65.『マーセル騒動顛末記 2』
押さえつけられたマーセルと、突然現れた初老の男性。それをベアトリーチェが茫然と見ていると、後ろからちょいちょいと袖を引かれた。
「ちょうど空いてるみたいだから入っちゃおうよー。ここの美容師さんは腕が良くて、かなり有名なんだよ~。」
マーサが美容院のほうへベアトリーチェの体を引っ張る。
「え、マーセルさんはどうするの?」
「いいのいいの。女の子の髪のほうが大事なんだから。」
そのまま男たちに拘束され、引っ張られていくマーセルを眺めながら、ベアトリーチェもマーサたちに美容院へと連れて行かれる。
「あら、おひさしぶりー。おやまあ、可愛い子ねー。でもちょっと、髪型がひどすぎるわ~。」
入ってすぐに、一人の美容師がベアトリーチェたちを迎える。整った顔立ちの人で、ショートカットの髪に、すらりとした体つきでマーサより背が高いのだが、声は低めのハスキーな声で、男なのか女なのかわからない。まさに、性別不詳といった感じだ。
「でしょでしょ!だからこんなかんじで、ここをこうして~。」
「あら~、これはこっちのほうがいいんじゃない?」
「これなんかどうかしら。」
流れについていけず目を白黒させているベアトリーチェを置いて、マーサたちはその美容師さんと髪型の相談に入ってしまう。
そんなベアトリーチェを、この人は女性とはっきりわかる店員さんがやさしく椅子に座らせる。そして…。
「よ~し、まっかせなさーい。久しぶりに燃えてきたわー。」
数分後、腕まくりをした例の美容師が、ベアトリーチェの方にやってくる。楽しそうに鼻歌を歌いながら、てきぱきと手慣れた手つきでカットの準備を開始する。
「あの…わたし…なにもいってない…。」
どういう風にしてほしいとか、髪型の要望とか普通聞き届けられるものじゃないんだろうか…。
そして、その呟きも聞き届けられることがないまま、ベアトリーチェの髪は切り始められた。
***
「ありがとう~。またきてね~。」
そう言う美容師の声に、ベアトリーチェたちは送り出され店を出る。
「う~ん…、これってフェミニンすぎない…?」
その後も、なるべく男っぽくというベアトリーチェの意見は、却下され、反対され、拒否され、最後の方は流され、そのわりに手際よくカットされていった。
ベアトリーチェは近くの店の窓ガラスに映った自分の顔を見てうめく。
ベアトリーチェの蜂蜜色の髪は、大して切られることなく。毛先を細く整えられれ、小さなウェーブを描いて頬にかかっている。後ろの毛先も巻くようにしながら、背中に降り切る前より女の子っぽく見える気がする。
「ぜんぜんそんなことないよ~、とっても可愛いよー。」
「……。」
可愛いって女の子っぽいってことではないだろうか。マーサの言葉は前後で完全に矛盾していたが、あまりの自信満々さに突っ込めない。
「良く似合ってるよ。こうしてみるといっそう綺麗な顔立ちだね。」
「まるでお人形さんみたい~。すご~い、かわいい~。」
イレナは微笑み、ルミは両手を合わせて目をきらきらさせてこっちを見る。
みんな大げさすぎる反応だった。レティやイレナみたいな美人ならともかく、自分が髪形を変えたぐらいで、そんなに変わるはずもない。
そう考えると、あまり男っぽくとか自分の髪形にこだわっているのも馬鹿らしくなってきた。もう大分、エルサティーナから離れたので、気を使いすぎるのもよくないのかもしれない。けど、なんかみんなのいいように誘導されてしまった気もする。
「もういいです。」
ぷいっとそっぽ向くベアトリーチェの頬を、マーサとルミがつつき、そのままじゃれ合いになる。
「ところでそろそろマーセルのところに行かないとねぇ。」
そんな3人を見ていたイレナが呟く。
「あ…。」
ベアトリーチェもすっかりそのことを忘れていたのだった…。
***
マーサたちが一緒にいった先には、結構大きな豪邸があった。
「マーセルさんって子爵家の人だったんですか?」
「うん、そうだよ。けど、よく子爵だってわかったね。」
イレナにそう問い返されてギクッとした。王族として一応受けた教育の中に、それぞれの身分ごとの家紋の特徴などもあったので、他国のものでもなんとなくわかったのだが、まずい発言だったのかもしれない。
「い、いえ、貴族だし、家も大きいし、それぐらいかなぁって。」
慌ててベアトリーチェは言い訳する。それに納得したのかはわからないが、イレナはそれ以上は追及してこなかった。
「これはこれは、みなさん。よくいらっしゃいました。」
門の前に立って話していたベアトリーチェたちに声がかかる。そちらを向くと、こちらに向かって柔和に微笑むひとりの青年がいた。
ベアトリーチェはその顔をみてあっと声を上げる。その顔立ちは、マーセルととても似ていた。ただ髪は短く揃えてあって、メガネをかけている。それにきつく見えがちなマーセルの顔とは対照的に、青年の表情からは柔らかい雰囲気が流れてくる。
「こんにちは~、ピーセルさん。」
「やあ、ルミちゃん、マーサちゃん、イレナさん。君は…、初めましてかな?」
「ベルです。よろしくお願いします。」
ベアトリーチェがぺこりと頭をさげると、ピーセルと呼ばれた青年はまた頬に柔らかな微笑みを浮かべる。
「わぁ、すごく可愛い子だね。まるで天使みたいだ。よろしくね、ベルちゃん。」
大げさなお世辞を投げかけられたうえに、あっさり女の子だとばれている。やっぱりこの髪形は男装に向かないようだった。
はぁ、とため息をつくベアトリーチェにピーセルも首をかしげた。
「あれ、何か失礼なこと言っちゃったかな。」
「いえいえ、ちょっと照れてるんですよ、この子。それより、マーセルはいますか?」
「ああ、兄さんなら父上と話してると思うけど…。」
そう言ってちょっと表情を苦笑いに変えて続ける。
「今はちょっと行かない方がいいと思うよ。待つ間にお茶でも飲んでいったらどうかなぁ。」
「それじゃあ、お世話になろうかね。」
イレナがピーセルの提案に了承し、ベアトリーチェたちは屋敷の中に案内されることになった。




