永久の誓
ルイーズからの手紙の内容はこうだった。
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親愛なるディーン様へ
クライ隊長は、刺し違えてもダンフィル卿を暗殺する気ではないかと、私たちは考えています。
カルー城戦の黒幕の尻尾をつかんだとも言っていたそうで、その事に関係しているのかもしれません。
あの狼族の少女を含めたクライ隊長の私的な情報捜索員に、極秘でダンフィル卿の背後をあらわせていました。
隊長の背には現在、禁呪の増幅呪文の刺青があります。ライアン副隊長が龍力を駆使し、確認しました。それによると、その増幅回路は1度の使用で命を落とす代わりに、増大な魔力を得ることができるそうです。
また最近、高出力な魔力石が、いくつか軍の倉庫から行方不明になっています。
帳簿操作によって明るみにはなっていませんが、隊長でしか可能でない不正操作でした。
この事はライアン副隊長と私しか知りません。
私たちはクライ隊長を心から尊敬し、心配しています。
どうかお力添えをいただけますでしょうか。
ルイーズ・カーライン
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証拠隠滅のために時間式の魔術がインクに込められていたんだろう。
リリーがそれを読み終わると同時に、手紙は白紙に変わった。
「して、どのようにこれを阻止するつもりじゃ?」
リリーの問いかけに、俺は苦笑いしながら。
「策を練るのは得意じゃないんだ、いつも通り…… 全力で正面突破だな」
そう答えたら、リリーは優しく微笑んでくれた。
その笑顔は、まるで伝説の宗教画のように神秘的で。
いまだ乾かない修道服からわかる体のラインがエロすぎて……
俺はついつい顔をそらしながら、司祭服の上着を脱いでリリーに放り投げた。そろそろ陽動してくれてるシスターたちと合流しないと、いろいろと問題が大きくなりそうで。
やれやれ困ったもんだと……
――俺は、心の中でそう呟いた。
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まだ濡れている修道服のリリーを伴って、白亜宮殿正面入り口に向かって走る。
なんとか司祭服の上着のおかげで、エロさ半減だし。この調子なら、陽動してくれているシスターたちと合流する頃にはリリーの服も乾きそうだ。
「のう下僕よ、さっきから何をちょろちょろこちらを見ておる。
……我に何か不都合でもあるのか?」
どうもリリーは、能力を解放した自分のエロさに自覚が無いようだ。
「なんでもない、それより急ぐぞ! 爆発音が妙に多いのが気がかりだ」
陽動にしては少し派手過ぎるその音は、まるで祭りのようだ。
走る度に揺れるリリーの大きな膨らみから目をそらし、俺がなんとかそう言うと。
「う、うむ。 ――そうか」
リリーは何かに気付いたように司祭服の上着の胸元を合わせ直し、顔を赤らめた。
もう、やりにくくってしかたがない。
「カルー城戦のことは以前リリーにも話したな。
――クライの考え通りダンフィル卿が黒幕だとすると、確かにいろんなことに説明がつく。今回のミリオンの話、闇族がらみのバド・レイナーの件。
それがつながった出来事だとしたら……」
俺はこの微妙な雰囲気をなんとかしたいのと、自分の考えをまとめるために。
一連の出来事の仮説を、リリーに語った。
なにかが引っ掛かって、どうしても違和感がぬぐえないが。
そもそもカルー城戦の裏切り行為…… 魔族軍への寝返りがダンフィル卿の仕業だと仮定すると、確かにつじつまが合ってくる。
まず、カルー城戦が行われた西方戦線の責任者のひとりにダンフィル卿の名がある。これは、戦後俺が何度も調査したから間違いない。しかも冒険者を傭兵として収集し、カルー城戦へ送り込むよう指示したのもやつだ。
ダンフィル卿が頭角をあらわしたのは、9年前。戦中の混乱時に出世したやつは多いから、特別と言う分けじゃないが。その頃から、人が変わったように精力的になったと言われている。
以前は大人しい、アームルファムの信者で。財団とのつながりと金策面の能力を買われた、典型的な事務方の貴族院だったそうだ。
ダンフィル卿がカルー城戦の裏切りの立役者で。
その後ミリオンが話していた人造人間技術を確立して、皇帝陛下を掌握し。
