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「エミーリア様。おはようございます」


ジェシカの声とカーテンを開ける音で、恵美は目を覚ました。


ぼんやりと見慣れぬ部屋を見る。


芙蓉殿で恵美に与えられた一室は、フラムスティードの部屋より少し小さい。だが、柔らかな色合いで整えられたカーテンや寝具は可愛らしく、城に来た時の緊張感が嘘のように居心地が良かった。


目をこすり、あくびとともに背伸びをすると、ジェシカに笑われてしまった。


「よくお眠りになられたようでよかったです。

初めての場所ですし、お眠りになれないかと心配しておりましたが、杞憂でございましたね」


くすくすと笑い続けるジェシカに手伝ってもらいながら身支度を整え、寝室を出る。

続き部屋の机の上にはフルーツが盛られた皿があった。


昨夜はレスターとともに豪勢な夕食をふんだんに食べてしまったため、軽めのものをジェシカは用意してくれたようだ。


フルーツの水々しさを堪能していると、ジェシカは朝のお茶を淹れてテーブルの上に置いてくれた。

そのまま下がろうとしたジェシカを恵美は止める。


「イリーネ様のところへの朝の挨拶ですが、レスター様がごいっしょにいらっしゃいますよね。今日は遠慮したほうがよいでしょうか」

「旦那様は早朝に出られておいでですので、ご挨拶に伺っても大丈夫かと存じます」

「もう出られたのですか?」


久しぶりの逢瀬だ。

きっとゆっくり朝を過ごすのだろうと思っていた恵美は驚き目を瞬かせた。


「はい。なんでも昨日は仕事の途中で抜けて来られたとのこと。また今度ゆっくりととエミーリア様にもご伝言を承っております」

「そうなのですか。やはりお忙しいのですね」


忙しい時期なのだと言っていたイリーネの言葉を思い出す。

今日会えないと思うと、途端に昨夜もう少し話せたらよかったと残念になってしまう。


イリーネにとっては、折角会えた最愛の夫が、すぐさま仕事へ舞い戻ったのだから面白くないだろう。


これは早めにご機嫌伺いに行った方が良いかもしれない。


「ジェシカさん。申し訳ないのですが、イリーネ様へご訪問のお伺いを立ててくれませんか?」


ジェシカにそうお願いすると、ジェシカは微笑み頷いた。そして、フルーツの入っていた皿を手早くカートに乗せ、部屋の扉の方へとカートを押して進む。

扉を開けると、丁度食器を下げに来た侍女が居たようで、ジェシカはカートをその侍女に預けながら、何か話している。

恵美はそんなジェシカたちからティーカップへと視線を移し、カップへと手を伸ばした。


昨夜案内された時、イリーネの部屋はここからそう遠くなかったはずだ。お茶を飲み終える頃にはイリーネからの返答が聞けるだろう。


お茶を口に含めば、爽やかな香りが鼻に抜けた。

これはなんの茶葉だったろうか。以前飲んだことがある気がする。

そう恵美が記憶をひっくり返していると、「エミーリア様!」と声を上げてジェシカが恵美の元へ戻って来た。

ジェシカのふっくりとした頬が、桃色に染まっている。珍しく興奮している様子に、恵美は首を傾げる。


「どうされたのですか?」


その問いに彼女は鼻息荒く、だがにこやかに微笑み、一歩恵美へと近付いた。

思わず恵美が椅子の上で仰け反ると、ジェシカはそんな恵美の腕をがっちりと掴んだ。


「エミーリア様。着替えましょう」

「え?」


恵美の戸惑いの声に、ジェシカはさらに笑みを深める。


「ラインヴァルト殿下とアレクシス様がこちらへおいでになるそうです」

「・・・ラインヴァルト殿下とアレクシス様が」


狼狽え、ジェシカの言葉を繰り返すだけの恵美に、ジェシカは問答無用で着替えを行うべく寝室へ戻るようにと告げた。



恵美と共に寝室へと戻ったジェシカの行動は早かった。

クローゼットに昨日納めた服の中から、迷わず一着を選びとった。

乳白色の光沢のある立襟ブラウスと濃青色に金色の刺繍が美しいスカートで、スカートの上から薄い生地を重ね、濃い色味を柔らかく見せている。

少し光沢がある布を使用した立襟のブラウスは、飾りのないシンプルなものだ。


ジェシカはそれを恵美に着せていく。恵美はジェシカの指示に従い動いたり静止したりとまるで着せ替え人形のごとくジェシカになされるままだ。


恵美の着替えが終わると、ジェシカは恵美を鏡台の前に座らせ、汚れないように首回りや膝の上に布を置き、迷いのない手つきで櫛を選び取った。そして器用にかつ手早く結い上げていく。


横の髪を一房だけの腰、一つにまとめて青玉の飾りを付けた。残した一房は、金色のレースのリボンとともにねじるようにまとめていき、くるりと輪を作りリボンの端同士が行き着いた場所を崩れないように小さな真珠が三連連なった髪飾りを使って止めた。


芙蓉殿の中では赤髪を見せても構わないようで、布で覆わなかった。布で覆っていたら圧迫感に耐えることができなかったかもしれない。それだけがほんの少しありがたかった。


仕上げにと唇に紅を乗せた後、ジェシカは汚れ防止の布を取り払い、最後に恵美にクリーム色の上着を着せた。


「できました、完璧です!」


ジェシカは恵美の頭からつま先まで眺め鼻を膨らませうなずいた。その表情は満足感に満ちていた。


「用意ができた旨、伝えてまいります」


誇らしげな表情のまま、そう告げてジェシカが退室し、恵美はひとりで鏡の中の自分の姿を確認してから椅子に座った。


結い上げられた髪、繊細に仕上げられた服。いつもよりも豪華なのは、やはりラインヴァルトと会うからなのだろう。


綺麗な格好は嬉しいと素直に恵美もそう思う。だが、それでもこれほど豪華な格好は自分には身分不相応だと感じてしまう。


ふぅと息をつく。しんとした静かな部屋に、それは思った以上に大きく響いた。

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