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最凶最悪の魔導士は友達運がない 2

翌朝は青空が広がったが、街の所々に薄っすらと雪が残っている。


クライは仲間と共に帝都西壁の外にある史跡の地下で、最近旅人を狙う食人鬼(グール)の討伐を行っていた。


「そんな……こんなはずじゃなかったのに」

少女の姿をしたグールが目を見開く。


「そのセリフは、もう聞き飽きた」

おとりとして少女に声をかけ、地下に潜っていたクライはため息をつく。


魔族領か精霊の森あたりから流れてきたのだろう……

グールは人族を凌駕する怪力と膨大な魔力量を持ち、太古の魔法を使用できた。


だから人族の魔導士としては平均的な魔力と、背は高いが冒険者としては若く痩せた少年に追い込まれるとは思ってもいなかった。


クライがハメた拘束魔術を振り払おうと、グールは筋肉を盛り上げる。

肌はしわだらけになり、口も異常に大きくなり。


その姿は人食い(グール)老婆(アグリ)にふさわしい姿に変わった。


「一気に仕留めるわよ!」


物陰に隠れていたアイリーンが、ウエーブのかかった真っ赤な髪をひるがえしながら突撃する。

反対側からは巨漢のガルドが大剣を振りかざしてサポートに入ったが……


アイリーンのレイピアがグールにヒットした瞬間、断末魔をあげるグールがその引き裂かれたような口から、炎にも似た魔力波を吐き出した。


「ふん!」

ガルドが盾でそれを防ぎ、そのスキにクライが急造のアイスジャベリンを叩き込んで事なきを得たが。

先に突撃したアイリーンは魔力波を全身に浴びてしまった。


「アイリーンさん!」

ボニーが慌ててアイリーンに駆け寄り、呪文を唱え奇跡を行使する。


クライも急いで駆け寄ったが、アイリーンの戦闘服はあちこち焦げていて……

その大きな胸がこぼれそうだった。


「もう、あっち行って!」

クライの視線に気づいたボニーが、自分のマントを取ってアイリーンのスタイルの良い体を隠す。


「す、すまん」

急いで視線を外すと。


「ありがと。あたいはおかげで大丈夫……。でも、この程度の相手に後れを取るようじゃあ考えものね」

回復したアイリーンが苦笑いする。


グールの後ろには数十体の旅人に混じって、重装備をした冒険者の亡骸もある。

今の反撃を見ても、ギルドが依頼を出したB級モンスターとは思えなかったが。


「最近増えてきやがったA級やS級の魔物を相手にすると考えると、確かにこれじゃあきついじゃろうな」

ガルドがもらしたように、パーティーの編成を考え直さなければレベルアップは困難だった。


4人の個々のレベルは高い。


「長距離魔法が得意な攻撃型の魔法使いか、弓矢(アーチャー)のような後衛職があとひとりいれば、もっと安全に仕留められたわ」

しかしアイリーンの言う通り、編成にやや偏りがあった。


タンクのガルド、アタッカーのアイリーン、罠や魔法陣を利用する大魔法が得意な魔導士のクライ。そして回復師のボニー。


「しかし、誰でも良いという分けでもない」

クライも同意見だったが、そう言ってため息をつく。


今のパーティーの悩みは逆に個々の能力が高すぎることだ。

そのために、なかなか補充の人員が見付からない。


「あたいやガルドのスピードについてこれて、クライが組むトラップや魔法陣が理解できる人材なんてねえ……」


アイリーンはそこまで言って、何かに気付いたように大きな赤い瞳を更に広げる。


「ねえガルド、昨夜受けた依頼……受けてみない?」

アイリーンの言葉に、ガルドが頷く。


「何の話だ?」

クライが聞き返すと。


「面白そうな話よ!」

アイリーンは楽しそうにクスクスと笑った。


経験上アイリーンの面白い話にロクなものはなかったが、若かったクライはまだ経験が足りなくて。



あの時それを阻止しなかったことを……

――今でも後悔している。



++ ++ ++ ++ ++



その屋敷は帝都でも歴史ある建物で、小ぶりだが重厚な造りと高度な魔術結界が施されていた。


「主人が生きていた頃は使用人も多くて、もっとにぎやかだったのよ」

どこか薄気味悪い雰囲気は主をなくした寂しさのせいか、この建物全体に漂う不思議な魔力のせいか。


出されたお茶に口をつけながら、クライは思い悩んだ。


「昨夜はごめんなさい。実はあたし、依頼を受けてくれそうな冒険者を探していて」

美しいドレスを着たその女性は、昨夜酒場で見た時と同じ妖艶な笑みを浮かべながら、ぽつりぽつりと語りだした。


依頼はこの屋敷の主が収集していた、失われた魔道具探し。


古物商として名をあげたローデン・アリウスは、取引の中で希少な魔道具や宝具があると、自分のコレクションとして買い取ることがあった。


中には盗品や、見つかれば国宝として国に取り上げられるようなものもあったらしく。


「主人がなくなって、コレクションが公になったときはちょっとした騒ぎだった」

らしい。


コレクションは帝国の宝物院や親族が集まり、ほとんどこの屋敷に残っていない。

理由はローデン・アリウス氏には子供がいなく、彼女は正式な妻ではないからだとか。


「その時、あの人が一番大切にしていた金の錫杖が見付からなかったのよ」