なんらかの形で、闇族とつながりがあるとしたら。
「バド・レイナーは、自分が皇帝陛下を殺したと言っていたが。
そもそもその協力…… いや、指示を出していたのがダンフィル卿なら」
やつの狙いは帝国の乗っ取り。
いや、それだけじゃなくて。ダンフィル卿が、合衆国となって帝国と平和協定を結んだ魔族に反旗を翻しているやつだとしたら……
「違和感だらけで仮説の域を出ないが、今までの事にひとつの道筋が出る」
そこまで言うと、リリーが突然俺の手を引いた。
「どうした?」
俺が立ち止まって、リリーを見ると。
「下僕よ、主は本当に分かっておらんのか?」
珍しく真剣な眼差しで、俺を見つめてきた。
「我は戒めを抜け、初めて人の姿で下僕と会った朝以来、主の心を読んでおらん。
――そう言う約束じゃったからな。
じゃが今までの行動や話から、下僕が何を考えておるのか。
それなりに分かっておるつもりじゃ。
主は気付いておらんようじゃが…… いや、認めたくないのか。
その話の中心はダンフィル卿とやらではない」
そして、そんなことを言ってきた。
「俺がなにか見落としてるのか? なら、教えてくれ」
本人には分からないが、他人から見れば簡単に理解できることは、けっこうある。
そう思い直して、俺が素直にリリーに聞き返すと。
「誰がどう聞いたとしても、その話の中心は下僕じゃ。
子供の頃の賢者会の出来事で、主はあの男にマークされて。
どうやったかまでは知らんが、その後下僕が見つけた人造人間技術も、やつが盗み取ったんじゃろう。
カルー城戦の裏切り行為とやらは、戦中に主を亡き者とするための策だったんじゃ。どう考えてもその方が、納得できる。
そしてこの間の聖国での出来事で、いよいよ本腰をあげてあの男が下僕を追い込んできたのが、今の状態じゃ」
「おいおいリリー、それは買いかぶり過ぎだ。
それじゃあ俺は、世界の悪と戦うヒーローじゃないか」
俺があきれてそう言うと。
リリーはそっと俺に身体を寄せ、腰に手をまわしてきた。
「下僕よ、主は決して悪くない。
例えその事に気付いておったとしても、過去は変わらなかったであろう。
――そして悪いのは全てあの男じゃ。
いつか主が言っておったじゃろう、過去は不可逆で未来は永遠じゃと。
今せねばならんことは、あの男をここで倒す事じゃ。
カルー城で、自分のせいで策にハメられたと感じ、無謀にもやつと刺し違えようと考えておる、あの人の好い主の友人や。
ミリオンと名乗るあの不幸な小娘や。
悲劇に巻き込まれた多くの人々を救えるのは、主だけなのだからな」
俺は今、いったいどんな顔をしているんだろう。
心配そうに見上げるリリーの大きな瞳に映るのは、ただただ狼狽えている、さえないおっさんなんだが。
「それじゃあ、ダンフィル卿の正体は……」
「ここまでくれば、主も感じることができるじゃろう」
リリーが顔を向けたのは、白亜宮殿の方向。
そこからは、確かに聖国で感じたあの男の気配がする。
「やつも下僕の存在に気付いて、正体を隠すのをやめたようじゃな」
リリーの言う事が確かなら。いや、俺がちゃんと自分のあやまちを認めれば。
クライの行動や、ミリオンのまわりくどい行動。
あのバド・レイナーのバカにしたような言動にも納得がいく。
そう、あいつらは知っていて。俺がそれを認めていなかっただけだ。
この悲劇の原因の一端は、バカな俺だ。
リリーはそう言ってくれたが、やつの狙いに俺がもっと早く気付いていれば。アイリーンの命は…… いや、もっと多くの悲劇が事前に防げたかもしれない。
それを、俺は認めたくなかったんだろう。
「なあリリー、こんな情けない男でも…… ついて来てくれるか?」
そんな自分に嫌気がさして、苦笑いしながらそう呟くと。
「ふん、知れたことよ。下僕は出会った頃から情けない男じゃった。
いまさら何を言う!」
リリーは俺を強く抱きしめて、そう言った。
おかげでリリーの大きな胸が、ムニュリと形を変えて俺に押し当てられる。
「まったく、その通りだな…… なら情けない男なりに、全力で頑張ってみるか」
俺の言葉に、リリーは安心したように手を緩めた。
「なら下僕よ、約束じゃ」
「なんだ、また何か買ってほしいものでもあるのか?」
なんとか調子を取り戻して、リリーに軽口を返すと。
「阿呆、そうではない!
