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雪妖精の姫は破滅の未来をまるく、まぁるく収めたい。 ~努力はしますが、どうしても駄目なら出奔(逃げだ)します~  作者: ありの みえ
第02章 雪だるまの一日

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脂肪で『確実に我が子』と安心するのか

「カーネリアや、今日は珍しい菓子が献上されたから、お父様と一緒に食べよう」


 露台バルコニーから勉強していた痕跡をすべて消し終わるのとほぼ同時に、父アゲートが私の部屋へと大きな足音を響かせながら飛び込んで来た。


 先触れもなにも無しである。


 おかげで、おとなしく中庭で待っていた白い飛竜が、急に露台へと近づいてきた理由がわかった。

 飛竜には知性があり、ある程度は言葉が通じるとイスラから聞いている。

 つまりは、白い飛竜は父の接近を警戒し、これを知らせるために中庭で待機していた。

 そして、その父が奥宮に近づいてきたことに気が付き、知らせてくれたのだ。

 リンクォは可愛いだけでなく、利口で、気遣いのできる飛竜である。


 いつもならこの時間はベッドで寝転がっているか、腰掛けているか、いずれにしても室内にいる私の姿がないことに気がつき、父の視線が室内を彷徨う。

 非常に珍しくも露台にいるわたしの姿を見つけると、父は相好を崩し、しかし私の背後に立つイスラの姿に気が付くと、顔を顰めた。


「なぜ、余の可愛いネリの部屋に、罪人がいるのか」


「カーネリア姫に、改めて昨日さくじつの感謝を伝えに寄らせていただきました。お優しいカーネリア姫のおかげで、私も、リンクォも首が繋がっております、と」


 カーネリアによくよく感謝するように、と王もおっしゃられていました、とイスラの言葉は続くのだが、これはもしかして嫌味だろうか。

 もしくは、意趣返しに聞こえる。

 自分がカーネリアの部屋にいるのは、王の発言が元である、という。


 イスラは姿勢よく臣下の礼を取り、一歩下がる。

 父もイスラの綺麗な所作にはケチを付けられないようで、悔しげに唇を引き結んでいた。


「……いや、待て。おまえ、首の枷はどうした? 余が手ずから着けてやった『魔封じの枷』は」


 妙にギラギラとイスラを睨みつけているな、と思ったら、父はイスラの首に魔封じの枷がないことに気が付いてしまったらしい。

 昨夜のうちに外していたので、私はもうその存在自体を忘れいていた。


 ……そういえば、枷を外した時も、なんだかイスラは難しそうな顔をしていたような……?


 あれはいったいなんだったのだろう、という浮かんだばかりの疑問は、すぐに解決した。

 父が自身の正妃を疑い始めたからだ。


「まさか、あの生意気な女が余に断りもなく外したのか。……少し祭司の才があるからといって、調子付きおって」


 ……あれ?


 これまでのカーネリアは興味がなかったので、気にも留めなかったが。

 父と正妃は、もしかして仲が悪いのだろうか。

 少なくとも、父からの感情はよくないもののように感じる。

 正妃に対して『生意気な女』だなどと呼んでいるのだから。


 ……あ、いや? 違うな。お父さまは、カーネリア以外には大体こんな態度だ。


 カーネリア以外、誰に対してもアゲートは雑に扱う。

 同じ父の子であるコイズに対しても、父はこんな感じだ。

 カーネリアとコイズの、どこにそんな違いがあるのか、と言えば――


 ……脂肪か。脂肪で『確実に我が子』と安心するのか!?


 私としては健康のためにも『雪妖精だるま』は卒業したいのだが。

 父王の寵愛という、最強の後ろ盾を失う危険性が、ダイエットには潜んでいた。


 ……いや、痩せるけどね。


 父の後ろ盾よりも、推しにこの巨体を抱き運ばれたという事実の方が痛い。

 イスラは自分の腕力を誇り、なんでもない顔をしていたが、だからといって、この体が重くないはずはないのだ。


 ……それにしても?


