言い訳が必要
「玉砕覚悟の無謀な突撃かい?
……キミらしくないな。もっとクレバーな男だと思ていたよ」
冷ややかな笑みをもらすラズロットは、手にした杖をゆっくりと俺に向けた。
その構えは、どこかセーテン老師に似ている。
「棒術…… 賢者会流の」
――俺が思わず声をあげると。
「もう気付いているんだろう。
僕はこの封印箱に納めた、バケモノたちの能力を引き出すことが出来るんだ。
初代大賢者、ドーン・ギウスから得た知識とこの棒術は、なかなか便利だよ」
ラズロットは長い銀髪を揺らしながら楽しそうに笑った。
「お前は、ドーンまで封印していたのか」
「どうしても意見が合わなかったからね。
――賢者だなんだともてはやされても、所詮は下等な獣族だ。
彼には未来を見通すほどの能力は無かった」
杖を利用した棒術の先制をかわしながら、なんとか懐に飛び込むと。
死角の左側に体をズラされて、ラズロットが視界から消えた。
勘を頼りに、死角の中央にナイフを振り下ろすと。
腹部にドスンと衝撃波が返ってくる。
弾き飛ばされながら受け身を取って、ラズロットを見上げると。
「後ろの魔術師はなかなか器用だね。
今のタイミングで防御魔法を間に合わせるなんて…… そんなの初めて見たよ。
しかし、闇の王を封印したのは正解だった。
今の軽い衝撃波で、この効力だからね。
――知能は低いが、さすが悪しき存在だ。防御魔法ごしなのに、キミの体が既に腐り始めている」
ラズロットの言葉に、自分の左腹部を確認すると……
徐々にただれのようなものが広がっていた。
やはり力押しの正面突破が効く相手じゃない。
どうやって切り返そうか……
そして今までの会話に含まれる違和感と。
この中途半端な攻撃……
何かがどうしても引っ掛かる。
なんとか左で握ったナイフを投擲するが、力が入らず…… ラズロットの手前でストンと落ちてしまう。クライの仕掛けてくれた起爆術式が稼働して、ラズロットと俺の間で砂混じりの爆発が起き……
――気付いてくれ!
その瞬間を利用して、クライに指でサインを送る。
「さすが闇の王と自称する男だね。
本当はもう少し出力を上げたかったが…… いまだ箱の中で抵抗している。
でもそれも、時間の問題だ。
――いくら苦しみもがいても、ドーンのようにもうしばらくしたら。
意識も無くなり、僕の従順なエネルギーに変わるよ」
砂煙が去ると、ラズロットは俺に向かってまた杖を向けた。
チャンスは…… やつが俺たちを見下して今のように余裕を見せている間に、どこまで策をハメれるかだ。
そしてこの違和感の正体が、俺の想像通りなら……
俺が新しいナイフを抜こうとホルスターに手をかけると。
アイギスとガロウが、ゆらりと揺れた。
「お前の言う『神』とは、時の輪廻を操作し…… 絶対的な力と、永遠の命を得ることなのか?」
時間稼ぎと違和感の正体を探るために、ラズロットに話しかける。
「確かにそれもあるよ。
人族は優れた種族だが、一部の獣族や魔族に比べて寿命が短すぎる。
それに今の世はゆがみが多すぎて、根本的な解決が必要だ。
――それを成すためには、輪廻の操作と永遠の命は必要不可欠だろう」
ヤツは嬉しそうに語り出した。
「そのために、転生者も利用したのか」
「それも、知っていたんだね。
転生者をよんだのは、キミたちがなかなか僕の呼びかけに気付いてくれなかったからだよ。移転魔術が理解できそうな人材を過去から探して、定期的にこの時間軸に引き入れたのは…… アームルファムが隠した『秘宝』を探させるためだったんだが。
何人よんでも、力を与えても。
バカなことをするだけで……
結局キミが探し当てるまで、何ともならなかったんだけどね」
ラズロットが得意げにしゃべり出したおかげで、クライに向けた長いサインが終わる。
このサインの内容と俺の意図を、あいつなら理解できるだろうと待っていると。
後ろから足音が響き。
「な、ん、と、か、し、て、や、る、が
お、ま、え、の
た、い、りょ、く、は
も、つ、の、か
も、う、わ、か、く、な、い、の、だ、ぞ」
そう返ってきた。
うん、それを全部足音の符丁にして返す必要があるのか?
