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雪妖精の姫は破滅の未来をまるく、まぁるく収めたい。 ~努力はしますが、どうしても駄目なら出奔(逃げだ)します~  作者: ありの みえ
第03章 雪だるまの自己改革新生活

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ある意味、便利な能力だ

 久しぶりに愛娘とゆっくりおやつの時間を過ごした父アゲートは、機嫌よく王宮へと帰っていった。

 相変わらずおやつの後は王宮で過ごし、王城で仕事はしないようだ。

 

 父の置いていった本日のお菓子を侍女たちに分けていると、ジェリーが外から戻って来た。

 

「戻った、ました」


「おかえりなさい、ジェリー」


 以前のジェリーは外から戻っても、出かける時も、カーネリアには一言もなかった。

 それはカーネリアが身分の低い下女とは口を利かない、返事をすることすら許さなかったからだ。

 けれど、今の私は白雪 姫子なので、日本人ひめこの感覚をもって、普通にジェリーに対して受け答えている。

 その成果として、ジェリーは少しずつ私へも声を聞かせてくれるようになっていた。

 

 ……丁寧に話すのは苦手みたいで、ちょっと片言っぽくなるのが可愛いんだよね。

 

 小柄なのでそうは思えなかったのだが、イスラによるとジェリーは私よりも少し年上らしい。

 年上の少女に対して『可愛い』という感想はどうかと思うのだが、可愛いは正義だ。

 イスラを推すのとはまた違う宗教だが、この世界は多神教なので気にしない。

 

 おいで、と入り口で立ち止まったジェリーを手招き、その口へとオモムという桃に似た果実の砂糖漬けを入れる。

 砂糖漬これけは今日父が持って来たおやつだ。

 相変わらずのすごい量なので、多くの口へと分散することで消費する。

 

「……それで、あの人はどうしてお父さまに蹴られていたの?」


「えっと……しつこかった、から?」


 こてり、と首を傾げる仕草も可愛らしいのだが、当事者から話を聞いてきたはずなのに、なぜ疑問系なのだろうか。

 不思議に思ってジェリーと同じように首を傾げると、ジェリーは私に話が通じていない、と理解したようだ。

 あわあわと焦りながら言葉を追加しはじめた。

 

「あの、えーへー? が教えてくれた、です。しつこかったから、王さま怒った、って」


「あの男の人から話を聞いたのではないの?」


「それは……その……?」


 どうやら、男を引きずっていった先で衛兵に出会い、その衛兵から話を聞いたようだ。

 衛兵は、男が王城に来た時に城門を通したようで、それとなく男の様子を観察していたらしい。

 

 衛兵の話によると、最初は身だしなみをそれなりに整えた男だったようだ。

 彼が薄汚れたのは、父が蹴ったせいである。

 

 ……もしかしなくても、一張羅いっちょうらで王様に謁見を願い出て、ボロ布にされたんじゃない? あの人。

 

 白雪 姫子の感覚としては、一張羅にはとても見えない衣だったが。

 一国の姫でも簡素な作りの衣を着ているぐらいだ。

 衛兵が「問題なし」と城門を通すぐらいには、王に謁見するのに相応しい姿だったのだろう。

 

「それで、あの男の人自体は、どうしてお父さまに蹴られていた、って?」


「んっと……いくさで、さむくて、死んじゃうから、待って、って?」


「んん?」


 一生懸命に記憶を探ってくれているのは判るのだが、ジェリーの言葉はいまいち理解ができない。

 これは本当に、カーネリアの責任ではなかろうか。

 ジェリーと話しをする習慣が、相手はカーネリアでなくとも侍女たちでよかったが、毎日少しずつでも話す習慣があれば、ジェリーももう少し話すことが得意になっていただろう。

 片言が可愛い、とか言っている場合ではない。

 腕力頼みの仕事は任せられるが、簡単な伝言のやりとりすら難しいというのは、今後絶対に困ることになるはずだ。

 

「ジェリーが覚えているだけでいいから、あの男の人が言ってたことを、教えてくれる?」


「!」


 ……え? なに?


