第八話
基本的に、私は尋問の時間も含めて館を自由に動き回る事が許されていた。
ただ、監視はされているのだろう。少しでも外に出ようとするとあの小さい子が現れて、無言で外出は止めてくる。
今日は、窓辺で景色を眺めながら書斎に置いてあった本を読んでいた。
書斎と言っても小規模な図書の保管庫と言った部屋で、脚立を使わなければ一番上まで届かない大きな棚が並び、どれもぎっしり本が詰まっていた。
外の様子はお世辞にも良いとは言えなかった。ボロボロの家屋が建ち並び、遠くには初めてザペル様と会った時にあの人が着ていたような服を着た者達が彷徨っている。
ずっと王宮に居た私には、言葉だけで知らなかったこの都市の実情だった。まるで、あれでは亡者の住処ではないか。
外を眺めるのを止めて、手元の本のページを捲ると、幾何学模様の絵とその解説が載っていた。いわゆる魔術の書物である。
昔ならば持っているだけで魔女狩りで処刑されるような代物だ。とても王宮で読めるようなものではない。
この書斎にはこのような本が大量に保管されていて、館に軟禁されて時間を持て余していたのと、元々勉強自体が好きだった私は
日々それを読み漁って知識を吸収していった。
他にも、効率的な拷問の仕方、拷問器具の作り方、毒の精製方法など色々な知識がこの書斎には詰まっていた。
一体ここまで本を集めるのにあの人はどれほどの時間を費やしたのだろう……。
その中で一つ、今の私でも簡単に再現出来そうな儀式を見つけてしまった。
死神が居る位なのだ。もしかしたら、この魔術も本物なのでは――?
「シドラさん、お願いしたい事があるのですが」
私が尋問の内容を話したくなったらすぐに聞けるようにと、書斎の隅で椅子に座っていたシドラさんに要件を伝える。
私の言葉でスイッチが入ったのか、立ち上がると軽く礼をしてその鳶色の瞳で見つめてきた。
「ご主人様から頼み事は何でも聞くようにと言われています。なんなりと」
「ロウソクとチョーク、そして少し人間の血を貰えませんか。後、使っていない部屋も借りたいのですが……」
「暫くお待ち下さい」
シドラさんが外へ出ていく。
昔から魔術というものは存在していたが、殆どが眉唾なのは知っている。でも、無駄になっても良かった。どうせ今の私に時間はある。
10分程で私の希望の物を持ってシドラさんが戻ってくる。血は小瓶に入っていた。量からして恐らくこの館に侵入してきた者の血だろう。
「空いている部屋はこちらです」
そして、書斎からそれほど離れていない所にある一室に、私は招待される。
物が全く無い部屋だ。この部屋に限らず、建物の大きさに対して使う人が少ないせいで似たような部屋は多い。
シドラさんは私をこの部屋に入れると、また隅で立ったまま動かなくなった。
書斎から持ち出した本を読みながら、私はチョークで床に絵を描いていく――シドラさんから床を汚す許可も得ている――初歩的なものなのでそれほど時間はかからなかった。
描かれた紋章の四隅に蝋燭を立てて火を付ける。この時に魔術を掛ける対象を意識すると本に書いてあった。
最後に、中心に血を流して伝えたい言葉を三回頭の中で唱える。対象はこの館の主人だ。
「懐かしい、精神感応の魔術ですか」
珍しく、私からのアクション無しにシドラさんが反応する。
「はい。シドラさんは詳しいのですね」
「昔この場所に居た方に聞かされましたので。ただ、その魔術は要素が欠けているのかそもそも偽物なのか行使する事は出来ないと言っていました」
「そうなのですか……」
残念だった。他の魔術は直接相手の生命を奪ったり特別な器具を使うものだったり、恋心を操る等私の興味のないものだったのでこの魔術を見た時はピンと来たのだが。
「ご主人様ならばもっと詳しいのですが……」
「ザペル様は魔術師でもあるのですか!?」
「流石に本職には劣りますが、かつては魔術で人を殺めていました」
凄い、あの人は一体いくつこのような引き出しがあるのだろう……恐ろしさと共に、憧憬の念が私に浮かんだ。
