春芽節 2
白い飛竜を先頭に、隊列を組んで飛竜が空を飛ぶ。
先頭の白い飛竜に運ばれる竜籠の中にいるため、私からは見えないのだが、外からこの様子を見れば、いかにも『姫様御一行』という風体になっているのだろう。
飛竜による移動と、神域での『春芽節』は、銀を持って生まれた王族のみが行う。
銀を持たなかった王の子や、一般市民は王都やそれぞれの町や村で『春芽の宴』と称して成人を祝うらしい。
王族の場合は少し改まって神々への報告を兼ねているので、『宴』ではなく『節』だ。
……まあ、さすがは姫というか、神域での祭祀が終わったら、地上で一週間連続で『宴』をする予定みたいなんだけどね。
これは乳母から聞かされた今後一週間の私の予定だ。
神域での祭祀が終わったら、地上でぶっ続け一週間の宴会である、と。
……さすがは姫。お祝い事の規模が違う。
そんなことを考えているうちに、飛竜は神域へと到着した。
……飛竜の数がすごいな。
ゆっくりと旋回しながら神域へと降りる飛竜の竜籠の中から、地上に整列する飛竜たちの数に驚く。
白い飛竜たちと同じように装飾のついた馬具をつけているのは、他の飛竜騎士の愛馬たちだろう。
さすがは訓練された飛竜というのか、綺麗に整列していた。
そして、鞍や馬具を付けていない飛竜も、同じぐらいいる。
こちらは訓練をされていないのか、整列には加わっていなかった。
……なんだろう? なんとなく目の行く飛竜がいるな……?
はて? とは思うが、それ以上疑問を追求することはしないでおく。
今日は祭祀に来たのであって、飛竜を見に来たのではないからだ。
「よく来た、ネリ。いや、今日からは大人の仲間入りなのだから、『カーネリア』と呼ぶべきか……」
「お父さま……『ネリ』はいくつになっても、お父さまの可愛い『ネリ』よ」
地上に降りた竜籠の中から、イスラのエスコートで外へ出ようとしていたところ、大きな足音を立てて父アゲートが乱入してきた。
可愛い娘の成人を祝う儀に、男など不要、ということだろう。
もしくは、父親が娘をエスコートしたかっただけだ。
「さあ、さあ、こちらへおいで。ネリは神殿は初めてだろう? お父様が案内を……なんだこれは? なぜネリはこんなにやつれておる? どういうことだ、なにがあった!?」
本人的にはエスコートのつもりだったのだと思う。
両脇に手を添えて私を抱き上げた父は、これまでと違いすぎる感覚に思い切り顔を顰めた。
……ってか、気づいてなかったのか。私が痩せ始めていることに。
ダボッと余裕のある衣を着ているため、ある程度は体型の変化を誤魔化せると思っていたが。
まさか今の今まで気づかないとは思わなかった。
記録し始めた時をMAX115キロとして、地道な努力を続けてきた今の私は80キロ台についに手が届いている。
小学生一人分は体重が減っているので、さすがにそろそろ誤魔化しも利かなくなってくる頃だろう。
「お父さま、ネリはやつれてなんていないわ」
やつれたのではなく、引き締まったのだ、と言いながら父の手を叩いて合図を送る。
いつまでも子どもではないのだから、下してほしい、と。
「冬の間ずっと妹たちの部屋で一緒に遊んでいたから、少し体が引き締まったみたい」
動きやすくなって快適である、と続けながらその場でクルリと回り、ピタリと止まってみせる。
以前のカーネリアであればできなかった動作だ。
同じ動きをすれば、止まる時に重すぎる体の勢いが殺しきれず、よろけていたことだろう。
「……本当に、やつれたのではないのか? お父様に心配をかけまいと、嘘を言っているのではないのか?」
「まあ! ネリはお父さまに嘘なんてつかないわ!」
我ながらあざといな、と思いつつ、故意に頬を膨らませて拗ねて見せる。
これだけで、アゲートはコロリと意見を変えた。
娘の言葉を疑っているわけではない、父を嫌わないでおくれ、と。
「ネリの『春芽節』はエレスチャル様ではなく、お父さまが祭司を務めるのでしょう?」
お父さまの雄姿が見られるなんて、楽しみだ、とゴマを擦りながら父の手を取る。
本日の父は、普段のバカ殿スタイルではない。
祭祀を司るということで、黒の衣の上に白い外套を纏い、髪も丁髷ではなく、そのまま流していた。
……普通の格好していると、お父さまって太りすぎてはいるけど、そうマズイ顔はしていないんだよね?
前世でたまに聞いたし、あまり好きな言葉ではないのだが、「〇〇すれば××」という言葉が父にも当てはまるような気がする。
すなわち、『痩せ』れば『美形』と。
代々の王が気に入った美女を妻とし、子どもを作ってきたので、その血筋たる父の顔の造形がマズイはずもなかった。
コイズだって、白雪 姫子の好みではないが、致命的なレベルでマズイ顔はしていなかった。
父の機嫌を取りつつ、神殿の中へと案内される。
本来の案内役だったイスラはどうしてるだろう、とこっそり振り返ると、白い飛竜の手綱を他の飛竜騎士に預けているところだった。
どうやらこのまま私の護衛についてくれるらしい。
……イスラの案内だったら、弟たちの様子も覗けたのかもしれないけど。
父は弟たちにはまったく興味がないらしい。
一応「神殿には弟たちもいるのだろう」と話題には出してみたが、父からは「ああ、そうだな」とじつに気のない返事が戻ってきただけで、特に様子を見に行こうとも、行くかとも、話題は広がらなかった。
銀髪を持って生まれなかった息子など、父には関心が持てないのだろう。
……コイズのことも、それほど気にしていないっぽいしね。
父親と息子とは、こんな距離感なのだろうか。
カーネリアのことは毎日様子を見に来るほど気にかけているのだが、コイズへはそうでもない。
以前のカーネリアの記憶を探ってみても、奥宮にコイズが住んでいた頃から、今とそうかわらない距離感だったようだ。
……弟たちの様子は気になるけど。
祭祀が終われば、少しぐらい時間が取れるだろう。
その時にイスラに案内してもらえばいいか、と一人で予定を立てて、父と神殿の通路を歩いた。




