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物語りをつなぐ夜

「マリス・ノヴェルの歌劇は読んだ。

前妻がカルー城戦で亡くなったことも知っている。

しかし戦に出た以上、死を覚悟していなかったわけではないだろう。

確かにお前の言う通り、あの作戦は私が陰で操ったものだ。

だがおかげで大戦は終息し、帝国は復興できた。

蛮族や転神教会に恨みをかっていることは重々承知している。


――さあ、どうする? ディーン・アルペジオよ。


回復を断ってこの場を去ってもかまわんし、他の事が起きても…… 驚きはせん。

ならばそれが私の運命なのだろう。

その程度の覚悟など…… 既に済んでおる」



陛下がギ~ッとなにかをひっかくような音を立てながら、俺に向かって体をズラすと。

金髪が微かに揺れ、碧眼の瞳が鋭く俺を射抜いた。


同時に、ひとりの技術者が置き場所のズレた応用魔法器に近付く。

俺は一度深呼吸をして。


「では陛下、この話を聞いて…… 想像してください」


ゆっくりと腰のアイギスとガロウに手をまわすと。

リリーが俺の震える腕に、そっと手を置いた。


――俺は、本当は何をしたいのか。

もう一度自問自答したが、やはり結論は変わらない。


「なんだ、司祭らしく説教か?」

「まあ、そんなもんです」



俺はクールに微笑んで……

――徐々に魔力を高め始めた、陛下の後ろに立つ男の目を見つめた。



++ ++ ++ ++ ++



「その少女は才能にあふれ美しく、誰もが将来を有望していました。

しかし、人魔による戦の渦に巻き込まれ。


――それはその当時どこにでもある話でしたが。


親や兄弟を失い、ひとりで生きてゆかなくてはならなくなりました。


その少女は持って生まれた才能を努力で伸ばし。

やがて美しい女性として成人します。


才があり、美しさもあり…… 努力家でもあったのですから。


きっと多くの人から愛され。

仲間にも恵まれ、そして……


女性自身も、恋に落ちたことがあったのかもしれません。


ですがその女性にまた不幸が降りかかります。

人魔の戦いは肥大化し、本土へと進行していたのです。


女性はその才と努力してきた能力で、窮地を脱出しようとしましたが。

裏切り者に刺され、致命傷を負います。

徐々に失われてゆく命の炎、助けようとする仲間たち。

――しかし、その想いは届きません」


俺はそこまで話すと、もう一度陛下とその後ろの男を確認し。

手にかけたアイギスとガロウに力を入れる。


「……下僕よ」

心配そうに、小声でリリーが呟いた。


俺は深呼吸をして間を取り。


「どうか想像してください。

その女性が…… まだ幼い心の、志高く無慈悲な。

金髪碧眼の、純粋な人族であったと」


そう言い終わると。

赤いコードに手をかけた男が一瞬怯み、陛下の顔を見下ろした。


俺はガロウを赤いコードの先にある応用魔法器に投擲し。

「喰らえ!」

稼働し始めた魔法陣の力を吸収させ。


「散らせ!」

解呪術式をアイギスに伝えながら、足元の床に突き立てた。


「任せてダーリン!」「了解ですご主人様」

2人の声が脳内に響くと。


ガロウが6連魔法陣の魔力を吸収し、その力を受けたアイギスが、俺の描いた7つ目の五芒星(ペンタグラム)を輝かせた。


やがて魔力が拡散されてゆき。


「……なぜだっ!」

ひとりの男が崩れ落ちるようにひざまずいた。

外れたマスクから見えたその顔は…… 若かりし頃のクライの顔だ。


「強化魔法で、身体を活性化させてたのね…… どーりで姿形が変わっても、魔術が表面化していなかったんだわ。

――それに若くてピチピチだし」


野太いオカマ声が脳内で響いた。

うん、ピチピチ発言は余分だろう。


立ち上がって、倒れたクライを見慈悲に見下ろす陛下に近付き。


「では説教は終わりましたので、回復術をかけます」



マーガの力を借りながら最大の聖力(ホーリー)を引き出し。

――俺は持てる能力の全てを使って、術を施行した。



++ ++ ++ ++ ++



西塔から出ると、初めに話しかけてきたのは……

白銀の髪に黒いマントを着た、20代後半にしか見えない優男だった。


