幸あらんことを、永久に
俺が最近白髪の増えて来たあごひげを撫ぜながら、そこまで語ると。
「お師匠様! それで…… その後どうなったんですか?」
隣に座っていた少年が、瞳を輝かせながら見上げて来た。
たきぎの炎は消えかけているし、星の傾きから考えても、もう良い時間だ。
「ロバート、帝都に着くまでにもう1日砂漠を超えなくちゃいけない。
……今日は早めに寝て、続きは明日の晩だな」
笑ってそう答えると。
少年は不服そうに頬を膨らませた。
「主殿よ、それではロバートがかわいそうじゃ。
よしよし、我がその続きを話してやろう。
――クライとの再会の話は、そこで終わりじゃし。
その場には我も同席しておったからな!」
俺の旅に同行している妻のひとりがそう言って微笑む。
姿は15~16歳にしか見えないが、この中では1番の年長だ。
「龍姫様、ホント!」
喜ぶ少年に向かって。
「でもその前に、ちゃんと全部食べちゃってくださいね。
まだお皿のお肉が残ってます。
ロバートくんは、ファストラビットは嫌いなのかな」
ローブの下にシスター服を着た、赤髪の女性がロバートをたしなめた。
野営の料理を片付けながら、ボインと大きな胸を揺らす姿に、少年の顔が赤らむ。
彼女も20歳ぐらいにしか見えないが。
闇族の能力がすっかり制御できるようになって以来、その容姿が変わらないだけで。実年齢はもっと上だ。
しかしケイトも出会った頃に比べて、年々見た目のエロさはパワーアップしているし。リリーも、その神秘的な美しさに磨きがかかっている。
この2人を妻だと紹介すると…… だいたい非難の目を集める。
「えっ、帝都であったあの事件の結末? その話は、ちゃんと聞いてないんだ。
リリーせっかくだからあたしにも教えてよ!」
レイピアを腰に下げた、ビキニアーマーの上にローブを羽織った女性が、話を聞き付けて寄ってきた。
「ローラよ、警備はせんで良いのか?」
リリーがそう聞くと。
「一応当番だから、その辺うろついてるんだけど……
いったいこの戦力の何をどう守れって言うのよ。
魔族軍の一個師団が攻めてきたって、ビクともしないんじゃない?
ロバートも最近じゃあ、戦力として申し分ないし」
こちらは同じ赤髪でもシスターより明るく、ウエーブがかかっていて。
特徴的なツリ目がどこか攻撃的だ。
シスターと同じく、20歳ぐらいにしか見えない美女だが。
やはり実年齢はそれよりも上。
シスター・ケイトより大きな胸と、引き締まった肢体は人目を集めるが……
リリーやケイトと違って、その性格のせいか。
ローラを妻だと紹介しても、さほど羨ましがられないのがせめてもの救いだ。
今はこの3人の妻と、訳あって預かったひとりの少年と共に旅をしていて。
他の妻たちは…… 街で子供を育てたり、自分の仕事に精を出している。
「よしよし、では我が今宵の語り部を引き継ごう!
あれは……」
リリーが語りだしたから、俺はたきぎに新しいマキを継ぎ足し。
あの頃を思い出しながら……
――満天の夜空を見上げた。
++ ++ ++ ++ ++
第16代クラブマン帝国、皇帝ソフィア・クラブマン。
父である第15代皇帝が9年前に病気で崩御すると、若干14歳で皇帝となる。
兄であったルード・クラブマンとの政権争いの噂もあったが。
父である先代皇帝が死去する数か月前に、肥大化する人魔大戦の影響で、魔族に殺されている。
無能王と言われた先代皇帝の死も。その無能さを継いでいると言われた兄の死も。
現皇帝ソフィア・クラブマンの手による暗殺だとか。彼女を支持する政権内の誰かによる暗殺だとか。
――いろいろな憶測をよんだが。
就任わずか1年で、3年以上続いて泥沼化していた第2次人魔大戦を終結し。
腐敗した貴族の多くを追放し、実力のある者を率先して昇格させ。
歴代初の女性宰相であるバリオッデ氏を政治の中心に起き、数々の経済政策を成功させて、一気に帝国を復活させた手腕は民衆にも人気が高く。
暗殺の噂すらかすんでいるのが現状だ。
戦争終結後、8年。現在23歳の皇帝は……
――国内外にその絶対的な権力と実力を誇示し続けている。
キュービに連れられて向かった場所は、帝都城の西塔。
