キスと決着とハッピーエンド
12
天都の叫び声は隣室の住人にちゃんと届いていて、隣人は警察に通報した。
警察がマンションの管理人から鍵を借りるのに手間取ったようで、助けに入ったのがあの時だったという。
結果、暴行された私たちの証言により、幹本はその場で警官に起こされ、連行されていった。
今度も親のコネでなんとかするつもりかと思ったが、そうはならなかった。
それには私の出自が関係していた。大手新聞社の社長の娘である私に気を遣い、幹本の親は抵抗できなかったようだ。
もしかしたら、どら息子にお灸を添えるちょうどいい機会と思ったのかもしれない。
私は幹本の女性関係の情報や、例のホテルで撮影した写真などを知り合いの週刊誌の記者に渡した。記事が発表されれば、彼は出所しても女遊びなんてできないだろう。
これで幹本の件は収束した。
もっとも、私たちも無傷というわけにはいかなかった。
私たちの行動はもちろん問題になった。両親からは散々怒られ、先生方からもかなりのお説教をいただくことになった。
ただあくまで被害者だったので『一ヶ月間の外出禁止』という、甘い処分で許された。
「今回だけ。今回だけはこれで許してあげる」
私たちの処分を学校側から一任された風紀委員長は、不服そうにそう繰り返していた。
「事情を知った会長が、今回は大目に見てあげてくださいって言うからよ。あなた、お礼を言いに行きなさい」
「そうだな。とびきりの菓子折を用意して行こう」
副会長は見張っていた私たちがとんでもないことをしてくれたおかげで、面目が丸つぶれだったのに、そんな処分しか下せないことに苛立っていた。
会長がいなかったら、本当に退学になっていたかもしれない。
「会長はなんて?」
「以後は気をつけるようにと。お優しい方ですわね」
「チッ、差別だな。私はかなり怒られたぞ。しかも副会長と一緒になって」
「あら、日頃の行いですわね」
また、いつものように放課後の屋上。騒動が落ち着き、やっとこうして天都と二人で話す時間が作れた。
私たちはそれぞれ会長に詫びを入れに行ったが、どうやら対応に違いがあったらしい。
それを不服に思っていると、天都は小癪にも「おほほ」と笑った。
「ま、文句を言える立場ではないか……。全く、君のせいで散々な目にあった」
変なクスリを飲まされて監禁された挙げ句、謹慎処分だ。
「それは、お互い様ですわ」
天都が苦笑しながら反論してくる。ただ、それにろくに言い返せなかった。
「幹本は、しばらく外に出られないらしいな」
「はい。被害者は大勢いましたから。今になって、被害にあったと名乗り出た方がたくさんいます」
「父親も役職を追われた。これで庇うやつはいない。ざまあみろ」
心の底からあざ笑ってやる。年下の女の子にあんな手荒なことをする下郎は、一生檻に入っていれば良い。
ただ、一番の被害者である天都は意外にも落ち着いていた。静かに「そうですわね」と同意したものの、とても宿敵を討った後とは思えない。
「どうした? 何か気がかりなのか?」
「……先輩」
天都は真顔になって、私の前に迫ってきた。
「この度は、本当にありがとうございました」
とても真面目な声音で、深々と礼をされた。
「あの男はわたくしのトラウマでした。ずっと消えない傷でした。でも、先輩が約束を果たしてくださいました」
彼女が頭を上げると、校内で一番だと言われている美貌が、慎ましやかに笑っていた。
「先輩は、わたくしの恩人です」
自分の体温があがっていくのがよくわかった。
口を小さく開けたが、適切な言葉が思い浮かばない。
素直に感謝を受け取るべきか、気にするなと先輩らしく振る舞うべきか、良かったと一緒になって喜ぶべきか。
ただ、そのどれもが照れくさかった。
こんな素直な彼女と真正面から話すのは、だって、なんというか、あれだろう。
