269話 地獄。
269話 地獄。
ドラウグルが暴れて以降、
街は、だいぶすさんでいた。
人々の心に余裕がなくなっている感じ。
領主のヒークルは常にピリピリしていて、
配下たちは、ヒークルの暴力に怯えている。
ヒークルが精神的に病んでいて、精鋭部隊も死傷者多数という、この状況で、
もし、噂のアンデッド――デスが、本格的に攻めてきたら、どうしよう、
と、誰もが不安で夜も、あまり眠れない。
どんよりとした空気。
世界が灰色になったよう。
そんな中、事件が起こる。
……人間という弱い種の中には、
『自分より弱い者をイジメて、どうにか、心の均衡を保とうとする者』がいる。
このすさんだ街の空気に耐えきれなくなり、
ウサを晴らそうと、魔人に、理不尽な暴行を加えようとした一般市民が現れた。
一人や二人ではなく、十数名で徒党を組んで、
『穢れの多いD地区が存在するから、デスが出現したのではないか。汚らわしい魔人どもを殲滅すれば、デスも消えてなくなるのではないか』
という、痛い妄想が、変に蔓延した結果。
Ⅾ地区が消えればデスが消える……などという、そんな証拠などどこにもないし、
実際問題、魔人が死んでも、デス……セラフは絶対に消えないが、
しかし、そんな言うまでもない事実を理解する気がない民衆は、
自分たちが描いた『信じたいだけのストーリー』を元にして行動を起こす。
心だけは、正義のヒーロー。
街の平和のために、悪のD地区を駆除するのだ。
集まった数十人(80人ぐらい)の民衆は、
Ⅾ地区の魔人たちを、問答無用で、皆殺しにしようと、
武器をもって襲い掛かった。
そこに、
「なぜ、そうも、愚かしくいられるのか……ヘドがでる」
セラフが現れる。
暴徒と化した民衆の前に出現したセラフは、
その数十名に、
「不死賛歌ランク7」
アンデッド化する魔法をかけていく。
愚かしさという罪には大いなる罰を。
ほとんど一瞬のうちに、
数十人の暴徒は、セラフに従順なアンデッドに変化した。
今回、変化させたのはドラウグルではなく、中級モンスターの『リッチ』。
存在値は45ぐらい。
センやセラフからすれば、ゴミみたいなモンスターだが、
この世界の基準でいえば、死ぬほど重たい災害。
リッチは『一体だけでも災害級レベル』。
十七眷属クラスじゃないと対応しきれない相当の怪物。
……それが数十体の群れを成しているという狂気。
数十体のリッチは、
セラフの命令に従い、
グッチャグッチャと、街を破壊しはじめる。
――今回の騒動に対し、センは、最初から出動していた。
最初から、『街を守る姿勢』を見せて、
民衆を、リッチから守っていく。
命を賭して暴れ回る。
その英雄然とした姿に、街の者たちは、
センが魔人であることを忘れて心酔しはじめる。
その視線を背中に感じながら、センは、
(当初の計画通りとはいえ……こういう視線を集めるのは、しんどいな……なんというか、酷く、みっともない。……俺はヒーローじゃない)
心の中で、そう呟きながら、
センは、リッチの猛攻を防ぐ。
そんな中、ヒークルが何をしていたかと言えば、
今回の事件でも、しっかりと、逃亡をはかっていた。
(あんな数のリッチなど……対応できるか……っ)
セラフやドラウグルの強さに関しては、不透明なところが多すぎたし、
どちらの時も、基本は『1匹だけだった』ということもあり、
なんだかんだ、『いけるだろう』の精神だったのだが、
リッチという、ヒークルでも知っている『だいぶヤバいモンスター』が、
数十体で群れをなしている、
という、この現状に対して、
ヒークルのような男が逃げ腰になるのは、
むしろ、当然と言えるだろう。
(この街は呪われている。ハッキリわかった! ここの領主をしていても、いいことなど何もない。民衆と兵隊たちにしんがりを務めてもらって、その間に私は、どうにか逃げ切る!)




