24_セドリックとパトリック
記憶の中のパトリックよりも目の前にいるパトリックはずっと大人びて見えた。
体格がさらにガッシリとしているし、顔も……いや、顔は元々老け気味だったからあまり変化が分からないか。
特徴的な顎のコブと、長いもみ上げは昔のままだった。
アークレギスでパトリックと別れたのは十四の時。
今のパトリックの年齢が分かれば、俺の不確かな記憶にどれだけの空白があるのか、およその見当が付けられるのだが……。
何故パトリックがこんな上流の貴族が集まるアカデミアにいるのか。
別れてからどんなことがあったのか。
それに、今のアークレギスがどうなっているか、知っていることはないか。
聞きたいことは山のようにあったが、それを口にする前に、今の俺がユリウスではなく、ジョセフィーヌという姫君の身体であることを思い出し、自制するくらいの冷静さはあった。
父母や侍女、親友のことさえ忘れているはずの王女が、今会ったばかりの男と急に懇意に話し出しては不自然どころの騒ぎではない。
それに今の俺、ジョセフィーヌは先ほどの件で既に十分目立ってしまっている。
これ以上奇異な行動で関心を買うことは避けるべきだろう。
「正式なご挨拶は後日、とのことでしたが、私の方は名乗らせてください。私はセドリック・セデュークと申します」
長身の男が恭しく胸に手を当てながら頭を下げた。
セデューク家の名前は聞き覚えがあった。
確か有力な貴族家として習った中にその名があったはずだ。
だが、家名など俺にとってはただの文字の羅列に過ぎないので、それで何が分かるというわけではない。
整った顔立ちの、如何にも貴族然とした青年からの挨拶を受けて、俺はぎこちなく会釈を返すだけだった。
そこへ、俺が困っているのを察してかエミリーが助けに入る。
「セドリック様。もちろん、存じておりますわ。ご心配なさらずとも、ご挨拶はいずれまた」
そう言って、セドリックの目から俺を隠すように前に進み出た。
「エミリー。貴女とも久しいですね。彼女とは、ほんの幼少の頃にお会いしたきりでしたので、すぐに面影が思い浮かばず。先ほどは大変な失礼をしましたと、お詫びしたかっただけなのです」
セドリックはジョセフィーヌの正体に完全に察しが付いたようだった。
これはまずい。相手はこちらのことを知っているらしいのに、こちらは相手に関する知識がまるでない。
「お恥ずかしいところをお見せいたしまして……。お分かりにならなくとも無理はございません。お忘れください」
とりあえず、さっき俺の顔をまじまじと覗き込んだことを気にしているのだろうから、気兼ねせずにさっさと去ってもらおうとしてそう言った。
大したフォローにはならないだろうが、王族の女性にあるまじき行いをしたことを、こちらが恥じている旨もこれで伝わるだろう。
「ああ、実はそのお話も是非にと……。ローランとは遠縁の幼馴染でございます。本当は私がお止めすべき立場でしたが、人だかりに気が付いたときにはすでにその間もなく……。しかし、実に見事な太刀筋でございました」
「え? ええ……」
俺としてはまともに振りかぶることもできない剣を使って、無理矢理繰り出した動きだったので、その剣をそのように褒められるのは非常に居心地が悪かった。
万全ならあんな無様はさらさなかったのにと、剣士としての悔しさが沸々と沸きあがる。
「やはり、サナトス様に御教示を?」
「ええ、まあ……。セドリック様こそ。遠くからですが拝見いたしました。他の方々とは一線を画す腕前で、見惚れてしまいましたわ」
サナトス? 誰だ? と思いながら話題を逸らす。
「いい引き立て役がいるからなあ。俺なんか、この顔を傷付けて女性陣から恨みを買うんじゃないかと思って、いつも気が気じゃないぜ」
そこで、それまで後ろで黙って聞いていたパトリックが会話に加わってきた。
「そうおっしゃる割りには、遠慮のない打ち込みとお見受けしましたけど? 並みの者ではあの体重の乗った打ち込みを凌げるものではございません」
用心深く、顔色を窺いながらそう感想を述べた。
ユリウスの俺としては、しっかり成長しているじゃないかと、密かにエールを送る気持ちも込められていた。
「えっ、えーっ! そ、そうですかぁ!? 参ったなあ。分かっちゃいますぅ?」
パトリックは顔を真っ赤にしてそう言うと、豪快にガハハと笑った。
もしかすると、という淡い期待をしたのだが、この様子を見るとジョセフィーヌの中身が俺であるという秘密については全く知らないようだ。
完全に、年若く美しい女性に褒められて有頂天になっているだけの田舎者の顔をしていた。
最後に会ってからかなりの年月が経つはずなので、パトリックが今のアークレギスや俺の身に起きている異変のことを知っていると考えるのは流石に無理があったか。
「なあなあ、セドリック。お前も一緒に頼もうぜ? あのソードマスターの縁故の御方なんだろ?」
「お前が話に加わってくるのは珍しいと思ったが、それが狙いだったか……。だが、今日はやめておけ」
いかにも気安い感じで言葉を交わす二人を見るのは少し妬けた。
少し前まで、セドリックのいるポジションは俺のものだったはずなのだが。
そう、少し前……。
……いや、本当は、あれはどれくらい前のことだったか……。
無理矢理記憶の蓋をこじ開けようとすると、立ち眩みをしたように急に視界が暗くなった。
「お姉さま! お姉さま、しっかりなさってください!」
耳元で悲痛に呼び掛けるエミリーの声で気を取り直す。
「……大丈夫。ちょっと立ち眩みしただけ」
エミリーを安心させようと努めて笑顔を作る。
そうして、自分がいつの間にかセドリックの胸に頭をもたれかけさせ、両肩を抱かれた状態であることに気付いた。
「あっ、こっ、これは!」
急いでセドリックの胸を両手で押して距離を開けた。
「急に動かれては。また、お体に障ります」
ジョセフィーヌの細い腕を取ろうとするセドリックの手をどうにか振り払う。
そもそも力が弱いことと、王女にそぐわぬ粗雑な振る舞いはできない、という縛りがあるので、俺にはたったそれだけのことで一苦労だった。
これでは互いに手を取り合っているふうに見えるのではないか?
「も、申し訳ございません」
もう少し気の利いたことを言うべきなのだと思うのだが、とっさに適当な言葉が浮かばない。
社交の場に赴くのに際し、エミリーから色々と手解きは受けていたのだが、男性に抱きとめられた女性が取るべき適切な振舞い方など、明らかに想定外だった。
「ほ、本当に、大丈夫ですから」
俺はなおも不安げに見つめるセドリックの顔を見上げながら、なんとか台詞を絞り出した。
「お姉さま。今日はもうお屋敷に戻りましょう」
「やはり、まだお体が? 大病を患っておいでと聞き及んでおりましたが」
「ご病気はかなり回復しておいでなのですが……。久しぶりの外出でお疲れになったのだと思います」
「では、馬車までは私が」
セドリックはそう申し出たが、俺とエミリーは二人掛かりでそれを固辞した。
黙って従っていたら、俺を抱きかかえて運ぼうとせんばかりの勢いだったからだ。
そんなことになれば、この上さらに目立って、アカデミア中の噂になってしまう。
どうにかセドリックとパトリックの二人を追い払うと、俺とエミリーは一旦ベンチに座り、しばらく休んでから帰途に就いたのだった。




