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アレクシスの真剣な声音に、恵美は表情を改めた。


拒否したい。


だが、それが出来ないことも分かっていた。

静かに一歩下がり、恵美はアレクシスを自室へと招き入れた。



アレクシスは扉を少しだけ開いた状態にして、中に入った。


密室に二人きりになるということを避けてくれたようだ。

それが、恵美への配慮なのか、それとも恵美を危険視してなのかは、うかがい知れないが、それでもありがたかった。



「私は、君をこの場に連れてくるつもりはなかった」

アレクシスは、呟くように、そう言った。



ラインヴァルトとは違い、アレクシスはずっと恵美に敵意を示している。

先程まで、その敵意は鋭さを持って恵美に降り注いでいた。今は少しばかりそれは和らいでいるが、恵美は彼らにとって正体不明な女だ。

ラインヴァルトはじめとした王太子軍が捨て置いても、誰も文句は言わない。

むしろ、あの場に残して去っても、恵美は助けてくれたのことに感謝こそすれ、恨んだりしない。


アレクシスの言葉に恵美は頷き微笑んだ。

アレクシスが正しいのだという思いを込めたつもりだ。


「はい。感じております」


アレクシスは、それに一度ぐっと言葉を飲み込んだ。そして、腰に手を当て、ふうっと長い息を吐いた。



「君は、赤い髪を持つ者がシルゴート王国の王族にしか、生まれないということを知っているか?」

「え?」

思わず聞き返すと、アレクシスは苦笑して言葉を続けた。

「赤い髪を持つということは王族に神 ボーデン様が厚い加護を与えている証だ。『赤を持つ者』と呼ばれるその存在は、つまり、王家の血筋だということだ」


「どういうこと、でしょうか」


恵美は、異世界の人間だし、この赤い髪なんて、祖母からの遺伝だ。

王族であるはずもないし、リディアたちから、そのことを教えられてもいない。


唖然とする恵美に、アレクシスは自嘲するように笑った。


「『赤を持つ者』は、現王家には存在しない。そのため、ボーデン様の加護が薄れている証だと、そう騒ぎ立てるものもいる。

君が本物なら、それはとても喜ばしいことだとは、思っている」


それで、納得した。


ラインヴァルトや多くの兵が、恵美を見て、何故驚いたのか。

あんなにも丁寧に恵美を扱ってくれたのか。


「君は、何者だ?」


アレクシスの表情は、疑惑と不審の感情が現れていた。

だが、少しだけ期待の光を宿した瞳で、恵美を見つめていた。


「私は…」口が渇いて、うまく話せない。


「…私は、そんな大層な人間でありません」


困惑に思考が停止してしまうが、なんとかそれだけをアレクシスに伝えた。

伝えた声は、とても弱々しくなってしまう。アレクシスは、恵美の言葉に、片眉を上げただけで何も言わなかった。


しばらく静寂が場を支配する。だが、それを断ち切ったのも、やはりアレクシスだった。


「最後に一つだけ」彼は、静かに言葉を続ける。

「その分じゃ、君はクルトの姓を持つということが、どういうことかも知らないのだろうな」

その言葉に、恵美は、ハッとアレクシスを見る。

「やはり、クルトという姓は何か問題でもあるのですか?

養い親からは、エミーリアという名の由来は聞いています。昔、ボーデンから厚い加護を与えられた者の名前だと。ですが、クルトという姓については何も聞いていないのです」


恵美の言葉に、アレクシスはくしゃりと顔を歪めた。苦笑しようとして、失敗したかのようの顔だった。

「『クルト』の姓は、初代国王にまで遡る、由緒あるもの。

現在、『クルト』の姓を名乗れるのは、三人だけだ。公爵位を賜るフラムスティード領主、そして現王の妹でもある、その妻。そして」


アレクシスは、一度そこで口を閉じ、そして、胸に手を当てた。

「アレクシス フリードリヒ クルト。俺だけだ」


自分が、とてつもない何かの渦中にいる。


ざあっと、血の気が引いていく。

何か言わなくちゃと、口を開いたが言葉が出ない。


余程、酷い顔をしたのだろうか。

アレクシスが憐れむような表情を浮かべた。

「…これから、しばらく髪を隠して行動して欲しい。恐らく、君のその髪は騒動しか起こさない」


恵美がカクカクと小刻みに頷き了承すると、アレクシスは、一瞬恵美へと手を伸ばしかけた。

だが、それは伸ばされることなく降ろされる。


「ーーまた食事を持って来る。申し訳ないが、部屋からは出ることは許可できない。大人しくしておいてくれ」

アレクシスは体を反転させて部屋を出て行った。





アレクシスが去っても、恵美は扉から目を離せなかった。


アレクシスの言葉が、恵美の頭の中で何度も何度も繰り返される。


この世界で、赤い髪を持つ意味。この国でクルトという姓であること。


恵美は震える体を両腕で抱きしめる。


クルトと同じ音の久留戸という姓で、赤い髪を持っていたから、この世界の神は恵美を連れてきたのだろうか。


幼いころ、赤い髪のせいで、よくいじめられた。自分は異質な存在なのだと、そう言われている気がして、ずっとこの髪色が大嫌いだった。家族や親しい友人が褒めてくれていなければ、とっくに黒に染めている。

この世界に来てから、リディアたちが何も言わなかったので、ずっと恵美は自分の髪色について意識したことがなかった。

だが、実際は、自分の赤い髪はこの世界でも異質なのだ。



恵美は、ラインヴァルトの瞳を思い出す。


恵美に憧憬のまなざしを向けていたあの碧眼。

恵美自身ではなく、『赤を持つ者』に向けたあの視線は、恵美にとって恐怖でしかなかった。

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