表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/22

6

真っ白な天幕の天井が風に揺れている。

この天幕が建てられてから、もう半月ほど経った。

――長い。

ラインヴァルトは、天幕の中心に置かれた椅子に座り、嘆息した。


隣国であるティエンサン公国が、突然シルゴート王国の使者を殺したのが、二ヶ月前。その情報は、ティエンサン公国により隠され、ラインヴァルトたちシルゴート王国上層部が知ったのは、その一週間後のことだった。

ティエンサン公国にその事実を追及したが、ティエンサン公国は、使者殺しについて否認の姿勢を貫いた。

それからは、暗部による情報収集に力を注ぎ、とうとう使者殺しの犯人を見つけ出したのが、半月前。

そして、黒幕の追及を行おうとした矢先、ティエンサン公国が国境を越え、侵略を開始した。

それを受け、太子であるラインヴァルトを筆頭に、急きょ編成された軍は国境を見下す位置にある丘に本拠地として天幕を展開し、ティエンサン公国軍を迎え撃つ次第となった。



ティエンサン公国。


四の妃神の娘にあたる女神が加護を与える国だ。


だが、その加護の形は、シルゴート王国含む他の国々とは異なる。

通常、女神が加護を与える国は『皇国』と呼ばれる。

だが、ティエンサン公国は『公国』なのだ。


この世界は、神の意思で成り立っている。

十一の国それぞれの加護を与える神の違いが、国の違いとさえ、言える。


ティエンサン公国を加護する女神は、土地に加護を与え、豊富なアスタイトを産出させている。

だが、それだけだ。

現在、ティエンサン公国主は、女神から加護を受けた王を倒した反逆者の末裔だ。

王家に縁もない成り上がりの王が治める国。

その国に、女神は加護を与えることを拒み、国や国民に関心を失ったのだと言われている。


『皇国』を冠する国として、認められないのだ。


だから、貧しい。加護を持つ国が羨ましい。


そして、シルゴート王国は、現在、『持たざる者』と呼ばれる、ボーデンから正統な加護を持たない者が治めている。


それでも、シルゴート王国は、ボーデンからの加護を失っていない。

それが、ひどく羨ましく、憎らしいのだろう。


今度の侵略は、そういった背景があるのだろうという、その見解が、シルゴート王国では大半を占めている。


国にとって、加護を受けるというのは、それほどの大事なのだ。


神々は、アスタイトの軍事利用を好まない。だが、ティエンサン公国軍は、女神の深い加護による影響がないことを逆に利用して、アスタイトの軍事利用研究を進めている。


そのため、突出した将はいないティエンサン公国に、騎馬に優れたシルゴート王国軍の攻撃をうまく避けられている。

戦の長期化を目論んでいるのだろう。長期化して困るのは、重装備せざるを得ない、騎馬隊だからだ。


ラインヴァルトは椅子に深く腰掛け、これまでのことを思い浮かべる。

目をつむり、大きく深呼吸した。


天幕の中には、ラインヴァルト以外誰もいない。自身の息の音だけが聞こえる静かな天幕内と違い、外は多少の声や足音が聞こえる。外にいるのは、己の守護役の兵と腹心であり従兄のアレクシスだけだ。