「あれほど言ったのに…… なぜ輪廻を書き換えた。

あの女の命はあのままでも、お前が普通に回復術を施したとしても。

せいぜい数日のものだったのに」


辺りを見回しても人影はない。

――やはりこいつは、帝国の深部にまでもぐり込んでいるんだろう。


「お前の言う陛下の『なさなくてはいけない事』は、既に終わっていたのか」


陛下の話でも、俺から帝国の現状を見ても。

まだまだ政治の安定は遠く感じる。


「今、終わったよ。

あの女の仕事は裏切られた者たちへの罪の償いだ。

何もお前を追っていたのは、ラズロットや闇の王だけじゃない。

俺は復讐がどのような形で終わるのか…… 見届ける必要があった」


その言葉で確信する。


選ばれし男…… ラズロット、ドーン、闇の王。この3人に、名も無き龍の王がそれぞれ争いを止めるための補佐をおくったと、以前リリーが話していた。


人族のラズロットにはリリー。獣族のドーンにはテルマ。


しかし魔族の闇の王に誰をおくったのか、リリーは話さなかった。その理由までは分からないが、この男が古龍の関係者であることは間違いないだろう。


「バド・レイナー、それを見届けて…… どうだったんだ?」


「わからん…… だから真意を知るために、わざわざここに来た。

なぜあの女をアームルファムの秘宝の力まで利用して。

生まれつきの病まで治し、完治させたんだ」


やはり帝都城や地下ダンジョンに潜む術式が、アームルファムの秘宝…… タイムマシーンと呼ばれる代物だったんだろう。


クライが仕組んだ魔法陣の力を放出して、帝都城に干渉することで。

俺はなんとか27年の時を行き来することが出来た。


「死んでしまったら、罪を償うことなんてできないだろう。

――これが俺の、復讐なのかもしれない」

苦笑いをもらすと。


「ふん、相変わらずいけ好かないヤツだ」

バドは鼻でフンと笑うと、俺の後ろにいたリリーにチラリと視線を向け。


「これは俺が自分に課した使命だから、好き嫌いは別にして……

――問おう。

ディーン・アルペジオよ。すべての苦難を乗り越え、神へと至る条件を満たした。

3人の種の代表が成せなかった道のりを、お前は歩むか」


「勘弁してくれ…… 何度も言ってるが、俺はただのおっさんだ」

俺がクールにそう答えると。


後ろにいたリリーが息をのみ。

バドはやれやれと言った感じで首を左右に振って。


「この問いはお前で2人目だが……

アームルファムに引き続いて、またフラれるとは思わなかったよ。

――そんなに人気がないのかねえ」

楽しそうに微笑んだ。


神の定義が分からないし、なぜこの男がそんなことを決めるのか。

嘘臭さ満載だったが……


まあ、仮になれたとしても。

そんな仕事は忙しそうで、とても俺じゃあ務まらない。なんせこの司祭職ですら、いっぱいいっぱいなんだから。


バド・レイナーはマントをひるがえし、俺の目を覗き込むように見つめ。


「そう言えば、結婚すると聞いたが」

ニヤリと笑った。


「ああ、そのつもりだ」

俺がそう答えると、バドはもう一度後ろにいるリリーを見て。


「仕方ない…… 娘をたのむよ。

今は天神どもの目をたぶらかすために力を押さえ、こんな姿をしているが。

――いずれ、正式に挨拶に行こう」


徐々に霧へと変わり…… 夏の日の午後の風に乗って。

何処かへ行ってしまった。


「えーっと、お父さん?」

振り返ってリリーに聞くと。


「う、うむー。秘密にしろと言われておったんじゃ」

申し訳なさそうに小声で呟き、顔を伏せた。



俺は青すぎる空を見上げながら……

――深く、ため息をひとつもらした。



++ ++ ++ ++ ++



リリーの話に合わせながら、そこまで思い返していたら。

ロバートが俺に向かって。


「それで陛下とクライ様はその後どうなったんですか?」

心配そうに、聞いてきた。


俺はロバートの頭をなぜ。

「人間なかなかすぐには変わることが出来ない。

だが、お互いの目標が重なると…… 少しずつ分かり合う事はできる。


陛下が考える帝国の在り方と、クライの考える幸せな世界は違うものかもしれないが。

人々が平和に暮らす世をつくりたいという思いは、同じだったんだろう。