 なにがジェリーの琴線に触れたのか、ジェリーはパッと顔を輝かせた。

 それまでは考えながら話しているのか、少し自信のなさそうな顔をしていたのだが、一転して生きいきとした表情だ。

 

「昨年の戦で村の男手が減り、畑仕事の手が足りなかった。それに加えて、今年の夏が寒かったせいで実りも少ない。例年通りに税を取られては――」


「待って? ねえ、待って、ジェリー?」


「?」


 急に流暢に話し始めたジェリーに驚き、話を止める。

 普段はほとんど片言でしか話さないジェリーが急にハキハキとしゃべりだせば、私でなくとも驚くだろう。

 驚いて周囲を見渡せば、侍女の三人も驚いて瞬いていた。

 

 ……あ、アイリスは知っていたっぽい。

 

 突然流暢に話し始めたジェリーに、乳母のアイリスは普段どおりだ。

 特に驚いている様子はない。

 ということは、ジェリーがこういう話し方をする時がある、と知っていたのだろう。

 

「ジェリー、あなた……普通に話せたの?」


「ふつう、なに? です」


「え? また片言?」


 いったいジェリーの中で何が起こっているのか。

 それは判らなかったが、今はこの疑問は横へと避けておく。

 まずはあの男の話を聞いておきたい。

 

 突然流暢に話し始めたジェリーの話を整理すると、あの男は西の辺境にある村から来た、村長の息子だったらしい。

 想像通り、王と謁見するために、一張羅で王都まできたそうだ。

 カーネリアの記憶にはないのだが、昨年この国では戦があったらしい。

 その戦で村の男手が兵士として取られ、男たちは戻らず、畑仕事に支障が出た。

 それに加えて今年は冷夏で、その影響を受けて秋になった今も実りが少ない。

 例年通りに税を取られていては、自分の村ばかりではなく、周辺の集落でも多くの餓死者が出るだろう。

 少し税を減らすか、取立てを待ってほしい。

 

 そう直訴に来たが、予定にない者とは合わない、と追い払われ、諦めきれずに王城内をうろついていたところ、王宮から出てくる王アゲートの姿を見つけ、追いすがった。

 王の護衛は当然男の行動を止めたが、引き下がらず、しつこくアゲートに食い下がり――

 

「それでお父さまがあの男の人を蹴り始めて、周囲の人は誰も止めなかった、と」


「姫様、とめた」


「それはいいから……」


 あ、話し方が元に戻ったな、と妙な感心をしてしまう。

 どうやらジェリーは、聞いた話を聞いたままに話すことは得意だったらしい。

 ただし、方言や口調までそのままに話すので、男言葉が出てきたり、乳母が思わず止めにくるような単語が飛び出てくるので、これはこれで判りにくい面もある。

 

「ジェリーは、相手の言ったことを、そのまま覚えているの?」


「ワタシ、あたま悪い、から」


 自分は頭が悪いので、難しい話は何を言っているのか理解できない。

 だから、言われた言葉を音としてそのまま覚える。

 

 そう答えたジェリーに、まず私が思うことは――

 

 ……それ、頭悪いって言わないからーっ!!

 

 獣人とのハーフという以上に、びっくりな能力だった。

 つまり、相手の言っていることが理解できないので、それを纏めて解説しろ、と言われると難しい。

 それでたどたどしい片言になっていたのだろう。

 

 言われて思い返せば、私は最初に「どうして蹴られていたのか」と男が蹴られていた理由を聞いた。

 それで出てきたジェリーの説明が判り難く、次に「言っていたことを教えろ」と言ったら、ジェリーは男の話したことそのままを言いはじめた。

 

 私としては「男が蹴られていた理由・その原因を知りたい」という同じ指示内容なのだが、ジェリーにはまったく違う指示になるのだろう。

 ジェリーは、聞いたことを聞いたまま伝える方が得意なようだ。

 それも、かなりの精度で。

 

 ……それにしても。

 

 これもある種の超能力だろうか。

 いや、前世でなら名前のついた症例に当てはめられそうな気はするが。

 他者の言葉を、そっくりそのまま覚えられるだなんて、私には無理だ。

 なんだったら、自分の言った言葉でさえも、同じことを言ってみろ、と言われた瞬間に間違える自信がある。

 

 ……ある意味、便利な能力だ。

 

 ジェリーの特技は、話を聞いてきた視点者ジェリーの所感や感情といった不純物を混ぜることなく、当人の言葉をそのまま聞くことができる。

 これはいい。

 実にいい。

 しかも、ジェリーの外見は判りやすく獣人で、言葉も拙い。

 獣人を蔑み、学のない下女とジェリーを下に見る相手なら、『どうせ聞かれても理解できない』と油断して口が軽くなることもあるかもしれない。

 

 ……カーネリア……あなた、すっごい宝の持ち腐れしてた、よ……?

 

 改めて気付いたジェリーの有用性に、彼女をこれまで放置してきたカーネリアの愚かさに、今は我がこととしておののく。

 ジェリーはカーネリアが小さな頃に拾ってきたという話なので、手駒として育てる時間は十分にあったはずだ。

 それなのに、カーネリアはジェリーを放置した。

 ただ力持ちな下女として、教育を乳母に丸投げしたのだ。

 

 ……諜報員って、どう育てたらいいの?

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