兵の多くは、戦場へ配置してある。

また、これまで天幕、もしくは後方で指示を出していたシルゴート王国が誇る三将軍の一人が、前線に出た。

三将軍の三番目に位置していながら、剣聖と呼ばれるグレアムを中心にした布陣は、必ずティエンサン公国の将を討ち取るだろう。


あと一歩というところで、相手の将を打ち取れないということが何度も続いた。予想を大きく覆し長い戦いとなった。

それも、今日までだ。

ラインヴァルトは、肘掛に置いた手を強く握った。




「ライヴァ」

己を呼ぶ声に、ラインヴァルトは目を開けた。

薄暗い天幕で、しかも目を閉じていたせいで、天幕入口から差し込む光に、不覚にも目がくらむ。

ぼんやりとしたラインヴァルトの視界に、茶髪の長身の男が映った。

自分と同様、戦場に少し不相応な軽めの武装のみを付け、そして自分を『ライヴァ』と愛称で呼ぶ者。そして何より、その声を、常に左隣で聞いている。

「アレク」

ラインヴァルトが声を出すと、アレクシスはラインヴァルトのもとへと駆けつけた。

「ライヴァ!やったぞ!」

アレクシスの笑顔に、きつく拳を握った。




剣聖グレアムが、ティエンサン公国の将を討ち取り、公国軍は撤退を開始した。

その報告をアレクシスから受け、ラインヴァルトは脱力した笑みを浮かべた。

ようやく、終わらせることができる。


だが、その笑みを浮かべたのは一瞬で、ラインヴァルトは鋭い視線を前に控えるアレクシスへ向ける。

「アレク。ティエンサン公国軍を深追いないようグレアム将軍へ伝令を。

公国軍全兵が国境を超えるのを確認したら、国軍はこのまま国境の警備と監視を。将軍及び王太子軍は、戻るように伝えよ。

それと同時に、被害状況の確認を急げ」

「かしこまりました」

アレクシスが恭しく礼をして去るのを見送り、ラインヴァルトは椅子から立ち上がる。


戦の後処理について、思考をめぐらす。

これほど、この戦いが長期化したのは、己の責任だ。


戦死者とその家族には相応の補償を。

軍費として使用した国庫の確認を。

国民の不安を取り除き、王国への信頼の回復を。

ティエンサン公国の今後の動向次第だが、講和条約を締結させたい。


やらなければならないことは、たくさんあり、数えきれない。


簡単に整えただけだった髪が乱れ、一房、額にかかる。そのせいで、視界に金色の簾が広がり、ラインヴァルトはそれを、忌々しく感じながら乱暴に手で後ろになでつけた。


『持たざる者』である父と自分。それが王と王太子であること。

そして今回の戦いの長期化。

王宮内だけでなく、民の間でさえも、不満を露わにする者が出てくるだろう。


その不満は、『持たざる者』であるにもかかわらず、王太子の身分にある自身に、一生課せられるものであると、ラインヴァルトは理解していた。




グレアムが、ラインヴァルトの指示通り天幕を展開する丘へ戻ったのは、それから二時間ほど経ってからだった。

その報告を、ラインヴァルトは天幕内の椅子の上で聞いた。

そして、グレアムを自身の近くへ来るよう呼び寄せた。

「殿下。この度はお慶び申し上げます」

グレアムは、兜こそ脱いではいるものの鎧をまとった姿のまま、ラインヴァルトの前に膝をつく。

それを見て、ラインヴァルトは眉を寄せた。

「グレアム将軍。立ってもらって構わない」

グレアムが立つのを確認後、ラインヴァルトは椅子から立ち上がり、目を伏せ、そして、軽く頭を下げる。

王族として臣下に出来る最高の礼の形をとるラインヴァルトに、グレアムが「殿下」と諌めるように声を上げた。

だが、ラインヴァルトはその声を無視して、その姿勢を取り続ける。


「むしろ、祝いの言葉はグレアム将軍にこそふさわしい。そして私は貴方に謝らなければならない」


ラインヴァルトが顔を上げると、グレアムは困った表情をしていた。己と同じ碧色の目のふちには皺が深く刻まれ、目じりを下げている。

剣聖グレアムは、戦場でこそ細やかで優美な剣技をみせるが、普段は粗野な男だ。王族からの謝罪に、対処しかねているグレアムの様子に、ラインヴァルトは苦笑し、もう一度椅子に座りなおす。

「この度の戦で、貴方を招集したのは、剣聖グレアムここにありと、ティエンサン公国へ対する牽制のつもりだった。だが、想像以上に戦が長引き、結局前線へ出てもらうことになってしまった。結局、敵将を討ったのも貴方だ。

もう隠居してもいい年齢の貴方を戦場へ駆り出したこと、本当に申し訳なく思っている」

「…殿下。今回の戦は、後継たちにとって、いい経験になりましょう。それに私にとっても。そして失礼を承知で申し上げれば、殿下にとっても。この経験は、すべての者の糧となるでしょう」

グレアムは、ラインヴァルトに強い視線を向けた。

「戦は勝利で終えた。それを、王太子たる貴方様が率いた。それが、最も大事なことです。殿下は、この国をしっかりお守りになられたのです」


ラインヴァルトは、一、二度瞬きをした後、グレアムを見て苦笑した。

この将軍には敵わないな、と思う。


「私は、貴方に伝えるべき言葉を間違えていたようだ」

ラインヴァルトは、椅子に深く座りなおす。王族として相応しい、威厳ある声音を意識する。

「グレアム将軍。この度の功績、感謝する」

「その言葉、ありがたく頂戴いたします」

グレアムが再度膝をつき、礼を述べるのを、ラインヴァルトは頷くことで、返事に変えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