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17_アカデミア 2


 馬車から降り立った場所は既にアカデミアである邸宅の中だった。


 エミリーに伴われていくつかの場所を案内された後、俺たちは既に始まっていた講義の一つに混じって話を聞いた。

 空の星々にまつわる学問のようだったが、話の途中からだったこともあって内容はほとんど頭に入って来なかった。

 その代わり、他に出席している十人ばかりの聴衆の様子をよく観察した。


 流石王都の貴族たちだ。

 皆、田舎のアークレギスでは見られないような上等な服を身にまとっている。

 ただし、熱心に聞き入り、時折質問の挙手をしながら参加しているのは、貴族の子息、というにはいささか歳を取り過ぎているような中年から初老の、学者のような雰囲気の人物が多い。

 若い出席者は俺とエミリーを含めて全員が女性だった。

 講義が終わり解散となったところで、そのことをエミリーに尋ねてみた。


「若い殿方はあまりこのような講義にご出席なさいません。ご案内いたしますわ」


  *


 屋根のある場所を出て建屋の周りを迂回(うかい)して歩いていると、木剣(ぼっけん)を打ち鳴らす聞き慣れた音が近付いてきた。

 曲がり角を抜けると、開けた場所で多くの男たちが剣術の稽古に勤しんでいる光景が視界に映る。

 自然と心が(はや)る。

 アークレギスの砦村で剣術に明け暮れた日々が懐かしく思い出された。


「あそこに座りましょう」


 エミリーが指差した先にあるベンチへと向かう。

 男たちが汗を流す広場に向かって扇状に並んだベンチは、広場全体を見渡せるような高い位置にあった。

 他のベンチには既に多くの女性たちの先客がおり、俺たち二人は残った一席に腰を落ち着けた。


 見世物のようだな。


 第一印象はそれだった。

 多くの女性に見守られながら剣を振るう男たちは、稽古というよりも演目を披露している印象を抱かせた。

 まず、足運びや重心の置き方がまるで成っていない。

 腕だけで剣を振っている。

 何より、相手を殺傷しようという気概が感じられない。

 木剣同士をただ叩き合わせているだけだ。


 王都に来てから見るもの全てに圧倒されていた俺だったが、こと剣術に関しては砦村の男たちの方が数段上の実力であるのは間違いない、と束の間の優越感に浸った。

 戦場が遠くにあると、剣術はこうも儀礼的になってしまうものなのか。

 砦村の者たちには、敵国と隣接する地勢だけに常に危機感があった。当然、稽古も実践を想定したものが多い。

 まともな防具も着けず、盾を持つ者もいない。そういう稽古は、砦村にもあるにはあったが、それはあくまでそういった不意打ちの状況を想定した稽古であって、空気感がまるで違うものだった。


 兵士ではなく、貴族の子弟が行う稽古ならこんなものかと思いつつも、この国の行く末を案じる危機感のようなものが、(かす)かに胸の内に(うず)くのを感じた。

 一国の姫君の身体を借りている今だからこそ、そのように感じるのかも知れないが、我ながら分を過ぎる考えだと自嘲する。


「いつもこのような稽古を?」


 俺はいろいろな意味を込めてそう尋ねた。

 相手は女性のエミリーなので、詳しく聞いても答えられないと思ったからだ。

 曖昧に聞けば、彼女なりに答えられる範囲の回答が得られるだろう。


「ええ。晴れた日は大抵。ですが、ここだけの話、ギャラリーが多い日ほど熱が入ったり、そういう日を見越しておいでになる殿方も多いと聞きますわ」


 ギャラリーという言葉を聞き、ベンチにいる女性たちの方に目を向けた。

 汗を流す男たちに注がれる彼女らの熱い視線。俺のように、中身が別である例を除けば、女性にとって興味を引くものではないと思ったが、彼女たちの目つきでその意味するところを悟り、全てのことに合点がいった。

 どうやらここは貴族の子女にとっての、非公式な見合いの場でもあるらしい。


 そうと分かった上で、彼女たちの多く───ほとんど全員かもしれない───が目を向けている視線の先を追った。


 特に注目を集めていたのは、俺がいる場所から見て、最も奥まった位置に陣取る一人の男だった。

 遠くから見ても、また、男の俺から見ても、一目で華があると分かる長身で細身の男だった。

 相対している男が比較的ずんぐりした体形なので余計にそのシルエットが際立(きわだ)つ。


 向かい合った二人が互いに間合いを詰め合った後、ずんぐりした男の方が仕掛ける。

 これは意外と体重の乗った良い動きだ。

 膂力(りょりょく)もありそうだし、この打ち込みを(しの)ぐのは難しいだろう。

 そう思った瞬間、細身の男の方は身体の向きをひらりと横に返し、迫ってくる木剣に添わせるようにして自分の太刀筋を当て、その勢いの付いた一撃を軽くいなしてしまった。

 打ち込んだ方の男が前のめりに体勢を崩したところに、細身の男が当身を食らわせ転ばせる。

 倒れ込んだその首筋に木剣の先を突き付けて勝負ありだ。

 ベンチの女性陣から黄色い歓声が上がる。


「ほう……」


 俺もその歓声と同時に思わず感嘆の声を上げていた。


 やるな。あいつは。


 負かされた方も良い動きだった。

 この中ではあの二人だけ別格だ。稽古の質が違う。


 もっとよく観たい。どうにかあの二人の側に近付けないだろうか。

 エミリーにそう相談しようかと思案していると、その間に二人は稽古にひと段落を付け、向こうの方へ歩いて行ってしまった。


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