まるで逃げるように彼女から目を逸らした。
「と、ところで!」
声が完全に裏返った。こほんと咳払いをして誤魔化す。
「勝負は延期だな。お互い、一ヶ月も外に出られないんじゃ仕方ない」
彼女はいきなり会話が飛んだことにキョトンとしていたが、すぐにクスッと笑った。
「いいえ、その必要はありません」
「なに?」
すると彼女は、ポケットから一枚の写真を取り出して渡してきた。
不思議に思いながら受け取って、その中を確認した瞬間に「あ!」と驚きの声が出てしまった。
写真に写っていたのは二人の少女。熱いキスの真っ最中だった。一人は知らない生徒だが、もう一人には見覚えがあった。
同じ生徒会役員の演劇部部長だ。
「こ、これ」
写真を持つ手が震えていた。
「部長ったら、わたくしが狙っていた娘を奪ってしまうんですもの。妬けましたわ」
おっとりとした口調で、頬に手を当てながらそんなとんでもないことを言う天都を、私は呆然と見つめていた。
これは完全にスキャンダルだ。役員の熱愛なんて、生徒が一番食いつくネタだ。
「勝負は、わたくしの勝ちですわね」
「ひ、卑怯だぞ! 君、このネタを最初から握っていたな! だから、あんな勝負をふっかけたんだろう!」
今になって考えれば、あんな私に有利な勝負を彼女の方から提案するのがおかしかったんだ。あのときすでに彼女は、この事実を掴んでいたに違いない。
彼女は私の抗議に「さて?」なんて首をかしげてとぼけた。
「そんな証拠はありませんわ」
「っ!」
「先輩は大変聡明で、自身の活動に誇りをお持ちの方です。言い訳なんて、しませんわよね?」
にっこりと笑って、こちらに一切の反論を許さないって圧力をかけてくる。
悔しさで写真を握る手に力が入るが、彼女の言い分に太刀打ちができなかった。私はスキャンダルの手持ちがなく、彼女にはあって、それが不正でも証明できない。
「くそっ!」
そう地団駄を踏んで、ポケットから彼女のキスシーンを収めた写真を取り出すと、彼女の胸に押しつけた。
「持って行け!」
「はい、ありがとうございます」
彼女はそれを受け取ると、今度はまた別の写真を渡してきた。
「――っ!」
それは私の写真。私と彼女がキスをしてるシーンと、私の赤面を収めた二枚。
「どうぞ」
「……どういうことだ? 約束と違うぞ」
彼女がこの二枚を返すのは、私が勝ったときだけだ。
「さっき言いましたわ。先輩はわたくしの恩人です。これは、気持ちです」
「……不正をしておいて、よく言うな」
「先輩、わたくしはこんな写真を抜きにして、もっと先輩とお近づきになりたい。本当にそう思っていますわ」
その言葉の意味することを、私はちゃんと理解していた。彼女がどうして写真を返してくるのかも。
お互いクリーンな状態で、勝負も弱味もなく、これからの関係を築いていこう。そう言われている。
じっとこちらを見てくる彼女から逃げるように俯き、写真を受け取った。
返事もせずに私は彼女の横をすり抜けて、走って屋上から逃げ出した。
顔が熱い。
⒔
翌日の新聞は非常に盛り上がった。
『演劇部、大スキャンダル! 部長&副部長に熱愛発覚!』
大きく打ち出された見出しと、数々のキスの写真は学校中を騒然とさせた。
もちろん、演劇部の二人は数多くの生徒から追いかけ回された。部長はまだいい。付き合っていたのは一人だから、認めてしまえば熱も冷める。
ただ、天都はそうはいかない。私が掲載した記事には、彼女が何人もの女子生徒とキスをしている写真を使ってやった。
当事者たちはもちろん、ほかの生徒も彼女に事情を聞かねばと躍起になり、彼女は学校中から追われることになった。
昨日、私が彼女に渡した写真は焼きまわし。本物は私の手元にあった。
もちろん私がしたことは約束違反だが、知ったことか! 先に不正をしたのは彼女だ。あんな勝負、もう無効になっている!
