ただのおっさんなんだが、自称伝説の古龍(美少女)にからまれて困っている
リリーは、初めて会った頃の12~13歳ぐらいの姿に変わっていた。
膨らんだりしぼんだり。あれはあれで、意外と忙しいそうだ。
着ている服も、その頃良く着ていたミニスカートタイプの修道服で。
「どうしたリリー」
俺がなんとか声をかけると。
リリーはグズグズと鼻をすすった後、意を決したように頷いてから。
キュービが座っていた椅子まで歩み寄り、チョコンと腰かけた。
「下僕よ…… その、まず誤解をしておるようじゃから。
――我の話をちゃんと聞いてほしい」
寝たまま、首をリリーに向かってひねると。
つるつるとした膝小僧が2つ、目の前にあって。
その真ん中まで見えそうになり、俺は思わず上を向いた。
うーん、今まであいつの…… ガキの姿のパンツには興味がなかったが。
俺は『ろりこん』になってしまったんだろうか?
微妙な不安が頭をよぎったが。
「あの時ラズロットに駆け寄ったのはじゃな…… あやつに今までの礼と。
その…… ちゃんと結婚したから、安心せいと。これから、幸せになると。
――報告をしたんじゃ」
俺がその話に頷くと。
「あ、あ、愛しておるのはお主だけじゃ。
それは、そう気付いた時から一度も揺らいでおらんし。これからも変わらん。
アイギスもガロウも、マーガも同じ思いじゃろう。
ヤツらも我と同じ事をゆうておった」
リリーはもじもじしながら、小声でそう言った。
俺は表情を見られたくなくって……
ついついリリーの反対側へ、寝返りをする。
「お主は我とラズロットの仲を疑っておるようじゃが……
――そう言う関係ではなかった。
ほ、ホントじゃぞ。信用できんのなら、アイギスやガロウに聞いてみるがよい」
俺が動けなくなると、リリーは何を考えたのか。
さらに早口でしゃべり出し。
「この2日間、キュービといろいろと話す機会があって……
その、なんじゃ。倒れたラズロットに駆け寄った事などを怒られたのじゃ。
我はお主が変な誤解なぞせんと信用しておったが、キュービが言うには。
男には変なプライドがあるから、せめて一声かけてから行くべきじゃったと。
そ、それにじゃ……
――なぜかまたこのような姿になってしまって。
キュービはそんなこと問題ないと笑うのじゃが。
ほら、お主はデカい胸が好きじゃろう。
キュービも、エロシスターも…… 聞けば、お主の前の妻も。
その……」
俺はそこまで聞いて、しかたなくもう一度寝返りをして。
リリーの龍力を探った。
それは…… やはり出会った頃のように弱々しいものだったが。
何かが足りないのではなくて、上手く制御できている感じだった。
俺は安心して。
「確かにデカい胸は正義だが…… 女の価値はそこじゃない」
誤解が無いよう、そう言っておく。
「許してくれるか?」
真っ赤な顔を困ったように傾げるリリーを、俺は……
少し悩んでから、抱き寄せると。
もう『ろりこん』でいいや…… と。
――心の中で、深いため息をついた。
++ ++ ++ ++ ++
リリーの話では。
「ラズロットは、もう一度自分を見直すと言っておった。
その言葉に、クライは頷いて……回復魔法をかけると。
――あの封印箱を受け取って。
『これで、あとひとりだ』と呟いてな。ラズロットを逃がしたのじゃ」
俺が倒れた後、そうなったらしい。
クライの言葉も気になるが…… ラズロットは自分探しの旅に出たのか。
――もう、なんかいろいろと痛いな。
もっと優しくしとけばよかった。
「それからラズロットから、これを受け取った。
なんでも…… 我が父、龍の王より授かった『聖人の証』らしい。
お主にわたしてほしいと言っておった。
――我もそんな話を聞いたのは初めてじゃし、見たのも初めてじゃが。
確かにこの石には、親父殿の龍力が込められておる」
リリーがシスター服のポケットから、小石を取り出す。
いっけんただの汚れた石ころだが……
とんでもない力が秘められていることは、マーガを通さなくても。
ヒリヒリと皮膚で感じることが出来た。
「リリー、そいつは俺が受け取るわけにはいかない。
お前が預かっててくれ」
俺の言葉にリリーは首を捻ったが。
「まあ、主がそう言うのなら」
自分のポケットにしまい込んでくれた。
