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99_舟遊び


 翌日、半日ほど馬車で揺られてから、俺たちはとある湖畔で降ろされた。

 対岸が遥か彼方に見える巨大な湖だ。


 旅程によればアークレギスには、もうかなり近付いているはずだが、こんな場所にこれほどの湖があるとは知らなかった。

 水源はシュトルム連峰だろうか。

 俺は見慣れた山並みに目を向けて、今いる場所の位置関係を推量する。


 懐かしい。

 感覚的にはほぼ半年ぶりに目にする稜線だ。

 隣国ランバルドとの国境を為す険しく切り立った山肌。

 眼前に広がる巨大な湖面の迫力のせいか、遠近感が掴みにくいが、山の大きさの感じからしてアークレギスの砦村はもうそう遠くないはずだった。

 むしろ行き過ぎた感もある。深い森や急な勾配を避けて迂回路を通ったのだろうか。


 何も知らなければ、こんなところで寄り道などせず、さっさと目的地に向かおうとごねていたかもしれないが、昨日警護の兵たちの立ち話を盗み聞いていた俺たちは、パトリックがたどたどしく誘う舟遊びの提案に二つ返事で乗ったのだった。


「せ、狭い馬車の中で気詰まりだったでしょう。きっと、いい気晴らしになりますよー」


 三人いる女性たちの誰とも目を合わせることなく、パトリックが上擦った声でそう告げる。

 多分、ローランあたりに考えてもらった誘い文句なのだろう。

 皆で舟遊びに興じることはすでに了承しているのだから、最早そう熱心に誘う必要はないはずだが、用意された台詞をちゃんと言わねばならぬという気負いから、融通が利かなくなっているに違いない。


 パトリックのこんな女慣れしていないところは、王都の他の貴族らとは違い、砦村の男たちの気風を色濃く残しているように見えて、俺には好ましく感じられた。

 本当は、故郷を離れてからこれまでどうしていたのかなど、パトリックに聞いてみたいことは山ほどあったのだが、あいにくとこれまでその機会を持てずにいた。

 絶好の機会と言えるこの旅の間もそれは同じだった。

 馬の乗り手と、御者と、馬車の中を、男三人で順繰りに交代する手筈と聞いていたのだが、パトリックだけは女性三人に囲まれる状況を嫌ってか、一向に馬車の中に入って来ようとしなかったのだ。


「気晴らしになるんだったら、何でセドリックがいないの? あの人の傷心旅行なわけでしょ?」


 セドリックとローランはいつの間にか姿を消していた。

 それに気付かない振りをするのは流石に不自然なので、ここでそれに言及することは致し方ないが、なかなかに意地の悪い聞き方をするものだ。


「えーと、しゅ、周囲の警戒に。すぐに、戻りますよ」


 このとき真下から見上げるようにするプリシラの視線を受けて顔を真っ赤にしているパトリックの様子を見て、俺の中である一つの疑念が湧き起こった。

 女慣れしていないと言っても、さすがに動揺のし過ぎに思えた。

 王女のジョセフィーヌであればいざ知らず、相手は平民のプリシラなのだ。

 幼馴染のミスティ相手のときは言うに及ばず、ジョセフィーヌのことをまだ王女とは知らずに会話していたときにも、もっと自然に振舞っていたはずなのに。


 さては、こいつ……。



 二人一組でボートに乗ろういう段になると、俺の抱いたその疑念は確信に変わった。

 当然のようにジョセフィーヌと同じボートに乗ろうとしたエミリーとパトリックが口論になったのだ。


「ひ、姫様から片時も離れるなと強く申し付けられておりますので!」

「駄目です。男の方とお姉さまを二人きりにはさせられません」


「だ、だったらこうしましょう。私はエミリー様とご一緒します。姫様はプリシラ様とお二人で」

「……え、すみません。意味が分かりません。それはつまり、お姉さまの警護ではなく、わたくしとお姉さまを引き離すのが目的なのではありませんか?」


「いやぁ、あの……そうではなくてですね……」


「分かった。このボート、三人なら乗れなくもないから、あんたら三人で乗ってきなさいよ。アタシはここで待ってるから」


 見かねてプリシラが口を挟む。


「え? それは悪いわ……。もう! プリシラさんとパトリック様が一緒にお乗りになれば良いでしょう? それが一番自然なのにぃ」

「いや、いいよエミリー。きっと、その組み合わせだけがどうしても嫌なんでしょ?」


 そう言ってプリシラが視線を向けると、パトリックは気まずそうに顔を背けた。


「それは、どうしてですか?」

「分かんないけど……、アタシが平民だからとか……」

「そ、それは違います!」


 パトリックが発したその声があまりに大きかったので、プリシラとエミリーの二人は驚いて固まってしまった。

 驚いたというだけでなく、巨漢の男を見上げるその顔は、若干怯えてさえいるように見えた。


 もう駄目だ。見てられない。


「パトリック様。どうか私とご一緒いただけませんか? 貴方とは一度ゆっくりお話ししたいと思っていたのです」


 俺がそう声を掛けると、パトリックは心底安堵した表情を見せた。


『こらっ。そんな顔をしてたら、またプリシラに誤解されるぞぉ』


 ジョゼも俺と同じく、パトリックの内心を察したようだった。

 その不器用さを微笑ましく感じているふうでもある。


 依然としてエミリーは渋っていたが、それを何とか聞き分けさせて、二人づつボートに乗り込む。


 パトリックが(かい)を握って力強く漕ぎ出したところで、俺たちがいた岸辺の桟橋にセドリックとローランが姿を現した。

 その憮然とした表情と、後ろで頭を掻くローランの立ち姿を見て、俺は何となく事態を察した。

 あの真面目なセドリックが王女の警護役を放棄して娼館に遊びに行くというのが、どうにも腑に落ちていなかったのだ。

 大方、自分がローランに騙されて無理矢理連れ出されたことに気付き、怒って引き返して来たのだろう。


 パトリックはボートを岸の方へ戻そうとしたが、俺がそれを止めた。


「もう大分岸から離れましたから、このまま行ってしまいましょう」


 パトリックの太い腕が操るボートは、ほんの数回漕いだだけで、すでにかなりの距離を進み出していた。

 それに比べ、エミリーが櫂を持つボートはまだ桟橋の側を離れることもできず、反対に、ローランの手によって引き戻されようとしていた。


「俺がセドリックと交代しますよ」

「言ったでしょう? 貴方とお話ししたかったのは本当ですから」


 岸に残った四人は、ボートをもう一艘加え、乗り手を入れ替えてこちらを追う準備をしているようだった。


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