第四話
ザペルはそのまま老人へと近付くと、人一人分のスペースを空けて隣へと座り、そのまま話しかけた。
口の動きで何を喋っているのか分かれば良いのだが、私にそんな特技は無い。でも、言葉だけで人を殺す事は出来ないはずだ。
息を潜めながらも、一挙一動を見逃さないようにあの人を見つめる。
――動かない。
普通に話しているだけだ。どことなく和やかな雰囲気さえある。
一体何をしている?いつ暗殺を行うのだろうか……いや、もしかしたら、相手を会話で完全に油断させてから殺すのかも知れない。
ギルドマスターは確かあの男は話術が得意と言っていた筈だ。そう考えると、あの男の話が聞こえないのが残念でならない。
それから暫く経ったが、延々と話し続けるだけで大きな動きは無かった。
そして、一台の馬車が大広場へとやってくる。老人は立ち上がり、そのままザペルの元を去ってしまう。
速く殺さないと逃げられてしまう。でも、まだ人も大勢居るし……これでは暗殺は不可能だ。
ザペルは微笑みを浮かべたまま手を振ってそのまま見送ってしまった。老人は馬車へと乗り込むとそのままこの大広場を去ってしまう。
近くの屋台で食べ物を買うと、こちらの方へと戻ってきた。私はあの男の元へと近付く。
「お待たせしてすみません。コレ、良かったら食べて下さい」
焼き菓子の入った容器を渡される、一体前の男は何をのんびりしているのか。
もう対象はこの場には居ない。急いで追いかけて隙が出来た所を狙わなくてはいけないだろう。
「暗殺するんじゃないの?」
「静かに……暗殺ではなく、『救済』です――私は余り気にしませんが、教会の人達が聞いたら怒りますよ?何で暗殺と言うのか分かりませんが、喧嘩になるので、気をつけて下さいね」
うっ、確かにこんな人が多い所で暗殺暗殺言うのはちょっと考えなしだったかも知れない。それに、組織では暗殺という言葉に一部が敏感なのはわかる。
でも、話しただけで何もしなかった理由が私は知りたかった、もしかして先程の会話は後に繋がるものだったのだろうか。
「それは分かったけど、対象は移動したし、顔ももう見られている。一体どうするつもり?」
「……救済は既に終わっていますよ」
「え?……どうやって?」
そんな馬鹿な。だって、あの老人は普通に歩いてここから去ったではないか。
毒を使った?しかし、ザペルは老人の隣に座って話していただけで、対象に触れたり何か物を取り出した様子は無い。
周りの様子もいつもと変わらなかった。私もそうだが、一般人も恐らく彼と老人が世間話をしているようにしか見えなかっただろう。
しかし、彼は既に暗殺は終わっていると言う。一体どうなっているのだろう?
「ただ話しただけです……さて、そろそろ皆の所に戻りましょう。時間も掛かってしまいましたからね……それにしても、救済とは気分が良いものです」
私の手を引いて、赤髪の男は帰路を歩き始めようとする。私は混乱するまま引っ張られていった。
ああ言っていた割には帰りも男は直ぐにギルドへと戻らず、遠回りするように道を歩いていく。このままでは帰る頃には夜になってしまうだろう。
もう、手を振り払ってさっさと自分だけ帰ってしまおうかと思ったが、この男の動きを見極めたくて我慢した。
まだ対象が死んでいない以上、これから何かするというのもあり得るのだ。
「サラちゃんも、あの場所に来たという事は何か困った事が有ったのですよね」
「別に」
帰る途中、男が私に話しかけてくる。私はそっけなく答えた。
「……教えてくれる必要は無いですよ。ただ、あの場所に居る皆は色々あってあそこに居ます」
「アナタもそうなの?」
飄々とした態度の裏で、この男も昔悲劇が有ったのだろうか。
いや、これも奴の話術なのかも知れない。少しだけ警戒する。
「私には一人妹が居るのですが、前にね――両親に先立たれましたし、先日まで一人で暮らしていました。そんな時にマスターに勧誘されまして、今では家族に囲まれて感謝しています」
目を伏せて、男は呟く。
今のご時世、満足に治療を受けられず死ぬ者は多い。よくある話だ。
――友人たちもそうだった。私は運良く掛からなかったが、流行り病で床に伏せて、何も出来ずそのまま動かなくなった。
「皆、そんな経緯があるのでサラちゃんも何かあったら言って下さい、きっと力になりますよ。私も含めてね……出来れば、家族になって貰えると賑やかになって嬉しいのですが」
「……」
「まあ、変わった人も居ますけどね。でも、あの人達も悪い人ではないのです」
暗殺なんて仕事をしといて、悪い人ではないと私は思わないが、確かに身内に対しては一人を除いて友好的だった。
この胡散臭い男も、行動だけ見るならば決して悪い印象は受けない。恐らく仲間として迎え入れたならば固い繋がりが生まれるのだろう。