「それで…… クライはどこにいるんだ?」
「お主をここに運び込んで以来、とんと見かけん。
あやつは器用じゃから、我の龍力もかいくぐってしまう。
――何度か探したんじゃが。
まったく、どこへ行ったのか」
「リリー、お前は陛下の居場所を知ってるのか?」
心配になって、聞いてみると。
「キュービの話では、それを知っておるのは……
宰相と、南壁騎士団の団長と、キュービと。
体調管理をしておる神学院の研究者数人だけだそうじゃ。
そいつらも普段は身を隠しておるそうでな。
――我もまだ知らん」
なら『あとひとり』に、まだたどり着いていないかもしれない。
俺が悩み始めると……
「どうしたのじゃ?」
リリーが心配そうにのぞき込んできた。
「……『復讐せねば夜は明けない』マリスの書いた歌劇の台詞だが。
あいつの夜はどうしたら明けるんだろうと。
ふと、そう思ってな。
――やっぱりここでオチオチ寝てる訳にはいかないようだ。
リリー、キュービを呼んで来てくれ」
俺が苦笑いしながらそう言うと。
「のう、下僕よ。以前から気になっておったんじゃが。
主はよく『復讐は何も生まない』といっておるが。
その裏切り者への……
恨みはもうないのか?」
更に顔を近付けて、心配そうに呟く。
「ああ、復讐は何も生まない。それは事実で、身に染みて何度も体験して…… そのせいだろう。もう、恨みもなにも全部擦り切れちまった」
リリーは悲し気に顔を歪めると。
――俺の右眉にそっと触れた。
「ラズロットも……勇者や他の連中も。
どうやら俺のことを聖人だと思い込んでるようだが、勘弁してほしい。
初めから言ってる通り、俺はただのおっさんだよ。
ただ、自称伝説の古龍にからまれて困っているだけだ」
リリーはなんとか笑顔をつくると。一度コクリと頷いて。
「ではキュービを呼んでくる」
椅子から飛び降りて、部屋を出て行った。
足音が遠ざかるのを確認して。
「マーガ…… その箱をどうするつもりだ」
脳内で語りかけると。
「ディーンちゃんの好きにしていいわよ」
ため息まじりのオカマ声が響いて来た。
「助かるよ、こいつを渡したい男がいるんだが。
――構わないか?」
しばらく考えるような間があいて。
「ええ、任せるわ」
そう答えが返ってきた。
マーガの了解を得てから、アイギスとガロウにも確認を取る。
「マーガ、アイギス、ガロウ。
この復讐劇を終わらせるための、最後の大仕事に付き合ってくれ。
相手は、俺が知りうる限り……
――もっとも強大な敵なんだが」
その言葉に、椅子の上の2本のナイフが微かに揺れ。
「了解ですわ、ご主人様」「オッケー、ダーリン」
可愛らしい声が聞こえ、続いて野太いオカマ声で。
「わかったわ」
返事が返ってくる。
俺はクールにため息をつくと。
天井を眺めながら、カルー城戦の出来事を頭の中で整理する。
8年前のあの時。
俺たち募集を受けて集まった冒険者や、傭兵を生業とする雇われ兵たちは、前線基地のカルー城にいた。
転神教会の聖騎士たちが魔族軍と共に反旗を翻し、城内を攻め始めた時に……
正規軍はカルー城後方の砦に常駐していた。
その時正規軍の総指揮を執っていたのが、南壁騎士団長のカイエルだ。
その後裏切りの汚名を受けて斬首された若い将校は、俺たち雇われ兵を捨てて、カルー城を真っ先に逃げ出し。
カルー城が落ちた後……
たまたま遠征から帰還途中の帝国東方軍と、下がっていた南軍が魔族軍を挟み撃ちにして。そこで魔族軍の主力部隊が衰退し、長く続いた人魔大戦が終結する引き金になった。
今考えると、あの時東方軍はなぜあんな遠回りになるルートを通って帰還したのか。裏切り行為がダンフィル卿に化けた闇の王の仕業だとしても……
――その後に利益を受けたのは。
転神教会に汚名を着せて、聖国を衰退させた帝国だし。
雇われ兵は全滅したが、正規軍は大きなダメージを受けなかった。
なぜ陛下は帝都決戦で大きな負傷をしたのか。
それをひた隠しにした理由は。
……そして、その介護をなぜ神学院の連中が行っているのか。
「なあ、クライ…… お前は何をつかんだんだ」
俺はカチリとはまってしまった裏切りの謎に。
今までの人生で一番クールな笑みを浮かべて……
――ゆっくりと、ベッドから立ち上がった。




