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外務大臣の執務室の窓際に置かれたソファでセオドアは、部屋の主であり、父であるサミュエルと二人、お茶を飲んでいた。


外務省の長である多忙な父親とは違い、財務省の一役人であるセオドアは非番であったのにも関わらずいきなり呼び出されたのだ。

団欒するために呼んだわけではないだろうに、セオドアの伺う視線を綺麗に無視してくれている。


自身の父親に思う感想として、如何なものかと思うが、相変わらずの優男だと目の前のサミュエルを見て思う。

優雅に足を組んだその様子は、五十近い年にも関わらず、様になっている。

同年代が頭髪が薄くなったり腹が出たりする中で、白髪もない艶やかな黒髪と、二十代とほぼ変わらないと言われる体躯を持つのは、自分の父ながら、恐ろしくもあった。


「そういえば」とサミュエルが声を上げたので、ようやく本題かとセオドアは内心思いながら、父の言葉を待つ。


「セオドアはある噂を知っていますか?」

「噂、ですか」


城には多種多様な噂が行き交っている。セオドアの頭に何個か候補が上がるものの、『ある噂』だけの情報では、どの噂を指しているのか分かるはずもない。

だが、サミュエルは当然察するべきだという視線でセオドアを見ていた。


「申し訳ございません。どの噂のことでしょうか」

「王太子殿下が『赤を持つ者』を保護したという噂です」

「父上、それはまことですか!!」


セオドアはその言葉に思わず椅子から腰を浮かす。すぐにサミュエルがそれを窘めるように、ちらと視線を送ってきたので、セオドアは浮かした腰を落とした。

軽く謝罪してから言葉を続ける。


「その噂が本当ならば、なんと喜ばしいことでしょうか。--ですが、その情報源はお伺いしても?」


サミュエルはそれに意味ありげに「ふふふ」と笑う。

「王太子軍の兵に、懇意にしている者がいるのですよ」

言いながらサミュエルは組んだ足を戻し、反対の足を組みなおした。


「その者がいうには、赤い髪を持つ女性を戦の帰りの道中で保護したと。ですが不思議でしょう?『赤を持つ者』というのは王家の要。それを保護するという状況はどういうことでしょうか」

「父上は偽物だとお考えですか?それとも噂自体をお疑いに?」

「さて、判断はまだ難しいですね。情報が少なすぎるのですよ。

--セオドア。君は王太子殿下から何か聞いていませんか?」


その質問に、セオドアは内心、眉をひそめる。


そのようなことがあるはずがないと分かっていながら問うてくるのだから、意地が悪い。


「いいえ、父上。僕は存じません」

きっぱり言い切ってやると、サミュエルは失望したように肩をすくめて見せた。演技くさい仕草だ。


「セオドアが、どうして王太子殿下に重用されないのか不思議でなりませんよ。幼い頃は一緒に机を並べ学んだ中だというのに」

「さあ、それは僕が不甲斐ないからでしょう」



ラインヴァルトとセオドアは確かに一時期同じ教師に学んでいたことがあった。

セオドアがまだ身分について何も考えずにいた、本当に幼い頃だ。

今思えば、ラインヴァルトに同年の子どもをとセオドアが駆り出されたのだろうと分かるが、あの頃のセオドアはただ王宮へ行き、ラインヴァルトと共に話し学ぶことだけが楽しみだった。


それが終わったのは、ラインヴァルトの母ーー前王妃 フローラが崩御された時だ。ラインヴァルトの周囲は途端に慌ただしくなり、セオドアと共に学ぶということが難しくなった。

だが最大の要因は、次期王妃として伯母であるナタリアが第一候補として上がったためだ。


母を亡くしたばかりのラインヴァルトに、継母となるかもしれないと噂される者の親類が近付くのは良しとされなかったのだ。


そんなことは十分知っているはずのサミュエルは、大きく溜息を吐いた。


「私の息子だというのに、情けないことです」

「申し訳ありません」


セオドアが素直に謝れば、サミュエルは満足したのか言葉を続けず、再びお茶を飲み始めた。


何か嫌なのことでもあったのだろう。

サミュエルは平静を装っているが、言葉の端々に苛立ちを感じる。


まあ、おそらくフラムスティード公爵にやり込められたのだろうが。


サミュエルが率いる一派とレスターが率いる一派は、二大対立勢力だ。

だがサミュエルがレスターを意識する程、レスターはサミュエルを意識していない。

頭の速さ、政治手腕、そしてギルベルトの信頼。

それら全てが、サミュエルの上をいくという自覚も自信もあるのだろう。


「それにしてもセオドア」


セオドアがそんなことを考えていたのが分かったのだろうか。サミュエルは今度は眉を寄せ、その不機嫌さを表した。


「君のその格好の派手さ。どうにかなりませんか。原色系を重ね合わせて、飾りをじゃらじゃらとつけて見苦しい」


小言が始まってしまったなと思いながら、セオドアはソファから立ち上がった。片耳に付けたイヤリングがチャラと鳴る。


「似合うのですから良いでしょう?父上はご存知ないかもしれませんが、僕も父上に負けず、容姿端麗と評判なのですよ?」


わざと芝居がかった仕草で腕を広げて微笑んで見せれば、サミュエルはその秀麗な顔を歪めた。

サミュエルはさらに言い募ろうと口を開きかけたところで扉を叩かれ、その表情を改める。


「どうぞ」とサミュエルが言えば、現れたのはサミュエル付きの政務官だった。

「サミュエル様を王妃様がお呼びだそうです」

「王妃様が?分かりました。すぐに伺うと伝えてください」


サミュエルは、その言葉を受けすぐに立ち上がると、セオドアに視線を向けた。

「今日はここまでにしますが、また話しましょう」

「はい、父上。それでは王妃様によろしくお伝えくださいませ」


全く、本当に良いタイミングだった。


父に続いて執務室を出たセオドアは、王妃殿へと向かうサミュエルとは反対へ進む。


向かうのは図書室だ。

サミュエルとの会話で疲れた体を、静かに癒したかった。


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