たったひとつの冴えないやりかた 3
扉を抜けると、そこは左右が黒い岩肌に挟まれた地下に向かう石段だった。
俺がそこへ足を踏み入れると同時に。
「この迷宮はランダムに僕が形を変えてるんだ。
――制御の都合上、こんな形で案内しかできないけど。
闇の王が討伐できたら迷宮を解除するから、帰り道は心配しないで」
俺の目の前に饅頭があらわれて、薄く輝き。勇者の似顔絵のパクパクと口を動かしながら、しゃべり出した。
「いや、助かるよ」
俺はそう言って、饅頭が照らし出した迷宮を確認する。
幅1メイル程の石段は、下に向かって見えなくなるまで続いていて。時折、複数に分岐している。どんな仕掛けか分からないが、いちど降りたはずの石段がまたあらわれたりもした。
フラフラと宙をさ迷うように揺れる、饅頭を追いかけながら。
確かに助かるんだが、なんだが間が抜けすぎている今の状況に。
もっと他に方法はなかったのかと……
――俺は心の中で、小さくため息をついた。
「そろそろだね……」
石段を100以上降り、分岐を幾つか曲がると。
その美味しそうな饅頭のイラストが、そう呟いた。
目の前には、高さ3メイル、幅2メイル程の大きな扉がある。
「この扉の向こうか?」
「そうだね、でも突然エンカウントすることはないと思う。
相手も動いてるからね。
――それから、この扉の中の空間軸は歪んでるから。
投げたナイフが真っ直ぐ飛ばないかもしれない。交戦の時は気をつけて」
そこまで話すと饅頭は光を失い、ぽとりと地面に落ちる。
俺はそいつをどうするか悩んでから、懐にしまい込んだ。
食べ物を粗末にするのは性に合わないし…… 非常食ぐらいにはなるかもしれないと思ったからだ。
そして装備の確認をしてから、ガロウとアイギスを抜くと。
「やあダーリン、おめでとう! こんな場所だけど、お祝いを述べてみたり?」
「ご主人様、お幸せになってください! ああ、でもあたしたちのことも忘れないで下さい」
相変わらず妙な言葉が頭の中で響いた。
「……お前らなに言ってんだ」
俺がとりあえず突っ込んでおくと。
「結婚のお祝いじゃないか、ダーリン! 龍姫様を幸せにしてね」
「そうですわ! 龍姫様はご苦労の連続で、今まで一度もご結婚もなさらなかったんですから」
2人から抗議の声が上がった。
「その事か…… とりあえず今は目の前の敵に集中したい。
まあ、結婚うんぬんは。 ――後で考えるよ」
俺が言葉をにごすようにそう呟いたら。
「えー、ダーリン微妙に逃げてない?」「そうですわよ、ご主人様! こういうことはしっかりとしなくちゃダメですからね」と、2人に怒られてしまった。
「わかったよ、俺もちゃんとするつもりだ」
扉の構造を確認しながら、耳を寄せると。
微かに風の流れるような音が聞こえてくる。
「じゃあ輝かしい未来に向けてがんばろー!」
「ですね、ご主人様! なんかいろいろとあと少しって感じですから」
「そうだな、頼むぞ」
俺が適当に相づちを打って扉を少し背で押し、中を覗いていると。
「あと、ダーリンごめんね! 先に謝っとく」
「わたしも、その…… 申し訳ありません」
「なんのことだ?」
「まーほら、ダーリンもちゃんとするって言ったし!」
「龍姫様も、ご主人さまが怒ったら説得してくれるっておっしゃいましたし」
握っていたアイギスとガロウが、輝き初め……
「お、おう下僕よ。こ、こんな所で偶然じゃな!」
光の中からリリーがひょっこりとあらわれた。
今回はちゃんと服を着ていたから、少し安心して。
俺は一度扉を閉めると。
「なにが偶然なのかさっぱりわからん」
一応問いただしてみた。
「むー! しかしじゃな、お主がピンチになったら助けに行くと約束したはずじゃし! そ、それにじゃ」
リリーはそう言うとうつむいて。
「我の力が必要なんじゃろう? ふ、夫婦とは包み隠さずお互いに信用し、支え合うものじゃ」
身体の前で腕をすり合わせながら、そう答えた。
うーん、その体型でそうされると……
修道服に詰め込まれた、大きな胸がムニュムニュと凄い事になってるんだが。
まあ、夫婦の在り方にも少し異論があったが。
「しかたがないな。俺としては大人しくしててほしかったんだが……
確かにいてくれると助かる。でも、無理をしないでくれ」
そう言って、リリーの頭をポンと叩くと。
リリーはニコリと笑って顔をあげた。
あー、こんな素直なやつだったっけ?