通称『御苑』と呼ばれる、皇族のみが入る事を許される庭の奥に立つ建物だった。
御苑の前では、南壁騎士団の猛者が数人警備に立ち。
……その奥には、カイエルが庭を眺めるように佇んでいる。
庭は小さな池を中心に、帝国内の様々な植物が手入れされた状態で。箱庭のようにひとつの世界を模していた。
「ディーンか…… ここに来たということは。
――いや、いい。お前は自分が正しいと思ったことをしろ」
カイエルは俺の前に立つとジッと目を覗き込んで。疲れたようにそう呟くと、ゆっくりと道を開けた。
キュービと俺と、その後ろにリリーがついて行くと。
「そう言えば再婚したんだってな、相手は……」
カイエルがポツリとそうもらした。
「う、うむ! 我がその妻じゃ」
リリーがカイエルに向かって、ぺったんこの胸を張った。
カイエルは少しおどろいたようだが。
「ふむ」と、頷くと。
「どうか…… こいつが幸せになれるよう、添い遂げてくれ」
2メイルの巨漢を優雅に動かして、膝をつき。騎士としての最敬礼をリリーに向かって行った。
「任せておけ。
……我はいつ何時もディーン・アルペジオの妻として、最善を尽くす」
2人はお互いの顔を確認するようにしばらく見合うと。
何かを確信したように頷き合い、無言で歩き出した。
御苑を抜けて西塔の前までくると、キュービが俺たちを振り返り。
「ここから先は、2人で行って。それが陛下の希望なの」
柔らかく微笑むと。
「リリーちゃん、お願いね。
それから…… 陛下の現状を見ておどろくかも知れないけど。
――後は2人に任せるから」
リリーの肩をポンと叩いて、来た道を引き返していった。
西塔の前では、白衣と呼ばれる応用魔法医療の仕事服を着た、痩せた男がひとり立っていて。俺たちを確認すると、軽く会釈をして塔の中に入って行った。
2人でその男を追いかると。
静かな塔の中には、人の気配は無く。白い壁に3人の歩く足音だけが反射した。
俺はマーガの力を借りながら塔内の魔術様式を探索した。
……少しでも違和感を感じたら、それを脳内にマッピングしてゆく。
相手はあの最凶最悪とうたわれた魔導士だ。
小さな見落としが、致命傷になってもおかしくない。
額に流れる汗をぬぐいとると…… リリーが無言で手を握ってきた。
「大丈夫だ、本番は陛下にお会いしてからだからな」
なんとか笑顔をつくって、リリーを見ると。
「うむ」と、心配そうに小さく頷く。
やがて白衣の男が、廊下の突き当りにあった部屋のドアを開け……
――俺は、その光景に思わず息をのんだ。
++ ++ ++ ++ ++
6メイル四方のその部屋には、中央に大きなベッドが1台。
その周りを大型の魔法機器や、なにに使用しているのか見ただけでは理解できない、応用魔法医療器がズラリと囲んでいる。
その技術者だと思われる白衣の男が3人、緊張した面持ちで俺たちを見た。
機器につながれた幾本ものチューブやコードが、ベッドに集まり。
その上で寝かされている、つぎはぎの人形のような肢体に接続されていた。
天井には大型の通信魔法板が何台もぶら下がっていて。
各種情報がリアルタイムで把握できるようになっている。
コツコツコツと3回、通信機を通して陛下と話した時と同じ、なにかを叩く音が響く。
……それは、彼女が首を傾ける音だった。
「良く来てくれた、まずは礼を言おう」
口調は以前話した時と同じだったが、その声音は……
まったく違うものだった。
――声色を変える魔術は、自信があると言っていたが。
あの時の全ての声が、まさか魔術によって変換されていたとは…… さすがに想像していなかった。
リリーが膝を折り頭を下げるまで、俺は呆然としていたが。
なんとか我にかえって、俺も同じように膝を折る。
「下等なる人族の皇帝に、改まって頭なぞ下げんでもいいだろう。
龍姫リリー・グランドとその下僕とやら。
ああいや、先ほど耳にしたが…… 2人は結婚したのか。
なら、こんな姿で申し訳ないが、祝福を述べよう。
――幸あらんことを、永久に願う。
まずは面を上げろ」
その声にリリーと2人で顔を上げると。
ベッドに横たわる年老いた姿の女性は……
――嬉しそうに、しわくちゃの顔を歪めて微笑んだ。




