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最凶最悪の魔導士は友達運がない 1

クライが帝都城の私室であくびをかみしめていると。

「眠気覚ましに、お茶をご用意しましょうか?」


書類の整理を手伝っていた、メイド服を着た猫耳銀髪の少女。

リュオンが笑いかけてきた。


「ありがとう、助かるよ」

窓の外を見ると、帝都城前公園に薄っすらと雪が降り始めている。


時刻は午後の3の刻を少し過ぎたぐらい。


その日は祝日で、議会も来賓客もなく。

多忙な宰相職に就くクライにとっては、つかの間の休日だった。


「せっかくの休みだから、リュオンも遊びに行けばよかったのに」

クライはお茶をテーブルに置いたリュオンに笑いかける。


帝都城前公園では、若者グループやカップルが寒さを忘れたように楽しそうに遊んでいる姿が見下ろせた。


「種族柄寒さが苦手ですし、それにこうしている方が楽しいですから」

リュオンはそう言って微笑みながら、昨日の出来事を思い返す。


議会の終わりにクライがふと。

「だれか明日の午後、私室の書類整理を手伝ってくれないか」


そう漏らした瞬間、帝都城の女子職員の間に激震が走った。

「午後まったりと」「二人きりで」「クライ様の私室で……」


情報は暗号化され、通信魔法板を通じ。

帝都城に勤務するクライ・ファンクラブを中心に拡散した。


そこで女同士の壮絶なバトルが繰り広げられ……

リュオンはその身体能力と、最近起きた事件をきっかけに広げた人脈によって勝利を得る。


もちろんその事を、クライは知る由もなかったが。


「そうか、リュオンにも早く一緒にいたいと思える人ができると良いな」

のんきにカップルを見下ろしながら、そう呟くクライに。


「もう、このとうへんぼくめ!」

リュオンは笑顔のまま、心の中でそう罵倒した。


何せこの日のためにギリギリまで短くしたスカートも。

いつもより2つ余分に外した胸ボタンも。


すべて見向きもしてくれなかったのだから。


「じゃあ少し休息にしようか」


クライの言葉に、別室に下がって休んでいたら、せっかくつかんだこの二人だけの時間が減ってしまうと考えたリュオンは。思い切って反対側のテーブルの椅子を引き、クライの正面に座った。


一国の……ましてや人族最大の国家の宰相に対して、使用人がとるには無礼な行為であったが。

クライはにこやかに笑顔を返す。


しかしリュオンは、そこまで頑張るのが精いっぱいで。

次に何を話したら良いか分からなくなり。


「話題、話題……」

心の中で念じると、先回の事件で出会った聖人様の笑顔が頭に浮かんだ。


「あのっ、聖人様。ディーン・アルペジオ様とは長いお付き合いだと伺っていますが、その。どのように出会ったのでしょうか?」

しどろもどろになりそうな口をなんとか動かすと。


「ディーンか、あいつとの出会いね……午後の休息には不向きな話かもしれんが、リュオンもあの事件であいつには引っ掻き回されたからな。興味があるのもわかるよ」

クライは楽しそうに笑って。


「そういえばあの日も、帝都に雪が降っていたな」



カップを片手に……

――窓の外を眺めながら、クライは目を細めた。



++ ++ ++ ++ ++



帝国南部最大の都市カルタスタの魔導士協会で、最年少『大魔導士』の称号を得、帝都に渡ったのが16歳。


冒険者ギルドに登録し、A級となり仲間も増え……

18歳で「最凶最悪の魔導士」の二つ名で呼ばれ始めたクライにとって、怖いものを想像することすらできない時代があった。


「まあ、若気の至りと言うやつだな」

クライがそこまで話して、カップを傾けるとリュオンが楽しそうに微笑む。


「伝説のパーティー、グランドルの噂はあたしも知っています。その頃の冒険者ブロマイドで、クライ様とディーン様が2人で写っているカードはプレミアがついています」


リュオンは孤児院を出て始めてもらった給金でそのカードを購入し。

自分の部屋に大事に飾っている。


ディーンがクライの肩を抱き、大笑いし。

その横で苦笑いする若い頃のクライが妙に可愛い。


初任給の半分を持っていかれたが、買う価値が十分にあったとリュオンは考えている。


「冒険者の収入のひとつにそんなものもあったな。2人で写っている……そうか、あれはシェイプシフター事件の報酬をもらった時の物だろう。それ以来、私はディーンと2人で撮影に応じた記憶がない」