協力してやる代わりに、我に誓をたてよ!」
リリーは少しすねたようにそう言った。
「誓? なんだそれは」
「これもいつか下僕が我に言ったことじゃ、たとえなにがあっても自分の命を捨てようとするな。
――必ず我が、主を助ける。良いな!」
聖国で俺が言ったことを、真似るような口調のリリーがおかしくって。
俺の顔に少しだけ笑みが戻った。
「ああ、約束しよう」
「そ、それでは双方この誓をもとに、互いの命を守ると誓うか?」
リリーが真剣な目で問いかけたから。
「誓うよ、リリーの命は俺が必ず守る。
そして俺は決して自分で命を絶とうとしない」
そう言葉にすると。
「永久にか?」
リリーがさらに念を押すように聞いてきた。
「ああ、永久にだ」
俺が笑って答えると。
「うー、うむ! そこまで言うなら。我は主の妻となろう」
リリーは意味不明な事を呟いて、恥ずかしそうにうつむいた。
えーっと、リリー…… 今なんて言った?
俺は一度深呼吸して、考えをまとめる。
リリーは聖国の件で、俺と愛の誓いを交わしたと言っていた。
アレは事故だったとはいえ、まあ俺もしっかり否定していなかったから……
誤解のままなのはしかたがない。
まあ、そこまでは理解できてる。
で、今の誓が…… ああ、そうか……
愛を誓った後、双方で永久の誓を交わすのは、結婚の義だ。古い文献でもそうだったし、転神教会の結婚の義でも、そのスタイルを受け継いでいる。
「いや、しかし……」
うかつだったとは言え、司祭職にある者が…… これじゃあ、言い訳もできない。
どうしたら良いか、俺が慌ててると。
「下僕よ、安心せい。気にしておるのは、エロシスターたちのことじゃろう?
古龍はそもそも一夫多妻じゃし、我もそこまで心は狭くない。
ちゃんと話してくれれば、他に妻のひとりや2人、認めてやらんでもないぞ」
いや、そこは気にする以前の問題なんだが。
「それともひょっとして、下僕は我のことが……」
急に悲しそうな表情をしたリリーに、俺がさらに慌てて。
「そ、そうじゃなくてだな」
ついつい視線を下げると、そこにはムニュリと形を変えて押し付けられているリリーの大きな胸があった。
「そ、そそ、その事じゃな! 我らは番となったんじゃから。
あ、安心せい…… 我は、け、経験は無いが、その。
いい、いつでも、揉むなり吸うなり、す、好きにするが良い」
リリーは、さらに良く分からないことをしゃべり出す。
また、白亜宮殿の方角から爆発音が聞こえてきた。
しかも以前どこかで聞いたことがあるような、ど変態の笑い声まで聞こえてくる。
俺は真っ赤になってもじもじするリリーを見ながら。
刻々と変わりゆく危機的状況に……
――どう対処すればいいのか、深く頭を悩ませた。