世界を手に入れようとする死神で、後で知ったが既に裏社会の一派としてこの街に支配力を持っているのに更に有力な魔術師でもあったなんて――
でも、魔術や魔術師が実際に存在するというのを聞けたのは収穫だった。もし、私も魔術を行えるのだったら――もう、何をしても無駄で諦めていた自分から抜け出せるかも知れない。
「シドラさんの知っている事、もっと教えて下さい」
「分かりました」
それから、毎日私は書斎とこの魔術部屋を行き来する日々が始まった。
時折シドラさんからアドバイスを求めては、対価として朧げな記憶からなんとか国の機密を思い出し話していった。
魔術に必要なものはその都度シドラさんが用意してくれた。何だか以前と比べてシドラさんとも仲良くなった気がする。相変わらずサラちゃんと会う事は無いけど……。
「一体何をしようって言うんだ!?」
今日は、サラちゃんが捕らえたここに侵入してきた人を使って魔術を行ってみようと思う。ちなみに、やたら暴れるのでサラちゃんにお願いして縛って貰った。
まず、特定の植物を一定の割合で混合、成形し対象に投与する。その時とても嫌がるので館にあった専用の猿轡を使い、水と一緒に無理矢理流し込む。
それから生贄の周りに専用の紋章をチョークで描き、樹脂を燃やして部屋を匂いで満たす。すると、対象の目が虚ろになり力が抜けていく。
「貴方の目的を話しなさい」
私の言葉を聞いた男は、ゆっくりと口を開く。
「ここに居る……女王の……レガリアを奪う為に来た……ついでに、女王は殺せと……」
レガリアとは今も私の胸に飾られている宝石の事だ。この国では王の象徴であるこの宝石を受け継ぎ身に付けている者が国王とされている。
もし、これが無かったら居なくなった時点で、私は死んだものとされ既に貴族の息子が国王にすげ替わっているだろう。
それにしても、ようやく魔術が成功する事が出来た。今まで何度失敗したか……。
今行使したものは自白の魔術と呼ばれるもので、準備は大変だったが……これで自信が付いた。
そうだ、このまま次の魔術を行ってみよう。死の魔術は沢山あるから、どれが使えるか確かめないと。
私を殺しに来たのだから、逆に殺されても文句は言えない筈だ。
………
……
…
「シドラさんのお願いだから私も協力してるけど……良いの?あんなに好き放題させちゃって」
本日の調理を行っている時に、サラちゃんが話しかけてくる。
少し前にご主人様が連れてきた客人の事だ。今も食事をすることさえ忘れて私の教えた魔術に没頭しているはず。
「あの方は……私達の『家族』になれる素質を持っています」
『家族』というのはご主人様が好きな言葉だ。そして、私達にとって特別な意味を持つ。
ご主人様は常日頃館に人が居なくて寂しいと仰っている。その寂しさを紛らわせるのに、どうして従者が手を尽くさない理由があるだろうか。
『家族』が増えたならばきっとご主人様は喜ぶだろう。
「ふうん……それにしても、魔術なんてあれ使えるんだ。私詳しくないけど、てっきりボスだけかと思ってた」
「自白の魔術に関しては、最初に投与した薬品が既に自白剤です。それと、使える魔術はほとんどが科学的に説明出来るようになっています」
「ありゃ……まあいっか。どうせ死んじゃうから冷たくあたってたけど、これからずっと居るならもっと仲良くなろっかな」
家族同士仲良くなるのならば、それが良い。きっとご主人様も深い笑顔を見せてくれるだろう。
「それと、女王から手に入った情報があります」
結局、ご主人様の目的の情報は手に入らなかったが、副産物として様々な国の弱みは握る事が出来た。
ある物は使わなければ勿体無いと常日頃ご主人様が私達に言い聞かせている。言葉通りに動かなくては。
「あーまたスラムの住人使ってちょいちょいすれば良いよね」
「それはサラちゃんに任せますが、ご主人様に絶対に迷惑はかけないで下さいね」
「うん」
鼻歌を口ずさみながら、サラちゃんが厨房から出ていく。
すこし経って、男の絞るような悲鳴が館に響いた。
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