最凶最悪の魔導士は友達運がない 5
翌日。
「だーかーらー、意味わかんないからちゃんと説明してって!」
いつもの飯屋で朝食をとっていると、アイリーンが叫んだ。
まるで結成時からのメンバーのように、すっかり馴染んでいるディーンが。
「意外といけるな、これ」
口いっぱいにパンケーキを詰め込むと。
「ディーンさん初めてですか? 西部ではポピュラーな朝食で、こちらのバターやシロップをかけると美味しいです」
人見知りがちなボニーも自然に話しかけていた。
「おいこら、無視すんな!」
アイリーンがフォークをディーンに向けると、器用にその上にバターを載せて。
「これをつけると旨いらしい」
ディーンは楽しそうに笑う。
「食後でも構わんが、わしもちゃんと説明してもらえると助かる」
朝から豪快にエールをあおるカルドに。
「もちろんそのつもりだが……」
そう言ってディーンは、何かを探すように店内を見回して。
クライを見た。
「まだ役者が足りないが、そのうち来るだろう。
――まずはあの魔法陣の話をしてくれないか」
ディーンの言葉にクライは頷き。
ぽつりぽつりと……
――昨夜の経緯を話し出した。
++ ++ ++ ++ ++
ディーンはクライに魔法陣書き換えの指示を出し終えると。
「こいつは時限式のメッセージでもあるようだな。まあ、後はお前の判断に任せる」
暗闇に紛れ、屋敷に向かった。
指示内容は、クライが得意とする二重三重に展開するトラップ拘束術。
しかもそれを、庭に出現する魔法陣のエネルギーを利用して、多数出現するように書き換えてある。
「どんな化け物を閉じ込める気だ」
クライは文句を言いながらも、その式を丁重に組み上げていった。
魔力の同線を、庭の魔法陣につなげると……
そのメッセージがあらわれる。
「我失われし時は、自分の意志で、羽ばたけ。
時を超え、姿を変え、純粋な意思と共にある、わが愛しき人よ」
クライはその魔術文字を読むと、やっと謎が解けた。
シェープシフターは、依頼主の女性。
その正体は金の錫杖なのだろう。
そしてこの魔法陣の本来の目的は、屋敷の結界ではなく金の錫杖を隠すための物。
もしかしたら金の錫杖と恋に落ちた主人が、自分の死後錫杖を悪用されないように仕掛けたのかもしれない。
クライはそう考え……
メッセージだけを抜き取り、少し離れた場所に新たな魔法陣を描いた。
そしてその作業が終わると、後ろから声をかけられる。
「そこまでが俺の知っている事情だ」
クライが話し終わると、ディーンは食後のお茶を一口飲み。
「あの依頼主の女からは、妙な臭いがしてただろう」
顔を歪めてそう言った。
「んー、そう言えば。
なんかあたいの苦手なスライムみたいな、酸っぱい臭いがしてたわね」
アイリーンがそう言うと。
「わしには昔逃げた女房がつけていた、香水の匂いがしたが」
「そうですか? あたしは教会の線香みたいだなって」
ガルドとボニーがそう言って首を捻ると。
ディーンは目をパチクリさせて。
「なんだそれ? じゃあ雑誌記者のアルファからは、どうだった」
そう聞くと、三人は顔を見合わせて。
「同じ匂いがしたな」
ガルドの呟いた言葉に、同意とばかりに頷く。
「お前は?」
ディーンがクライに話しかけたが。
「特に何も感じなかったが」
そう答えると、ディーンはさらに悩み込んだ。
「ねえ、それより屋敷で何があったのよ。ちゃんと話して」
アイリーンが急かすと。
「まあとにかくだな……」
ディーンは昨夜の出来事を話し出した。
屋敷に入ると依頼主の女の姿はなく、金の錫杖が椅子の上に立てかけてあった。
クライと魔族の男との戦闘が始まると、錫杖を守っていた魔力が弱まり……
「自分が何者で、今がどんな状態か理解できるか」
ディーンが話しかけると、金の錫杖はシャランと美しい音を立てた。
結界を張った主人の突然の死と、宝具に宿る魂の純粋さがもたらした歪みが……
今回の事件の真相だと確信したディーンは、錫杖を見るのがつらくなり、ふと窓の外に視線を外した。
するとそこに、メッセージ用の魔法陣が新しく描かれていることに気付く。
「お前がそうだったように、この屋敷の主人もお前のことを愛していたようだな」
ディーンの呟きに、錫杖が薄く輝き……
きっと庭の魔法陣を読んだのだろう。
どこかから、「ありがとう」と言う声が聞こえた気がした。
「さてさて、どうやら噂の最凶最悪の魔導士様は……おせっかいでロマンチストらしい」
ディーンはそう言って、錫杖を手に取り。
「しかしこれじゃあ、言い訳が必要だ。お前も手伝ってくれよ」
テーブルの上に積まれていた硬貨をポケットにしまうと。
――崩れ始めた屋敷を後にした。
「そこからは、昨夜見たとおりだよ」
ディーンが話し終わって、またお茶を口にすると。
「んー、やっぱりわかったような……わかんないような」
アイリーンは不満げに首を捻った。
「そうか、それなら報酬はちゃんと受け取れたのか」
クライが嬉しそうにそう言うと。
ディーンはポケットからジャラジャラとポレア硬貨を取り出して、テーブルに積み上げた。
「何だこれは? こんなんじゃエール一杯飲めんな」
ガルドが一枚手に取り、首を捻る。
屑鉄同様のポレア硬貨は、100枚集めたところで銅貨1枚の価値もない。
「俺たちの喧嘩を賭けてた連中が、受け取った金貨がポレア硬貨に化けたって騒いでただろう。テーブルにあったのはこいつだ、きっかり30枚。
――5人で山分け、ひとり6枚の取り分でいいか?」
楽しそうに笑うディーンに、ボニーが声をあげた。
「そ、そうだ!