そしてその金の錫杖に刻まれていた不死鳥(フェニックス)の紋章が……


「最近主人の遺産を受け継いだ親族が事故にあって、数人亡くなったの。そして、そこに血塗られたフェニックスの紋章があった」

遺産を受け継いだ親族の死は、殺人事件ではないかと当局も調査に乗り出したらしいが。


「紋章以外におかしな箇所は無くて、どう考えても事故だからって。調査は打ち切りになったわ」

そこまで女性が話すと。


「じゃあなんで、いまさらその錫杖を探す?」

テーブルの一番隅で、ふてくされていた男が呟く。


その席には、グランドルのメンバーだけではなく昨夜の喧嘩相手。

ディーン・アルペジオも一緒だった。


あのメイスに付与した攻撃魔法は、一撃でオーガも昏倒できるほどの魔力を溜めてあった。そいつをまともに受けて、翌日立ち上がれるとは……

どこかで回復術を受けたはずだろうが、それでも人族とは思えない体力だ。


クライがディーンを見ながらフンと鼻を鳴らすと、鋭い瞳でにらみ返してきた。


「まあまあ昨日のことは依頼主さんも謝ったし、酔って酒場で起きたことだからさ……お互い水に流そうよ」

ディーンとクライが険悪な雰囲気になると、仲裁するようにアイリーンが割り込む。


「俺はこいつと組むことに賛成していない」

クライがそう言い放つと。


「……お前昨夜の魔導士だろ、だったらいい加減この状況に」

ディーンはそこまで言い返して、クライの瞳をのぞき込むように見ると。


「技は凄いがバカってやつか?」

鼻で笑い返した。


二人が立ち上がりにらみ合うと、クスクスと依頼主の女が笑う。


「それで、この依頼を受けていただけるのかしら? 報酬は昨夜話した通り、金の錫杖をあたしの元まで持ってきてくれれば金貨30枚。悪い話じゃないでしょう」


通常金貨1枚あれば、帝都でも普通の一家が1年余裕をもって暮らしていける。

A級の魔物を倒しても銀貨数枚がいいところだ。


「ぜひお願いします」

報酬の金額を聞いたクライが、態度をころりと変えて深々と頭を下げると。


ディーンはため息をつきながら、ドカリと音を立てて椅子に座り込み。

「質問に答えてくれ、俺の返答はそれ次第だ」


そう言うとバツが悪そうにそっぽを向いた。


「先ほども話しましたが、その金の錫杖は主人が一番大切にしていたものです。だから事件とは関係なく、どうしても取り戻したいのかもしれません」


「主人のためにか?」

ディーンが依頼主を確かめるように見つめると。

女は寂しそうな笑みを浮かべて頷く。


「分かった、ならその思いを受けよう」



そう言ってディーン・アルペジオも……

――同調するような、寂しい笑みを浮かべた。



++ ++ ++ ++ ++



屋敷を出てしばらく歩くと、写真機と呼ばれる応用魔法道具を首から下げた青髪の少女が近付いてきた。


「よう、ディーン……今日は冴えない顔だな」

人族で、年齢は14~15歳ぐらいだろうか。厚手の安っぽいコートの下はニットとショートパンツの組み合わせで、大きな胸と健康的な太ももが印象的だった。


「アルファか、なんか用か?」

可愛らしい少女に話しかけられたのに、ディーンは嫌な顔をする。

噂では女たらしで見境がないと聞いたが。


――案外噂なんてあてにならんかもしれんな。

クライは依頼主の美女に対する態度も含めて、ふとそう思った。


アルファと呼ばれた少女は楽しそうに大きな垂れ目を瞬かせると、ディーンに写真機を向けてシャッターを何度か切る。


「もちろん冒険者マガジンの取材さ! 昨夜の喧嘩の噂を聞きつけてね、ちょうど探していたところだ」

幼い顔立ちにやや舌足らずな声で、男っぽくしゃべろうとしているところが妙に庇護欲をそそったが。


「それならあっちに話を聞きな、俺は負けた方だからな」

ディーンが指さすと、アルファが元気よくクライに近付いて行く。


「グランドルのクライくんだな! 噂は耳にしていたが、キミもなかなかの美少年じゃないか。ワイルド系のディーンとタイプが違うのも良い、今ブロマイドと言う異世界文化を応用した商品を出している。キミもどうだい」


一方的にしゃべりだし、パシャパシャとシャッターを切られ。

クライはどこかウザさを感じた。


「クール系も需要が高そうだからな、ブロマイドが売れればキックバックでいくらか還元する仕組みだが」

しかし金の話になるとクライの顔色が変わり。


「どんな仕組みだ」

取り繕った笑顔でそう答えた。


「ははは、その顔は売れそうにないや。まあこれは副業でね、本業は情報誌の編集記者だ。昨夜の話と……今なぜこの屋敷から出てきたのか、聞かせてくれると嬉しい」

アルファの言葉にクライが顔を歪ませ、ディーンを見ると。


ディーンは頭を掻くふりをしながら、指で魔法陣に利用するスペルを空中に書いた。


高度な魔術を収めた者しか理解できない文字なので、それは自分に対する暗号的なメッセージだろうと、目を凝らすと。


『臭うだろう、良く考えろ』

またそっぽを向いてしまう。



念の為クライはアルファに近付いて息を吸ったが……

――いったい何のことだか、さっぱり理解できなかった。

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