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ゆっくり食事を摂るなんて、久しぶりのことだ。

ラインヴァルトは一人満足気に口元をナフキンで拭い、食器を持って立ち上がった。

扉の外に待機している護衛の一人に食器を渡し、ついでにと金貨を数枚、財布から出した。


ここ『赤羽』に泊まれるのは、ラインヴァルトたち以外は高位の兵たちだけだ。

あとの者たちは安価の宿か広場を借りて野宿になる。

それでも夕飯時の今。皆集まり、食堂や飲み屋へ出向き、好きに飲み食いしているはずだ。


「足りないとは思うが、酒代の足しにはなるだろう。これで街にいる兵たちを労わってやってくれ」

「ありがたく」

強面の顔に笑顔を浮かべた護衛は金貨を受け取るとしっかり懐に入れる。

と、丁度その時、アレクシスが再びこちらへ歩いてくるのが見えた。


「食事は終えたか?」

聞いてくるアレクシスに頷き、部屋に入るように促す。

部屋に入るとアレクシスは扉を閉め、先程同様、扉に背を預けた。


「ソファに座らないか?」


ラインヴァルトがソファに座りながら誘うと、アレクシスは無言で首を横に振った。

そして、じいっとラインヴァルトを見つめてくる。その真剣さにラインヴァルトが身構えたところで、アレクシスは口を開いた。


「エミーリアと二人で少し話した。彼女は知らないと言っていた」

「何を知らないと?」


そう問う声音は、自分が思っているよりもさらに苛立ちを含んだものだった。

エミーリアと二人で話したことが、正直、気に食わない。

睨みつけてやれば、アレクシスは眉間に皺を刻み嘆息したが話を続けてきた。


「『赤を持つ者』の意味をだ。教えると顔色を悪くしていた。自分はそんなに大層な人間ではない、と」

「そうか!やはり彼女は知らないのだな!」


ラインヴァルトの弾む声に、アレクシスは少しだけ眉を動かしたものの静かに頷く。


「彼女は震えてもいた。俺にはそれが演技のようには見えなかった。確かに彼女の存在は、まだ謎が多い。彼女の背景が見えないのは恐ろしい。だが、俺も彼女自身を疑うのは止めることにした」


アレクシスはそう締めくくると、その表情を和らげた。

ラインヴァルトもそれに合わせて笑う。アレクシスのエミーリアへの態度の軟化は正直喜ばしい。


再び、アレクシスにソファを勧めれば、今度は素直にその言葉に従った。


アレクシスが座るのと同時に、エミーリアとの会話や彼女の様子を話すよう催促する。

すると、驚くことにアレクシスはエミーリアのお辞儀や仕草の品のある様子をまず褒めた。

「一朝一夕では身に着く類のものではないそれをことも無く行う。彼女は、それなりの教育を受けているのだろう」

「ああ、そうだろう。敬語や受け答えも教養の高さが知れる」


エミーリアとの会話を思い出しながら言えば、アレクシスは腕を組んで唸った。


「だからこそ不思議なのだ。何故、教育を受けている彼女が『赤を持つ者』のことを知らないのか」

「エミーリアの養い親は彼女の血筋について知っているのだろうか」

「知らないはずがない。あれ程しっかりとした教育を行えるんだ。教養だけでなくそれなりの身分を持っている人たちに違いない」

「では故意に隠していると?」

ラインヴァルトの言葉に、アレクシスは眉間の皺をさらに深くしながら頷く。

「そうとしか俺には思えない」

「…ふむ」


アレクシスとどれだけ話しても結局は想像でしかない。


堂々巡りになりかけたところで、話題を変えようとエミーリアの怪我の様子を尋ねれば、アレクシスは一度顎を撫でてラインヴァルトを見た。


「エミーリアのあの怪我の様子では、明日には腫れが酷くなるだろうと思う」

「そうか。ならば今後馬車での移動に切り替えた方が良いと思うが、どうだ?」

「ああ。賛成だ。彼女を連れているとどうしても速度が遅くなる。これ以上日程を伸ばせない。それに軍の中に女性の姿があるのは、やはり不自然だ。馬車を手配するよう伝えておく」

その言葉に頷き了承の意を示せば、アレクシスは「提案なんだが、」と言葉を続けた。

「エミーリアの行き先はクルト家にしたい」



クルト家があるのは、アレクシスの父 レスター ライオネル クルトが所領するフラムスティード領だ。そこは、王都から馬車で一日半の位置にある。

王太子である身としては、すぐに会おうとして出来る距離ではない。

不服の意を込め、半眼でアレクシスを見る。


「何故だ?城に来て貰えば良いだろう?」

「いや、まずは母に預けるのが一番良いと思う」

「…叔母上にか」


そんなラインヴァルトの視線を気にも留めていないアレクシスの様子が憎らしいが、正直悪い提案ではないなとラインヴァルトは思う。


アレクシスの母 イリーネ クルトは、我が叔母ーーつまりは王妹だ。その存在は華やかで、かつ愛情深い。

惜しくはあるが、エミーリアの後見として相応しいだろう。


「分かった、アレクの言い分を飲もう。ーーそれにしても、エミーリアは王家とどのような血の繋がりがあるのだろうな」


どうしても、そこに考えが及んでしまうなとラインヴァルトは一人息を吐いた。


「アレク、本当にお前の妹ではないんだよな?」

ラインヴァルト自身、あり得ないことと知りながら問えば、アレクシスは途端、不機嫌そうに米神をピクリと動かした。

「違う。だが、そうであれば話は簡単だった」


アレクシスはそう言いながらソファの背もたれに深く体を預け天井を仰ぎ見た。

一つ長い息を吐き、そしてサッとソファから立ち上がった。


「エミーリアの部屋に食器を取りに行ってくる」

見下ろされながら言われたその言葉に、ラインヴァルトは頷きかけてから止める。

「私も行く」

それだけ言って立ち上がれば、アレクシスから非難の視線を受けた。


だが、今度こそ引くつもりはない。


会いたいのだ。

第一、食事の用意や食器の片付けなど、エミーリアに付けている護衛のどちらかに任せてしまえば良い。それに気付かないのは、アレクシスもまた彼女に会いたいと思っているに違いないのだ。


アレクばかりずるい。

そう思ってしまう。そして、その何が悪いと言うのかと開き直る自分がいることも、しっかりとラインヴァルトは自覚していた。


王家の血とは厄介なものだ。『赤を持つ者』をこんなにも焦がれてしまうのだから。


ラインヴァルトがアレクシスを追い抜かしさっさと扉へ向けて歩き出しても、まだ後ろから無言の非難の視線を感じる。


「早く来い。行くぞ」


声をかければ「言わなければ良かった」という言葉が溜息交じりで聞こえた。ラインヴァルトは内心苦笑しつつも、扉のノブに手をかけた。



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