ざまあみろ。さんざん先輩を馬鹿にした罰だ。
こうして私の復讐は成功し、その日、彼女はずっと多くの生徒からの追求を受けて、私に文句を言いに来ることもできなかった。
私の完全勝利である。
そんな非常に良い気分で寮に帰った。
口笛を吹きながら部屋に戻ると、ルームメイトはまだ帰っていなかった。
照明のついていない薄暗い部屋で、靴を脱いだところだった。
「ごきげんよう」
背中からそんな冷たい声が聞こえた。振り向く間もなく、部屋の中に押し込められ、外からは開けられないように鍵をかけられた。
振り向くと、今一番、会いたくない少女がそこにいた。
「あ、天都っ」
「先輩、お会いしたかったですわ」
思わず部屋の奥まで逃げるが、狭い寮の部屋ではすぐに追い詰められた。
背中に汗が流れる。彼女はいつもの笑顔で、私を見つめていた。
「なんだ? 文句か? 言っておくが、先に不正をしたのは君だからな!」
そう言い張っても彼女は返事をしない。ただ、笑顔のまま近づいてくる。
「お、おい」
彼女は私の目の前まで迫ってくると、逃げられない私を見下ろしてクスッと笑った。
「先輩は本当に可愛いですわ」
「な!」
「そんなにわたくしが他の娘と仲良くするのが嫌でしたか?」
「な、な、なにを」
「先輩が約束を破ったのは、私とあの娘たちの関係を終わらせるためでしょう? わたくしを独り占めしたいなんて、ほんとに可愛らしいですわ」
――――っ!
「あ、図星みたいですわね。あんな乱暴な真似をされなくても、先輩のために彼女たちとの関係は終わらせるつもりでしたのに。だって、先輩がトラウマを消してくれたんですもの」
「ち、ちが」
「でも」
彼女の声のトーンが下がったと思ったら、両手で頬を包まれて、そのまままたキスをされた。
今までのキスよりずっと熱くて、濃厚で、長いものだった。抵抗しようとしたのに、彼女の慣れた手つきで完全に動きを封じられた。
「先輩」
唇を少しだけはなすと、彼女は小悪魔的に微笑んだ。
「約束違反は約束違反ですので――罰を受けていただきます」
すぐにまたキスをされる。呼吸の仕方さえ忘れそうなほど、吸い付かれた。口の中に、彼女の舌が入ってきて、昇天しそうになる。
すると、そこでまた彼女がキスをやめた。
「…………?」
「あら、物欲しそうな目をされてますわ。ほら、どうされたいのか、自分で言ってごらんになってください」
こんな強引な手に負けるかとぎゅっと口を閉ざすと、彼女は妖艶に微笑んだ。
「先輩がそのつもりなら、今宵はとことんお付き合いしましょう。今後のためにも、先輩には素直になっていただきたいですし、もう悪いことをしないと約束していただきますから――覚悟なさってくださいね」
彼女は強引に私の手を引っ張ると、そのままベッドに寝かせて、戸惑ってる私の上にのってきた。
彼女が本当に嬉しそうに、ニコッと笑った。
「……女優なんて、大嫌いだ」
散々、無茶苦茶にされた後、私は涙目になりながらそう愚痴った。
それなのに私の隣で寝ている天都が、その言葉に「でも」と付け足してきた。
「わたくしは先輩が大好きですわ」
布団の中で彼女がぎゅっと手を握ってくる。迷ったあと、指を絡ませて握り返した。
たまには――。
自分がスキャンダルになるのも悪くないかもしれない。隣で微笑む彼女を見ていたら、そんなことを思ってしまった。
こちらの作品は本来、もっと真面目な感じになるはずだったのですが、どうしてか天都がキス魔になってしまったため、なんだかキス多めの小説になってしまいました。
その辺をお楽しみにしていただけたら嬉しいのですが。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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