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やって来る男たちは、恵美を遠巻きにしている男たちよりも身分が高そうだ。鎧の装丁の細かさや、どことなく威厳に満ちている。

その中でも特に際立っているのが、彼らに取り囲まれるように立つ二人の男だ。


金色の髪と碧眼を持つ男と、茶色の髪を一つに結び横に流している男。

二人の男が纏う空気は、他の男たちとは明らかに異なっている。それにもかかわらず、男たちは一様に目を見開き、恵美を凝視してきた。


その視線の強さに、思わず身じろぐ。


彼らは、恵美とブレットから数歩分の間を空けて立ち止まった。彼らを先導したアンディは、一瞬迷いを見せたが、恵美たちの斜め前に落ち着いた。


「ブレット」

対面する男たちの内、一人の男がブレットに恵美を下ろすよう指示をした。

その言葉に従い、ブレットは恵美を下ろす。

アンディが、素早く恵美の手を取ってくれ、アンディに支えられながら恵美は左足に体重をかけるように立った。

だが、それでも右足に走る痛みに思わず顔をしかめると、アンディが支えた手に力を入れてくれた。

それに勇気付けられ、恵美は表情をひきつらせながらも整える。



「クルトという姓を持つと聞いた。本当か?」


茶髪の男からの、突然の問いかけに、恵美は顔を男へと向けた。

男のひそめられた眉の下の目は、鋭い視線を恵美に向け、腕を組み不審感を露わにしている。



やはり名前に何かあるのだろうか。


リディアは、ボーデンの厚い加護を受ける者に相応しい名前だと言ってくれてはいたが、彼らにとっては、何か因縁がある名前なのかもしれない。


だが、彼が問うのが、『エミーリア』ではなく、『クルト』の真偽であることに気付き、恵美はさらに困惑していくのを感じた。


名前ばかり気にしていたが、気にすべきは姓の方だったのだろうか。

そう思うが、それならば答えは一つだけだ。



「はい。クルトと申します」


そう返せば、茶髪の男が息を飲んだのが分かった。

金の髪の男や彼らを取り囲む男たちは目を見開き、茶髪の男と恵美を見比べている。


「…いつから、クルトを名乗っている?」


そして、続いて尋ねられた問いに、恵美は首を傾げた。


問いの焦点が良く分からない。


「…産まれた時からです」

「ご両親の姓がクルトということか?」

「はい」

「では、君の親はどこにいる?」

「…この世には、おりません」


異世界にはおりますが。


内心そう思いつつ、返答すれば、男は眉間の皺をさらに深くした。


「――では」

「アレクシス。後にしろ」

そう男が話そうとするのを遮り、金の髪の男が声を発した。

「なぜだ?」

反論する男――アレクシスに、金の髪の男は首を振ることで、黙らせた。

睨むようにアレクシスを見ているが、少し目じりが下がっており、右には泣きぼくろがあるせいか、あまり鋭さは感じられない。

男が恵美の方向を向くと、豊かな金の髪が揺れた。


「初めまして。エミーリア」

「…はい。初めまして」

その返答に満足そうに頷いた男は恵美の全身を眺め、すぐに眉を寄せた。


「怪我をしているのだったな。身体が痛むだろう。土の上で申し訳ないが座ってくれ。

ーーああ、いや待て」


そこで言葉を切ると、男はおもむろに恵美の隣に立ち、腰に腕を回した。


「え?」

「おい!待て!!」


恵美の困惑の声とアレクシスの止める声が重なる。

だが、金の髪の男はそれらを無視し、さらには「エミーリア、手を」と言って、アンディに支えられていた手を取った。


「エミーリア、痛いのはどこだ?」


顔が近い。

耳元で囁くように男に問われ、顔が赤くなっていくのを感じる。


「右足、です…」

なんとかそう答えれば、男は頷いた。


「そうか。では私にもたれるように体重をかけて構わない。そっと力を入れてーー」

そう言って、腰と手に力を入れて、座るように促してくれた。

そのおかげで、なんとか酷い痛みを感じることなく座ることができ、恵美はほっと思わず息をはいた。


「ありがとうございました」


男を見上げ礼を言うと、男は嬉しそうに、その碧眼を細めた。


「いや、構わない」


そう言って男も恵美と向かい合わせになるように座る。そして、男は謝罪の言葉を口にした。


「エミーリア。先程は、アレクシスが失礼な態度をとった。申し訳なく思う。許してくれ」

「ライヴァ!」「殿下!」


それには、流れを見守るしかなかった他の男たちが、慌てた様子を見せた。

アレクシスを筆頭に数名の男たちが、諌めるように声を上げたのだ。

だが、金の髪の男は煩わしそうに手を振り、後ろを一瞥することでそれを止める。

そして、すぐに恵美へと視線を戻した。


彼の碧眼がきらきらと宝石のように輝いている。その瞳を見返した恵美は、はたと恐ろしいことに気付いた。


先程、誰かが、この目の前に座る男のことを、『殿下』とそう呼びかけなかったか?