「シェイプシフター?」

「精霊や宝具が時として人の姿を装うことがあるが、中には自在にその姿を変えるものもいる。それをシェイプシフターと呼ぶが」


クライが苦笑いすると、リュオンは慌てて。


「お話し辛い話題でしたら、その」

申し訳なさそうに頭を下げた。


「いや、そうじゃない。確かに苦い思い出だが、昼下がりのお茶の話題にはちょうど良いかもしれないし。何よりその事件がディーンとの出会だ」



クライはもう一度外の雪を確かめると……

――クスリと笑って、その日の出来事を話し出した。



++ ++ ++ ++ ++



「喧嘩だ喧嘩! グランドルと最近ソロで名前をあげてる盗賊(シーフ)のディーンだ」


帝都に初雪が舞ったその夜。

冒険者ギルドの近くにある繁華街で、そんな声が響いた。


「ディーンに仲間は?」

「いや、あいつはひとり。グランドルはフルメンバーでアイリーンもガルドもボニーも……珍しくクライも絡んでる」


「あの魔導士がいるのか、なら銀3つグランドル」

「よし、俺は今日入った報奨金全部グランドルだ!」

「おいおい、それじゃあ賭けになんねえだろう」

「誰かディーンに賭けねえのか」


酔っぱらった冒険者たちが路地裏に顔を出し、徐々に野次馬が増えて行く。


輪の中心にはローブ姿の若い魔導士と、低い体勢でナイフを構えたシーフ。

さらに魔導士の後ろには……


レイピアを握る真っ赤な髪の女性剣士と、大剣を背負い鋼鉄の盾を構えた巨漢の騎士。

さらにその後ろには体格に見合わない大きなメイスを握った、白い僧侶姿の少女がいた。


にらみ合う中央の若者二人が、酒場で足を踏んだ踏まないでもめたのが発端らしいが。


「じゃあ、あたしはあのナイフの少年に金ひとつ」

その足を絡ませた張本人が、楽しそうに笑った。


妖艶に笑う美女に野次馬の注目が集まる。

冒険者の間に、女の顔見知りはいない。


金髪にブラウンの大きな瞳は、下町の繁華街では珍しい純然な人族。

20代半ばぐらいの歳で、立ち姿にもどこか品があった。


「払えるのか? 先払いなら賭けに乗せてやってもいいが」

不審に思った冒険者のひとりが女に声をかける。


「いいわよ、じゃないと賭けにならないでしょう」

女は微笑みながら薄い紫のローブの袂から金貨を取り出し、冒険者に渡す。


渡された帝国金貨は本物だったし、女はローブの下に高価な服を着こんでいたから。


「ありがたくもらっとくよ、だがさすがのディーンもこの状態じゃ分が悪い」

冒険者の男は、お忍びで遊びに来ている貴族か、儲けの良い商人か何かだろうと考えた。



最初に動いたのはクライだった。

既に詠唱の終わった攻撃魔法を同時に3つ、宙に放つ。


ディーンが目の前にあらわれた魔法陣をかいくぐるようにナイフを振ると、音を立てて陣が崩れた。


「やるな! 3つ同時に解除した」

「いや、あの魔導士が怖いのはこっからだ」


野次馬の声にクライはフンと鼻を鳴らすと、地面に突き刺さる崩れた陣を再構築する。

ディーンはそこで、これが2重に張られた罠だと気付いた。


「そんなバカな!」

壊れた瞬間他の魔法に変化する魔法陣の構築。

しかもどの解除方法を利用するか、事前にわかっていないと不可能な計算。


「いやこいつは……」

ディーンは地面にあらわれた魔法陣を逆算し、嬉しさで顔が緩む。


それは複数の解除パターンを事前に予測し……

どんなことがあっても敵をハメる構築式が描かれていた。


「俺以外にもいるんだな」

懐から投げナイフを取り出し、ディーンは魔法陣を書き換えるために3本のナイフを足元に投擲する。


「なに!」

クライは初めてこの魔法陣攻撃が無効化されたことよりも。


自分と同じスピードで複雑な魔法陣を読み取り、それを最小限の動きで阻止したディーンの知識と技量におどろく。


ディーンは動きの止まったクライの懐に飛び込み、ナイフの柄で腹を殴打すると、同時に盾で突っ込んできた巨漢の騎士をかわした。


「まだまだよ!」

完全にディーンの足が地に着く前に、赤髪の女のレイピアが襲ってきたが。


「アイリーン、逃げろ!」

クライはなんとか息を吸い込み、声を出すのがやっとだった。


「へっ?」


アイリーンと呼ばれた赤髪の女性がおどろいて目を見開く頃には……

放った束縛魔法陣がクライとアイリーンとガルドを縛る。


「解除じゃなくて、術者に逆流するように書き換えたのか」

クライはそう呟くと、歯ぎしりした。


「ああ、わわわ」

残った白い僧侶服の少女、ボニーがディーンを見上げて身震いしたが。


「あんた非戦闘員だろ? ならもう決着だな」


震える少女を見たディーンは、そう言ってクールに微笑み……

踵を返しながらナイフをホルスターに戻す。


「えーい!」

そこに目をつぶってボニーが振り回したメイスがヒットして。


「ぐえっ!」

ディーンはひき潰されたカエルのような悲鳴を上げて吹っ飛んでいった。


メイスには、回復師のボニーが襲われたときに自衛できるようにと……

クライが仕掛けた攻撃魔法が付与されていたが。


「どうしてそこに気付かない?」

自分の拘束魔術で縛られたままのクライは、そいつが天才なのかバカなのか……

判断できなくなり首を捻った。



そして決着に沸く野次馬の中で。

「あら、あたしの負けね。でも面白いショーだったわ」



女はそう言い残すと……

――妖艶な笑みを残しながら、雪夜の暗闇に消えていった。

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