 魔封じの枷が、王と正妃にしか外せないものだとは知らなかった。

 自分アゲートが外していないのだから、正妃が外したのだろう、と悪態をつく父に、疑問を感じてイスラへと視線を移す。

 王と正妃にしか外せないのなら、姫であるカーネリアに外せるはずがない。

 けれど、イスラの枷を外したのは私だ。

 私が神に祈り、魔封じの枷は外れた。


 どういうことかと解説を求めてイスラを見つめると、イスラは無表情でこれに答える。


「……魔封じの枷は、私を哀れに思われたカーネリア姫が、その慈悲の心でもって外してくださりました」


「嘘偽りを申すでないっ! 『魔封じの枷』は神のお力添えにより、罪人の魔力を封じるものだ! 神のお力によって封じられているのだから、神に言葉を届けられる王と正妃にしか枷は外せぬっ!!」


 ……それはたしかに、人間の腕力ちからじゃ外せなさそうだ。


 神の力で封じているのなら、それは人間には太刀打ちできないだろう。

 床を踏み鳴らして怒鳴る父の言葉に納得がいき、別の意味でもう一つ納得してしまった。


 イスラが息をしているだけで尊いと、その萌ゆる想いが神へと簡単に届いてしまうカーネリアだ。

 神の力で封じられているのなら、神の力でこれを解除することもできるだろう。


 ……神様に言葉が届くのって、隠す必要はないんだよね?


 イスラはアゲートに『カーネリアが外した』と報告している。

 ということは、私の祈りが神に届くという話は、別段隠しておくようなことではないのだろう。


 となれば。


「お父さま、見て、見て!」


 わざとらしく甘えた声を出し、神の眼差しを受けすぎて黒銀に輝く自身の銀髪を手に持つ。

 子どもらしく、自慢をするように。

 浮かれて見えるように、ふわふわと体を左右に揺らしながら。


「女神様にお祈りしたら、わたくしの祈りが届いたの! 女神様がわたくしを見てくださったのよ!」


 ホラ、髪の艶がいつもと違うだろう、と黒銀に輝く銀髪を自慢する。

 自慢ついでに『お父さまの娘ですもの』と、父王を持ち上げておくことも忘れない。

 どうやらアゲートは、自分に似ているから、とカーネリアを溺愛しているようなのだ。

 ならば、父王の娘であるから、と重ねておけば、機嫌も取れるだろう。


「おお! 本当だ。ネリの銀の髪が、今日は狩猟の神アイギルの連れた黒狼のたてがみのように輝いておる。……さすがは余の娘だ」


 銀を持つ王の子に生まれても、神に祈りを届かせる者は稀である。

 そして、その稀な才を、多くの子どもたちの中でもっとも溺愛する私が継いでいると示したものだから、アゲートの喜びようはすごかった。

 祝いに碑を建てよう、石像でもいい。宝石いしは欲しいか、衣の方がいいかと私を抱き寄せて喜び、空いた逆の手を背中に回してイスラへと退室を促していた。

 父にとって喜びの場に、『イスラはいらない』ということだろう。


 まずは一緒に菓子を食べよう、と椅子へと促されて素直に従う。

 父に逆らって、得なことはひとつもないし、その必要もない。

 イスラは父の来訪に合わせて書字版(仮)を露台の向こうへと放り投げた。

 ということは、父が来たら退室の挨拶をする間もなく追い出されることまで想定の内だろう。

 彼はやたらと準備と察しがよい。


 ……イスラとの勉強時間が終わっちゃったことは、残念だけど。


 イスラは長居をすれば、するだけ父の不興を買う恐れがある。

 退室を促されたタイミングで下がる方が、イスラのためにもいい。


 それは判っているのだが。


 退室していくイスラを、つい視線だけで見送ってしまい、父の眉間に皺が寄る。

 個人的な感情か、むすめが関心を向ける異性に対する父親としての感情か、アゲートはイスラが嫌いなのだ。


「……相変わらずすかした、いけ好かない顔だ」


 なにか気に障ることや、いやらしいことをされそうになったら、すぐに言いなさい。

 イスラの首を刎ねるから、と続いた父の言葉に、内心を表情おもてに出さないよう顔の筋肉に力を込める。

 イスラが雪だるまに『いやらしいこと』をするとは思えないが。


 ……父王あなたカーネリアがイスラに夜伽いやらしいことを命じる側でしたからーっ!!


 いやらしいことを強要し、首を刎ねられるべきはカーネリアの側である。

 前世風に言うのなら、上司の娘という立場を使ったパワハラだ。


 内心で吹き荒れる白雪 姫子のツッコミは表情筋の下へと押し込めて、無垢な愛らしい子どもの微笑みを浮かべる。

 父の言う『いやらしいこと』という言葉の意味すらわかりません、と。


 カーネリアとしても、白雪 姫子としてもしっかり理解している『いやらしいこと』に対して、我ながらあざとすぎるとは思うのだが、仕方がない。

 父が望むのは、無垢でいつまでも子どものようなカーネリアだ。

 イスラと私の心と身の安全のためには、父の望むカーネリアでいる必要があった。


 ……内心のダメージは大きいけどね!


 子どもの振りをしている、という自覚があるだけ、自分の行いが痛々しくて、痛い。

 本当に痛い。

 重軽傷が過ぎた。


 いっそ致命傷だ。

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