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雪妖精の姫は破滅の未来をまるく、まぁるく収めたい。 ~努力はしますが、どうしても駄目なら出奔(逃げだ)します~  作者: ありの みえ
第03章 雪だるまの自己改革新生活

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父の妻たち 1

 大部屋で過ごすようになって、人間関係も少し見えてくるようになった。

 それというのも、大部屋の妹たちは、それぞれの母親と交流があるからだ。

 これを当たり前と感じるのが白雪 姫子で、意外に感じているのはカーネリアの部分だった。

 

 ……カーネリアには母親がいないからね。

 

 記憶の中の母、というものが、カーネリアには存在しない。

 カーネリアの記憶を遡ってもみるが、思いだせる一番古い記憶は、父による軟禁が始まってしばらくしてからのことだ。

 それ以前の記憶もあるにはあるが、断片的に面影が浮かぶだけで、前後の会話やいつのことだったか、というような情報はない。

 幼いセラフィナに手を引かれた、という体験と、太陽のような明るい一瞬の笑みを思いだせるぐらいで、『思い出』や『記憶』といった一つの塊にはなっていないのだ。

 

 ……心の目で見たら、幼少イスラとか、思いだせないかな。

 

 十年前にはすでに一緒にいたと聞いているので、カーネリアの記憶のどこかには十年前のイスラもいるはずなのだが、残念ながらサッパリ思いだせない。

 幼い頃の記憶などそんなものだろう、とは思うのだが、そこにあるものが推しの記憶だと思うと、『残念』だけでは片付けられない喪失感があった。

 

 ……お母さま、か。

 

 記憶にはないが、知識としてはいくつか知っていることがある。

 母は父の七番目の妻で、四人目の側妃と数えられていたらしい。

 

 側妃というのは、この国では正妃以外の王の妻のことだ。

 白雪 姫子の感覚としては『側室』と思っていたのだが、『側妃』がこの国での呼び方のようだ。

 

 どちらも父の正式な妻として数えられているが、正妃と側妃は役割が違う。

 正妃は父の仕事の補佐として神殿で祭司長の任につき、側妃は父の子を産むことが仕事になる。

 

 そして、七番目の妻であるのに、四人目の側妃とあるように、間に三人ほど正式には『妻』に数えられていない女性たちがいる。

 彼女たちは『妾』だ。

 愛妾とも呼ぶ。

 側妃と妾の差は、ほとんど実家の力の差である。

 ようは、城下へ出かけた父が見初めて攫ってきた娘たちが置かれる立場だ。

 

 カーネリアを産んだ側妃は、姫とはいえ銀髪の子を産んだことから、他にも銀髪の子を産むのではと期待された。

 できれば銀髪の王子を、と。

 期待されて、父の居城である王宮に部屋を賜り、そして期待に応えられず、そのままだ。

 

 実母については話を聞いた程度にしか知らないので、私としても、カーネリアとしても、他に思うことはない。

 想うために必要となる、思い出もなにもないのだ。

 恋しいも、悲しいも、母に対してはなにも浮かんでこない。

 母に対する想いが浮かぶとしたら、それは乳母のアイリスに対してだろう。

 アイリスは本当にずっと、カーネリアの傍で母の代わりを務めていた。







 ……意外というのか。

 

 意外というよりも、文化や感覚の違いからくるものだろう。

 

 城下から攫われるようにして奥宮へ入れられた妾の中には、父の寵愛を得ようと積極的なものもいる。

 白雪 姫子の感覚としては、権力者に攫われて孕むまで犯される日々などお断りでしかないのだが。

 妾は、父の寝室へ呼ばれるたびに褒美が発生し、その褒美は実家へと送られるらしい。

 貧しい、しかし美しい娘がいる家は、王が気まぐれに城下を訪れる日を楽しみにしているぐらいなのだとか。

 

 うまく娘が王に気にいられ、奥宮へと迎えられれば、娘が王に抱かれるたびに家へと褒美が届くようになる。

 娘の実家としては、美味しい娘の嫁ぎ先だろう。

 銀髪でなくとも王の子を産めば、それだけでさらに褒美が出る。

 

 妾にされた娘の方も、家にいれば飢えるだけであったし、嫁いだところで自分の所有者が父親から夫に変わるだけだ。

 生活にほぼ変化がないのなら、飢えと寝床の心配がなくなるだけ、王の妾になる方がいい。

 そう考えるものも多いようだ。

 

 ……今は何人いるんだっけ?

 

 父の妻は全部で三十人以上いる。

 それは知っている。

 私の母が七番目の妻で、コイズの母は十三番目の妻で、扱いは愛妾だ。

 

 コイズは私の兄だが、母親は十三番目の妻だった。

 

 これは父が順番を間違えたのではなく、赤ん坊が無事に育つ確率が低い環境だからである。

 私にもコイズにも、生まれる前に死んだ兄弟や生まれても育てずに死んだ兄弟が多く、私たちの生まれた順番が偶然兄と妹になっただけだ。

 

 ……そして、この人は三十番目の妻、と。

 

 大部屋で妹たちと室内遊びをしながらアコモを抱いていたら、無口な妹が一人の妾を連れて来た。

 一目ひとめで妾だと判断したのは、その見た目からだ。

 

 顔立ちは整っているのだが、身だしなみが整っていない。

 

 側妃は実家でも大切に世話人を付けられて育てられているため、侍女の使い方が上手く、奥宮でも身奇麗に整えている。

 しかし、奥宮に来てから侍女を付けられた妾は、困ったことに侍女の方が身だしなみが整っているという場合も多い。

 無口な妹が連れて来た三十番目の妻も、衣は立派だが、中身が伴っていない印象がある。

 いわゆる、服に着られた状態だ。

 美しさを見初められて奥宮へ入れられたようだが、今のままではすぐに父の関心も消えるだろう。

 美しい娘を選んで連れてくることから、父の妻たちはみな美女ぞろいだ。

 同じ美女なら、身なりを整えた、より美しい妻の方がいい。

 

 ……妾にしては、体型が……? ああ、そういうことか。

 

 無口な妹からは案内以上の紹介はなかったが。

 二人が並んでいると、顔立ちの共通点から二人が母子であることが判る。

 ついでに言えば、妾の体型が崩れているのは、出産をしてからそう時間が経っていないからだろう。

 ちょうど私の腕の中に乳児がいる。

 無口な妹が、無言ながらもアコモを気にかけていたのは、アコモが彼女の弟だったからだ。

 

「次こそ必ず健康な男児を産んでみせますので、なにとぞ……」


 なにとぞ、王への取次ぎを、と私に言われても困ってしまう。

 というよりも、十四歳のお年頃な娘に、父との夜の生活についての相談など、持ち掛けないでほしい。

 私でなくとも、普通に困るお願いだろう。

 

 腰を落として頭を下げるアコモの母親に、どうしたものかと考える。

 絵面だけなら、母が娘に頭を下げている図だった。

 

 男尊女卑で、女性の立場が弱い今世だが、母と娘であれば、ここは母親の方が立場は強い。

 ただし、一般家庭であれば。

 

 奥宮の中に限った話ではあるが、奥宮の子どもたちは全員王の種で生まれていることから、例外的に母よりも立場が強い。

 大部屋の妹たちは多少実母も養育に携わってくるため、母子という力関係はやはり生まれるが、銀髪の王子・王女は別だ。

 実母であっても、子の上に立つことは許されない。

 

 アコモの母親が私に頭を下げるのは、絵面としては違和感があるが、立場としては弁えられたものだった。

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