――特に後半は、いらん世話だ。
「なあ、ラズロット。
3重構造の五芒星は、サイクロンの教会にもペンタゴニアにも存在していたが……
あれは、古代文明が設計したタイムマシーンのものなんだろう。
やはりそれを利用して、転生者をよんだり。
――封印箱をつくったりしていたのか」
「あの構造の真の目的が理解できたのは。
――僕とキミだけだね。
そう考えると、用済みになったとはいえ……
キミを殺すのは、もったいなく感じるよ」
ラズロットは白々しいため息をつくと、再度俺に向かって杖を構えなおした。
「そうでもないさ。
あの封印箱を解錠した時に、俺はその才能に敬意を表したんだが。
お前がただの泥棒猫のパクリ野郎だとわかって。
ボコボコに殴り倒せるって、安心したところだ」
後ろから「カーン」という景気の良い足音が聞こえてきた。
第2ラウンドのゴングにはちょうど良い。
俺はそのクライの『完了』の符丁を耳にすると同時に……
――腰を落として、もう一度ラズロットに向かって走り出した。
++ ++ ++ ++ ++
俺がラズロットと肉薄すると同時に、クライが5つのアイスジャベリンを発射した。
ラズロットが杖に魔力を溜めて、それを打ち落とそうとしたが。
「あまい!」
俺が体当たり気味にナイフでアタックをすると。
「ちっ」
ラズロットは杖を俺に向けて、ナイフを砕いた。
パリンとガラスが砕けるような音と同時に、2の手で杖の足払いが襲ってきたが。
「もうそれは、見た!」
俺はジャンプしてそれを避け、そのまま回し蹴りを放つ。
ヤツはそれをギリギリで避けたが……
なんとかかすったようで、ラズロットの頬に薄っすらと血の線が浮き出た。
棒術もタツジンの域だが…… セーテン老師やジャスミン先生ほどのキレと奥深さがない。
また俺の、見えなくなった左目の死角に隠れたが。
微かな気配に向けて、魔術をキャンセルさせるためにナイフを投擲すると。
パリンとナイフが粉砕される音がする。
「くそっ」
そしてラズロットが距離を取る音が聞こえてきた。
気配の方向に顔を向けると、悔しがるラズロットの顔が拝める。
魔術の腕も…… クライやフレッド先生のような、正確性や精密さもない。
ただの借り物の知識や技術や力押しでしかないが。
「だが、何度そんなものを繰り返しても。
――致命傷にはならないだろう」
ラズロットの言う通り。
一瞬にして回復するし、その力の源は無尽蔵だ。
しかも俺は、初めに当てられた魔術のせいで左腕がだんだん上がらなくなってきたし。
クライの指摘通り…… 体力的にもかなりきつい。
ナイフを砕かれながらも、何度もアタックを繰り返し。
それでもヤツに攻撃を繰り返した。
そして……
ラズロットを囲むように刺さった、アイスジャベリンの位置を確認し。
既に埋められてしまった、リリーとクライがばらまいた魔法石の位置を思い出し。
砕け散ったナイフに埋め込まれていた、魔法石を見ながら。
3重の逆五芒星の完成を計算する。
その15,625通りの可能性が、まるで踊る龍のように俺の頭の中を支配してゆく。
「あと少しだ」
俺がもう一度立ち上がって、残りのナイフの数を確認すると。
「あはっ! そう言うことか……
まさかあんな複雑な術式を、こんな場所で再現するなんて。
闇の王がキミに手を焼いたのが頷けるよ。
しかしこれじゃあ、出力が足りなくて僕を封印できないだろうし。
――キミの体力も、もう尽きる頃だね」
ラズロットは散らばったナイフの魔法石と、自分を囲むように立つアイスジャベリンを見て微笑んだ。
そして杖を持った右手を俺に向け。
その先に、闇の王が得意とした衝撃波を集結させる。
俺が相打ち覚悟で、最後のナイフを投擲しようとしたら……
「うむー、下僕よ!」
リリーが叫びながら、ラズロットに向かってブレスを発射した。
「待ってたよ……」
それに合わせるように、ラズロットはあいた左手で封印箱を取り出す。
その時の、ラズロットの揺れた視線に。
違和感の正体…… いや、男の勘がチクリと俺の胸を刺した。
「くそっ!」
封印箱に吸い込まれるように引き寄せられるリリーを、俺はとっさに抱き留める。
しかしその力は強く……
今の残された体力では、ユニークスキルの『アンティーク・ウィスパー』も発動できない。
せめてリリーだけでも助かればと、体を入れ替えると。
腰のアイギスとガロウがもう一度揺れ、左目の視界が戻り。
回復魔術が発動して…… 俺の傷の修復と、体力の回復が行われた。
「ディーンちゃん、土壇場まで悩んじゃってごめんね。
なんかもう目が覚めたわ!
闇の王は、あんなどうしょもない男だけど…… 誰かのエネルギーがわりに使われるようじゃあ、可愛そうよ。
そうね、ラズロットから闇の王が閉じ込められた箱を奪い返すのが条件で。
あなたに加勢するわ…… どう?」
マーガにも、なんらかの言い訳が必要なんだろう。
俺が心の中で苦笑いすると。
「ご主人様、その…… そもそもあたしは、龍姫様の護衛でしたので。この状態では、ラズロット様に反抗するしかなさそうです」「あっ! アイギス、ナイス言い訳。ダーリンそうゆうことだから、あたいも加勢するねっ!」
アイギスとガロウの賑やかな声も聞こえてきた。
寸前まで迫った封印箱に。
「壊れろ!」
アンティーク・ウィスパーを唱え。
リリーを放して、腰のアイギスとガロウを魔法陣に足りない場所へ投擲する。
「まったく悪あがきを、そんな事したって……」
そしてラズロットが追った目線の先に、リリーがいることを確認する。
ああ、間違いない…… この歪んだ男の性根から、まず叩き直さなきゃダメだ。
ラズロットの顔面に、俺はこん身の右ストレートをぶち込む。
「これで魔術封印術式は完成だ。
さすがにお前を閉じ込めるほどの術式は組めなかったが……
――魔力を無効化する『場』は、なんとかなった。
こっからは男同士の素手での殴り合いだ!」
そう言って、大きく深呼吸してから……
――俺はクールにファイティング・ポーズをとった。