「うむー! では2人で突入じゃな。で、主はどのような考えなんじゃ?
先ほど『なぞなぞと鬼ごっこ』と言っておったが……」
リリーがいなければ…… 俺の推測をもとに闇の王を追い詰め、徐々にその謎を追求するつもりだったが。こうなったら、それもできない。
勇者の迷宮は、いちど入ったら闇の王を倒すまで、出てゆくことができない仕様になってそうだし。
「言葉の通りだよ。
なぞなぞは、アームルファムが仕掛けた『謎』に対する答え探しだ。
そしてその答をもとに……
鬼ごっこは、この迷宮で本当の『鬼』をあぶり出す事だ」
俺がそう言ったら、リリーは不思議そうに首を傾げた。
だからその姿でそれをすると、妙に可愛いんだが。
――まあ、これはしかたがないのか?
しかしこうなったら、直接リリーから聞くしかないだろう。
どうせ俺の動きを見てればバレる話だし。
「闇の王がしていた、時空間移動魔法の隠ぺい。人造人間技術への執着。古代遺跡から、中途半端なタイムマシーンと呼ばれる応用魔法機器の出土。
そして…… アームルファムの書の謎と、彼の行動。
――これは全部つながっている。
まずはこの謎を解かなくちゃ、解決の糸口はつかめない」
「う、うむ…… そうか! で、それはなんのことじゃ?」
リリーは理解しているのか、してないのか……
まあ、あの安心のアホ面は、たぶん後者なんだな。
「これは俺の予想も混じってて、まだ仮説なんだが。
時間移動魔法に消費する魔力は、バカみたいにたくさん必要だ。例えばリリーひとり1年後の未来に送ろうとしたら、帝国中の魔術師が全員協力しても、行けるかどうか微妙なほどだ。だから実用性があまりない」
そこまで話すと、リリーはコクンと頷いた。まあ、ここは魔術知識の高いリリーなら理解できる部分だろう。
「なら物そのものを送らずに、情報だけ送って後で復元する。これなら…… やはり莫大な魔力が必要だが、現実味を帯びてくる」
俺がそう付け加えると。
「つまり…… 魂や記憶だけ人から抜き出して、そのタイムマシーンとやらで移動させて。受け取り側で、その情報を人造人間に移し替えるのじゃな。
――しかし、手間ばかり多くて。
別の問題がたくさん起きそうじゃな!」
「だからこの方法も成功したかどうか。 ……ただ、状況証拠ばかりだが。
それに挑戦しようとしていた形跡は沢山ある。
アームルファムの書もそのひとつだし」
「ふむ…… 他にもあるのか?」
「リリー、お前自身が空間移動魔法で、今やったみたいに。
移動したり、封印の『箱』の中に閉じ込められたりしただろう。
それに、ラズロットは今…… 精神体として存在している。
――俺は、これ自体が偶然じゃないと考えてる」
リリーの目を見て、俺は確かめるようにそう言った。
ここはリリーの安全を確保するためにも事前に確認しておきたい。
少し慌てたリリーの態度に俺は確信をもって。
「なあ、リリー。
ラズロットの封印魔法の正体は、時空間魔法。
いや、それを応用した『生命から、その情報を抜き取る』魔術なんだろう?
そして、古龍とは……」
俺がそう言うと。
リリーはその大きな黒い瞳を、さらに大きく見開いて。
「下僕よ……、やはり気付いておったのか」
ポツリとそうもらした。
いつだって、悪い予感はよく当たるし。いい予感は、なかなか訪れてくれない。
呆然と立ち尽くすリリーを……
――どうすればいいかわからず、俺はただゆっくりと抱きしめた。