2人は…… 時には反発したり、時には協力したり。


表に裏に、いろんな活動を続けて……

帝国に『貴族院』と同等の、平民の代表からなる『民主院』をつくり。

議会制政治に乗り出した。


あいつには政治の才能もあったんだろう。今の帝国の宰相…… 実質のトップの名は。

――クライ・フォルクス。

俺の親友で、ロバートが帝都にいる間…… 養父をかって出てくれた男だ」


そう話すとロバートは安心したように微笑んで、大きなあくびをした。


「うむ、明日も早くから移動せねばならない。ロバートよ、今日はこれまでとしよう」


リリーがそう言うと、ロバートはコクリと頷いて。

自分のテントに歩いて行った。


あいた隣の場所に、ローラがストンと腰を下ろして。


「ねえ、あたしたちが探していたのは…… あの子で間違いないの」

ボインとその大きな胸を押し付けて来た。


「3年一緒に旅を続けたが、確信は深まるばかりだ。

それなら、クライの協力を得て。

あの子が覚醒する前に…… 俺たちは天神たちの真意を探り出さなきゃいけない」


「まあまあ、そうなるとまた忙しくなっちゃいますね」

対抗するように、反対側に座ったケイトもボインと胸を押し付けて来た。


大きすぎる山脈に挟まれ、身動きが取れないでいると。


「うむー、主殿よ。

そうなると、子は…… 子作りはおろそかになるのか?」

目の前に座っているリリーがモジモジとそう言う。


うん、そのセリフだけで破壊力満点だね。

――さすが伝説の古龍だ。


「イザベラもルウルも子供がいるし、ナタリーなんて3人も。

メリーザなんか子供出来ないって言ってたのに2人よ。

ジュリーを入れたら、3人じゃない。

ねえ、どうしてあたしたちだけ子に恵まれないのかしら」


ローラがそう言うと、ケイトもリリーも俺をにらんだ。


「努力が足りないんじゃないでしょうか?」

ケイトが可愛らしく首を捻り。


「そ、そうか。そう言うものなのか……」

リリーがさらにモジモジとしていると。


「そうね、きっとそうだわ。

じゃあ、ディーンの男意気を見せてもらわなきゃ!」


ローラが俺の腕をつかんで、自分のテントに歩き出した。

その後を、ニコニコと笑いながらケイトがついてきて。さらにその後ろにリリーが恥ずかしそうについてくる。


「えーっと…… 4人で?」

俺が心配になって、そう聞くと。


「回復術を使えば何とでもなるでしょ」


そう言ってローラがにこやかに笑い。ケイトが頬に手を当てて、顔を赤らめ。リリーがさらにモジモジしたが。


誰も反対意見を出さない。



俺は、物語りをつなぐ夜にふさわしい星空を眺めながら……

――クールに苦笑いをもらした。





THE END






【あとがきにかえて】


ここまでお読みいただきありがとうございました。

ディーンの物語は、いったんここで終わりとなります。


元々3部作を予定していたんですが、2部までをディーンを主人公として。

3部目からは、最後に出て来たロバートを主人公とした新作で書くことにしました。


現在こちらは別作品として連載中です。

同じ世界ですが、主人公も違い時間もズレているので、

どちらから読んでも(あるいは片方だけ読んでも)

分かる形で、新作として連載しています。


もし、興味がありましたら下記のリンクをクリックして下さい。


作品の内容以外で、多くを語ることが苦手なので。

この辺りで余談は終了させていただきます。

(すいません、あとがきにすらなってませんね……)


それでは。

この作品を読んでいただいた方、

応援してくれた方、


深く深く、感謝とお礼申し上げます <(_ _)>





【2018年11月28日 追記】

連載しておりました

「最凶と恐れられた陰の大魔導士が、こっそり学園に通うのは迷惑なんだろうか?」

が、無事一段落いたしました。

明日上記作品の最終話を更新します。


そこで、この作品を再開することを決めました。

続きとなる第一話を明日更新します。

まずは閑話として、ディーン以外の人物のアフターストーリーとなります。



引き続き応援いただけると幸いです。

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