいろと丸見えになってしまうところだった。
……この世界だと、気にしないのかもしれないけどね!
この世界で育ち、この世界の常識だけを持った妹たちなら、チュニックの中身が丸見えになってしまっても気にしなかったのかもしれない。
しかし、私は無理だ。
白雪 姫子の感覚で考え、たとえ同性であっても隠すところは隠したいし、暴きたいとも思わなかった。
気付いてしまったポーズのまずさに、心を無にして深呼吸をする。
男型と合わせなければ、ただの猫のポーズだ。
気恥ずかしく感じる必要はない。
このアギョーという瞑想法。
本来の修行内容としては、神々の名前を覚えるためではなく、祈りを届けるためのものらしい。
つまり、私が瞑想をすると、銀髪が光る。
それはもう、ピカピカと。
神官たちはこの極致にたどり着きたいらしいのだが、私としては通常営業がこれだ。
無心に祈らなくとも、神々へと祈りが届いてしまう。
そして、祈りすぎるな、とイスラからは注意を受けていた。
それではどうするか、となって、やはり瞑想は修行だった。
私にとっては、心を無にし、祈らない状態を保つための修行だ。
……初日はひどかった。
瞑想を始めた日の私は、ひどかった。
ポーズをとるたびに銀髪が輝くので、最初の五柱の型をとった時点でその日の瞑想は強制終了している。
今はなんとか銀髪が光らなくなってきたが、これは私が無心を身につけたというよりも、神々の側が慣れたのだと思う。
お? また瞑想をしているな、と。
日課となりつつある瞑想から、神々の方も私の祈りに対する反応速度が落ち着いた。
新たな型に挑戦するたび、初めて名を呼ばれる神はやはり視線をくれるが、それも二、三日もすれば落ち着く。
……いや、カラオケダイエット、どこ行った?
腹筋を鍛えるために歌うのはどうだろうか、と考えて、巡りめぐって瞑想をしている。
たしかに呼吸を意識し、深呼吸をし、時折息を止めたりもするので、多少は腹筋に負荷もかかっているのかもしれないが。
……なにか、思っていたのと違うっ!
そう、今さらながら気が付いた。
……けど、気にしない! なんか、違う修行になってそうだしっ!
その境地に辿りつくことは稀だが。
無心になることに成功すると、時折体の中を巡る『何か』を感じることができる。
それはカーネリアよりは長い白雪 姫子の人生経験にもなかった感覚で、不思議だったので瞑想を勧めてくれたおじいちゃん神官に聞いたみた。
体の中を巡る『何か』の正体は、と。
……私にもあるとは聞いていたけどね。
『何か』の正体は『魔力』らしい。
あるとは聞いていたが、使ったことはなかったので、『魔力』と言われてもピンとこなかった。
ただ、瞑想から魔力の自覚に至ったことを思うに、正妃エレスチャルも同じような過程で魔力を自覚し、使いこなすようになったのだろう。
先日のテーブルの天板割りは、それは見事な手刀だった。
……私もできるようになるかな?
残念ながら、魔力を扱うための教師は付けられていない。
算術や経済学、建築学など、意外に多くの師を用意されたが、魔力の扱いについては王の後継として必要な知識とは思われていないようだ。
このあたりは、王の役割が為政者というよりも神官に近いためだろう。
だからあの父でも、王の役割を果たしていられる。
そんなことを考えながら、姿勢を正す。
猫のポーズは、今の私には腰への負担が大きすぎた。
少し休憩を挟まないと、腰や背筋を痛めそうだ。
腰を伸ばして楽な姿勢をとり、深呼吸を繰り返す。
そうしていると、外から妹たちが戻って来た。
「姉様」
「姫ねー様!」
妹たちの私への呼びかけはさまざまだ。
一番多いのは『姫姉様』で、どこの谷の姫かな、と時々思う。
それを指摘したところで、誰にも通じないので、あえて言わないが。
外遊びから戻った妹たちは、頬を赤く上気させたまま大部屋の中へと飛び込んでくる。
妹たちにも個性があるし、私の瞑想に強制で付き合わせるのもな、と別行動をしていた妹たちだ。
秋に父から贈られた毛皮で作った外套に身を包み、少しぐらい寒くとも外で駆け回りたい、という元気のある少女たちである。
「姫ねー様! なにか、すごい! ぶわっとしてるっ!!」
「姉様、外が真っ白です!」
姉様、姉様、と一斉に手を引っ張ってくる妹たちが可愛らしい。
どうやら、外でなにか白いものを見つけたようだ。
それを姉に見せたいのだろう。
少し休憩を挟む予定ではあったし、と手を引かれるままに腰を上げた。