教会が探してる危険指定の宝具に『詐称の錫杖』があります。
確か触れたものを一時的に別のものに変えて。
短時間だけどそれを見破ることは不可能だとか。
それに、金色に輝いて人を誘うとも……」
それを聞いたガルドは楽しそうに笑って、硬貨を6枚つかみ取り。
ボニーとアイリーンは苦笑いしながら、やはり6枚受け取った。
「どうした?」
無言で屑鉄を見つめるクライに、ディーンが笑いかけると。
「自分の無能さを悔いているだけだ」
きっちり6枚数えて、それを大切そうにローブの懐にしまい込む。
「なんだい、今日は一段と楽しそうだな!」
そんなクライをパシャリと写真に収める音がした。
「アルファ、遅かったじゃねえか」
「呼ばれた覚えはないが」
アルファが首を捻り。
「……今日はあの変な臭いがしねえな」
ディーンも同じように首を捻った。
「それより今日は祝いの席のようだから、サービスで沢山写真を撮ってやろう。ブロマイドのキックバックも通常より高くしてやる」
その言葉に、ディーンは物調面のクライを抱き寄せ。
「金貨30枚分は売れよ」
そう言って……
――楽しそうに笑った。
++ ++ ++ ++ ++
「これが謎解きの全てで、例のブロマイドの正体だ」
クライが話し終えると、リュオンは楽しそうに笑い。
本当にそのブロマイドの売り上げは、金貨30枚を超えたのだろうと考えた。
――もっとも、ディーン様やクライ様の手元にはキックバックされなかったでしょうが。
「そうなると、金の錫杖と天神はどのような関係だったのでしょうか」
リュオンが質問すると。
「まだ天神の情報が少なすぎて何とも言えんが、やつらは運命を操る神だそうだ。
何かの気まぐれで、俺たちの過去に関わったのかもしれん」
クライはそう言って、目を閉じる。
――今、目の前に天神があらわれたとしたら自分は何を見るのだろう。
そこまで考えたところでノックの音が響いた。
リュオンが慌てて出迎え、大きな木箱を抱えて帰ってくる。
中からはキシキシと騒めくような音が聞こえ……
「クライ様、これはいったい」
箱を受け取ると、クライは宛先を見て顔をほころばせ。
「リュオンは帝都から出たことがないから珍しいだろう」
木箱から緑の野菜をひとつ取り出す。
「な、なんですかそれ?」
リュオンは野菜の不気味な目鼻立ちに顔をひそめた。
「ピーマンだ、まあ攻草自体、この辺りには無いからな」
「香草ですか?」
「臭いも独特だが、こいつらは近くにあるものにかみついたりする『攻撃草』だ。
しかし暑さ寒さにも強く、生育も早くて栄養価も高い。
帝都でも実験的に栽培してみようと思ってな」
クライの手の中でピーマンが下品な笑いをしながら、歯をカチカチと鳴らした。
「こいつらは苦くて攻撃力が高いほど栄養価も高いと聞く。
――今から品種改良が楽しみだ。
ディーンに食べさせてやる日が待ち遠しい」
ピーマンと見つめ合いながら、微妙な顔で嬉しそうに笑うクライを見て。
二人の出会い話に感動していたリュオンは。
「台無しじゃん」
そう小さく呟いて……
――ため息まじりに、ゆっくりと顔を左右に振った。