「…殿下?」

恵美のその呟きに、男は「ああ、すまない。名乗っていなかったな」と言って笑った。


「私の名は、ラインヴァルト。ラインヴァルト マルクス シルゴートだ」



その名は、知っている。

ハロルドから、リディアから、この国について教わる際、何度も聞いた名だ。


「ーー王太子殿下?」



やはり、この一団は王太子軍なのだと思いながら、それでも目の前に王太子がいるということに唖然となる。そんな恵美を見て、ラインヴァルトは苦笑しつつ、頷いた。


「どうか、ラインヴァルトと。そう呼んでくれ」

そう言うと、ラインヴァルトは真剣な目を恵美に向けた。

「エミーリア。私に貴女のことを教えてくれないだろうか」


ラインヴァルトのその言葉に恵美は頷いた。




「私は、五年程前から、山の上で暮らす夫婦に助けられ、養われて参りました」

「五年前、ご両親と死に別れたということか?」

「いいえ、そうではありません」

「では、どういうことだ?」

「私はいつの間にか両親から離され、その夫婦の元に身を寄せていたのです」

「…犯罪に巻き込まれたのか?」


途端、ラインヴァルトは険しい表情を見せた。


確かに、この言い方では誘拐や拉致されたかのようだ。恵美は否定しようと口を開きかけ、止めた。


実際、ボーデンに拉致されたようなものだから、全くの間違いではない。

ならば、そのように話を合わせてしまおう。

そう思った。



「その夫婦の犯行か?」そう呟いたラインヴァルトに向けて、恵美は大きく首を横に振る。

「その可能性はございません!お二人には、とても良くして頂きました」

「良くしてくれたからという理由は、犯人ではないという根拠にはならない」


バッサリと恵美の言葉を切り捨て、ラインヴァルトは恵美に真剣な目を向けた。

「その時の状況を詳しく教えてもらえないか」

「それは…。申し訳ありません。両親と別れてから、その夫婦の元で暮らすまでの記憶が曖昧なのです」

「記憶が曖昧…。事件の影響だろうか」


恵美を痛ましそうに見て呟くラインヴァルトに、恵美は誤魔化すように曖昧に首を傾ける。


嘘は言っていない。事実、いつの間にか、リディアたちの家に居たのだ。だが、真実でもない。


彼はどこまで信じてくれるだろうか。


恵美は、そう思いながら、ラインヴァルトの様子をじっと見守る。


ラインヴァルトは地面に視線を向けて、じっと考え込んでいるようだ。

だが、恵美が自身を見つめているのに気付き、その真剣な顔にかすかな笑みを浮かべた。


「ーーところで、エミーリアは山を下っていたと聞いたが、どこかへ向かう途中か?」


話題の変更に少し戸惑いながらも、恵美は首を横に振る。


「いいえ。実は、行く当てもなく…。麓の村か町にでも行こうかと思っておりました」


そう伝えれば、ラインヴァルトは驚いたようで、目を瞬かせた。

「どういうことだ?山の上で暮らしているのだろう?」

「……追い出されてしまったのです」


「は?」


恵美の言葉に、ラインヴァルトは絶句した。

ラインヴァルトの周囲に、静かに見守るように立っていたアレクシスたちも、ぽかんと口を開けた。


リディアに出て行くように告げられた時、自分もこんな顔だったろう。


そう思えば、なんだか可笑しい。


ラインヴァルトが困惑した様子で「…そうか」と呟いたのが聞こえ、思わず、微笑みを返す。


「そのような訳で、家を出た早々に怪我してしまい、正直、どうしようかと思っておりました。

ここまで連れて来て下さいましたこと、改めてお礼申し上げます」


そう言って頭を下げると、その動きに合わせて、さらさらと、肩を赤い髪が滑り落ちた。

結い上げていたはずが、落ちた衝撃で、乱れていたようだ。

腰の辺りまで伸ばしたその髪は、頭を下げると地面に接してしまう。

だが、恵美はそれに構わず、頭を下げ続けた。


今の説明で納得して、解放してくれないだろうか。そう期待した。


恵美は顔を上げた。そして、すぐに顔を上げたことを後悔した。


目の前に座るラインヴァルトは、怒りを纏っていた。

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