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窓からの風景の端に、これまで見た中でもひときわ高く堅固な外壁が続く。そして、その外壁の切れ目--兵が守る石門を抜けたとき、ジェシカは窓のカーテンを引いた。


「風景をお楽しみのところ申し訳ございません。これから王都に入ります。これまで以上に人の行き来がございますので、あまりお顔をお出しになられないほうがよいかと」


王都を見てみたかったが、そう言われてしまえば、しょうがない。恵美はその言葉に頷いた。


それからはジェシカと取り留めのない会話をして過ごし、カーテンの隙間から差し込む光が西日特有の鋭さを持ち始めたころ、ようやく馬車は停止した。


馬車から降りると整備された石畳が見渡すばかり広がっていた。数メートルほど先の正面には木造の城門が見える。


「エミーリア、こちらへ」


思わず呆けたように城門を眺めていた恵美だったが、馬車から恵美より先に降りていたイリーネに名前を呼ばれ、慌ててそばへ寄った。


「ご苦労様。疲れたかしら」

「少し疲れましたが、平気です。ジェシカさんのおかげで、とても快適に過ごせました」

「そう、それはよかったこと。さて、ここから先がシルゴート王国の要、王城よ。ここから先は何人も歩いて向かわねばならないの」


イリーネの言葉に、恵美は再び周囲を見渡す。


とうとう、城に入るのだ。

そう思えば、恐怖で震え動けなくなりそうだ。

きつく左腕を右手で握った恵美だったが、イリーネに背をそっと押された。


「さぁ、行きましょう」


イリーネの朗らかな声に勇気を得て、恵美は一歩を踏み出した。



石畳を歩き近づいた城門の扉には、面対象に装飾が施されていた。

一目見ただけで、その扉が固く閉じられていることが分かる重厚なつくりだ。

だが、恵美たちが近づくと、扉は内側に自動で開かれた。

開かれた扉の両方に二人ずつ兵が立っており、彼らが開けてくれたのだろう。

扉からその向こう――堅固な建物が立ち並ぶのが見える。


イリーネが一歩踏み出せば、兵たちは膝をつき、頭を下げる。

それがなんだか居心地が悪く、顔を伏せ、そそくさとイリーネの後を追う。

だが、城門を抜けたその時、追い風が恵美の脇を通り抜けていったのが分かった。


風も応援してくれているみたい。


そんなことある訳がないと、周りに分からないように小さく笑う。

それでもその風を、恵美は確かに心強く感じ、伏せていた顔を上げたのだった。




王城の様子は、恵美の想像と違った。

馬車の中で王城と聞き想像していたのは、白亜の城とまではいかないが、ヨーロッパで見られるような石造りのお城だった。

だが、実際はフラムスティード公爵邸のような立派な屋敷が何邸もあり、それを回廊でつなげるという、恵美のまったく考えもつかなかった形の城だった。


恵美はその回廊をイリーネの後について歩く。


重厚な柱や扉には、鮮やかな色で繊細な模様が描かれ、その一部には磨かれた石がはめ込まれている。

その石は場所によってあったりなかったりと様々で、アスタイトだとは思うのだか、恵美には用途は分からなかった。


回廊ですれ違う人々は、イリーネが率いる一行だと知ると、すぐさま回廊の両端に寄った。

王妹であるイリーネを先に通すのが、礼儀なのだろう。だが、彼らはイリーネの後ろにいる恵美に気づくと、不躾なまでの興味を乗せた視線を恵美へと向けてきた。

横顔や背中に刺さるその視線から逃れるために恵美はただイリーネの背を負うことだけに意識を集中させた。



広い回廊をイリーネはまっすぐ進んだ後、十字路で右に、左に、また右、右、左、またまっすぐと進んでいく。

恵美が少し歩き疲れたころ、ようやくイリーネはその歩みを止めた。


着いたのだろうか。


恵美はイリーネの背から視線を外し、周囲を見た。


恵美たちがいる場所は回廊の切れ目だった。その先には屋敷がある。


屋敷の規模はフラムスティード公爵邸よりも小さい。

だが、恵美の目を引いたのはその美しさだった。


円形の白い屋根と壁は西日を反射している。

白い壁の上端には細やかな金の装飾も施され、扉は重厚だ。窓にはめこまれた色ガラスは芙蓉の花を形作っていた。


「芙蓉殿へようこそ」


振り返ったイリーネは両手を広げ、自慢げにそう言った。


「ここが芙蓉殿。なんてきれいな…」

「ふふ、ありがとう」


恵美の呟くような感想に、イリーネは嬉しそうに笑う。と、同時に屋敷の扉が開く。


中から現れたのは、レスターだった。


「イリーネ!!」


大きな声で名を呼んだレスターは足早にイリーネの側まで来ると、イリーネを抱きしめた。


「まあ、レスター。会いたかったわ」

「私もだよ」


イリーネもレスターの背に腕を回し、肩に顔を寄せている。側にいることが申し訳ないくらい、二人の世界だ。

居心地の悪さを感じた恵美は、そっと静かに一歩下がる。後ろを向けば、恵美の後ろにいたジェシカと目があい、互いに苦笑する。

護衛たちも、微笑ましくイリーネたちを見る者や恵美同様困った表情を浮かべ視線をそらす者等様々だ。


しばらくはこのままだろうと、手持無沙汰な心地で恵美はこれまで歩いてきた回廊を見る。

ふと、長く続く回廊の屋根の向こう側に、小さく四角い建物があるのに気付いた。


恵美が知る建物は二階建てか平屋造りのものが多いのだが、その建物はこの位置から回廊の向こう側にある建物が見えるということは、高く大きな建物なのだろう。

なんだか、異質に感じる。


ジェシカはあれが何か知っているだろうか。

尋ねようとしたところで、レスターから名前を呼ばれ、恵美は体の向きを戻した。

イリーネの腰に手を回したレスターが、恵美に笑顔を向けていた。


「エミーリア。さあ、中へ入ろう」


そう言って、二人は芙蓉殿の中へ入っていく。

恵美は振り返り、異質な建物をもう一度見てから、二人の後に続いた。

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