「別に、そんな深く考えないでください。何となく行くあてが無ければ居て、何処かに行きたければ離れれば良いと思いますよ」
「そんな簡単に許してくれるの?」
私はそれなりにスラムの事は知っていたつもりだが、暗殺ギルドの事は噂だけで詳しい場所などは知らなかった。情報の隠蔽には一応力を入れているのだろう。
そんな組織に一度入ってしまって簡単に足を洗えるとは思えないが。
「勿論。私は悲しいですが、今、ここで貴女とお別れしても構わないとマスターから言われています。実際、私と一緒に外に出したのも去りやすいように配慮してくれたのですよ?私が老人と話している間に、サラちゃんは帰る事も出来ましたし」
「……正直、あそこの人達は怪しいけど、別に悪くないと思ってる」
初めて会った筈の私にもふざけたり、冗談を言ったりしてくれた。友人たちと死に別れてから久しい温もりだった。
正直、あの者達と家族というのになろうと言うのははばかられるが、まだ離れなくても良いかと思えるようにはなっていた。
私は案外寂しがりやなのだろう。あんな怪しい人達に囲まれて温かいと思えるなんて。
「それは良かった」
それっきり、男は喋らなくなった。男の微笑みが心なしか深くなったような気がした。
………
……
…
教会地下のアジトへと戻ると、ザペルはすみませんが、用事が有りますから、と幹部用のエリアに連れられて、会議室のような場所に私を通してから何処かに行ってしまった。
中には組織の幹部たちとマスターが談笑していた。
「どうだった?中々興味深かっただろう?」
直ぐに、その場に居たマスターが近付いてくる。
「あの人、ただ話しているだけで何もしていなかった」
「確かに、一見そう見える筈だ。だが、既に情報が入っていてね――対象は亡くなったそうだ」
「え!?」
と、言うことはあの後直ぐに老人は死んだの?帰る時には目の前で歩いて馬車に乗り込む程元気だったのに。
「何で……何もしていなかった筈なのに」
「まるで眠るように、苦しむ様子もなく息を引き取っていたそうだ。周りの者は暗殺と全く疑っていない。完璧な仕事だったよ」
「本当に、ただ話していただけだったのに……」
「今、アタシらでザペルの事を話してたんだけどねぇ、やっぱり『会話』がキーだと思うんだよねぇ……」
椅子に座ってお茶を飲んでいたジズが話しかけてくる。最初に会った時と違って、普通のおばあちゃんと言った格好になっていた。
どうやら、初対面の格好は私に会う時にわざわざ着てきたらしい。
「どういう事?」
「今までザペル君の仕事の共通点は暗殺する相手と直接接触せず、贈り物か会話するのみに留めている事だ。ちなみに、贈り物は手紙や普通に売っている物で毒や爆発物ではない。ならば、対象との交流によってザペルは相手を殺しているのだろう」
マスターが補足する。確かに、あの人は話しているだけだったが、『話す』事で相手を殺しているなら納得出来る。
どうやっているのかは相変わらずサッパリだが。
「でも、一体どうやって?」
「うーん……アタシは会話と見せかけた詠唱による魔術だと思うんだけどねぇ……ただ、こういうのって直接的に殺せるような物じゃないんだよ。詐欺師の話術みたいなものだしね」
「はいは~い!これはズバリ!マジックです!」
隅でクラブを巧みに操りながら、パンタシアが声を上げる。こちらはずっと道化師の格好のままだ。
狭い空間なのに何本も投げながらこちらを見て話す余裕も有るのが凄まじい。
「具体的にどうやったのか知りたいのだが」
「わかんない!」
「結局謎なのは変わらないか。まるで魔法みたいと言うのは否定しないがね……」
「もうザペルに直接聞けば良いんじゃねえか?」
大剣を軽々と素振りしながらデキャントが言った。
確かにそれが一番早そうだが、少し前に私が聞いても漠然としたもので何故殺せたのかという説明にはなっていなかった。
「以前少し話したが、話をしただけ、贈り物をしただけと言うのみでね、本当の事は教えてくれなかったよ。まあ、深くは聞かなかったがね。ザペル君も秘密にしたい事はあるだろうし」
「まあ~マジシャンは飯のタネを喋ったりしないですから!」
「いや、ザペルはマジシャンじゃねえからな?」
結局、あの人が何をやったのかは皆でも分からないという結論になった。
技術的には参考にならなかったが……世の中には直接的でなくとも人を殺せる者が居るというのは驚きだった。
そして、それとは別にこんなに人と会話をしたのは久し振りだな、とあの後一室に招待されて、ベッドに横になりながら私は思ったのだった。
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