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懐かしいエリウ

「……ンタ……? ケンタ?」


 ひどく懐かしい俺の名を呼ぶ声。体を揺すられながら目を覚ますと、エリウが心配そうな表情で俺の顔を覗き込んでいた。憂いも悲壮感も寂しさも、ついでに小じわの一つもない、まだ若く瑞々しいエリウだ。


「……エリウ……?」

「よかった。何か夢でも見てたの? ケンタ、何かすごく魘されてたから」

「夢……? ケンタ……」


 そう、エリウは今、確かに俺をケンタと呼んだ。タケルではなくケンタと。

 俺はゆっくりと体を起こし、体を確かめた。ヒトミに似た女に刺された傷はない。それどころか、俺の体は十五歳の少年のものではなくなっていた。人生に疲れた三十路のオッサンの体である。

 そして俺は辺りを見回した。ランプの淡い光、柔らかいベッド、広い寝室。外からは祭囃子のように賑やかな声が聞こえてくる。この風景には見覚えがある。首都ロンディム奪還直後、館で休んでいたときの状況そのままだ。確かあのときも、目を覚ましたらエリウが居たんだった。


「大丈夫? すごい汗……」


 と、エリウはベッドに腰掛け、俺の顔から首へと流れた滝のような汗を拭った。夢。そう夢だったのだ。とても長い、十五年分もの夢。俺はこうして生きている。最愛の女、エリウと共に。

 だよな夢だよなwwwさすがに異世界転移したあとそのまま異世界転生するなんて、ラノベですら有り得ない無茶苦茶な設定だわwwwそんなクソ小説があったら作者の人格疑うわwww

 気付けば寝間着も汗でびしょ濡れになっていた。不快感を覚えた俺は、寝間着を脱ぎ捨ててエリウに向き直る。


「なんか、妙な夢を見てた」

「妙な夢……?」

「そう。俺がエリウの子供になって、お前の子供として生活する夢だ」

「私の……ケンタと私の子供?」


 エリウは薄手の部屋着の上から自分の下腹部にそっと触れる。


「……たしかに、できててもおかしくないかも」

「いや、その夢の中では……多分、これから仕込んでたと思う」

「これから……今夜ってこと?」

「ああ。今夜、これから」


 夢の中での俺、タケルは他の姉妹たちより少し後に産まれている。誕生日からおおまかに着床日を逆算すると、今日ぐらいになるのだ。昼間アランサーを使ったときに仕込んだ種という可能性もあるが、何となく今夜出来た子供ではないかという直感があった。俺の子が他に十人も産まれてくるなんて話をするとさすがに雰囲気ブチ壊しだから言わなかった。まあ全部隠さず言う必要はねえだろ。

 エリウはまだ汗ばむ俺の胸に額を押し当てて言った。


「明日、ヒトミさんを連れて元の世界に帰るの?」

「……あ、ああ。そのつもりだ」

「私……なんだか、すごく不安なの。このままケンタが帰ってこなくなっちゃうんじゃないかって……」


 エリウがぽつりと漏らした一言に、やさぐれた俺の心にも淡い感情がこみ上げてきた。十五年分の夢の間、俺は帰らぬ俺を待つエリウの姿をずっと見て来たのだ。俺はエリウを強く抱き締めた。


「そんなわけねえだろ。ヒトミを送り届けたら、すぐに帰ってくるからさ」

「本当に……? 元の世界が恋しくなったりしてない?」

「向こうの世界に帰ったって、独り身の寂しいオッサンに戻るだけだぜ。お前がいない世界に戻っても何にもいいことはねえよ」

「そう……よかった……」


 エリウはまた下腹部をさする。


「早く帰って来てね……約束だよ」

「ああ、もちろん」




!i!i!i!i!i!i!i!i



 そして翌日。俺は約束通りヒトミを後部座席に乗せ、タクシーのアクセルを踏んだ。

 何だか随分遠回りしちまったような気がするが、これでようやくハッピーエンドに辿り着ける。周囲があのトンネルのような闇に包まれたあと、俺は上機嫌で、バックミラー越しにヒトミに話しかけた。


「そういえばさ、昨日変な夢見たんだよ」

「え? 夢?」

「そう。こうやって元の世界に戻った直後に俺もお前も死んじゃってさ、今度はエリウ達がいる世界に転生すんの。しかも俺はエリウの子供としてな。だけど、最終的には何故かヒトミそっくりの女に殺されちまうんだよ」


 すると、ヒトミは夢の中で俺を殺した女とは似ても似つかないへらへらした笑みを浮かべる。


「え~? あたしが運転手さんを? 何それ~」

「そうそう。怖かったな~ありゃあ」

「それは夢ではないぞ、主どの」


 と、タクシーのイケボが響き渡ったかと思うと、突如として視界が光に覆われた。膨らむ間もなく破裂するエアバッグ。全身を強い衝撃が襲い、骨が折れ、内臓が潰れる音がたしかに聞こえた。

 意識が途絶えるまでの僅か数秒の間、俺はタクシーの言葉の意味を考えていた。


 夢ではない?

 夢じゃなかったら何だってんだよ……?

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