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お前らなにしてるんだ

話し合いが終わって司祭室から皆が出てゆくと、リリーはなにも言わず素知らぬ顔で教会の外に出て。

「うむー、シンラよ。サイクロンの教会まで帰るぞ!」

子ブタにまたがったから、俺はそいつの首根っこを捕まえた。


「こりゃ、な、な、なにをする! げ、下僕の分際で」

ジタバタするリリーを強引に抱き上げ。


「愛を誓い合った仲だろう? そんなに照れないでくれ」

ため息交じりにそう言ったら。


リリーの顔が、真っ赤になった。

失言だったと後悔してたら…… ブスリと何かが俺のケツに刺さる。


ああ、やっぱりこのブタは、早めに焼いて食うべきだったと。



俺はクールに自分のケツをさすりながら……

――ついつい先延ばしにした事柄を、深く後悔した。



++ ++ ++ ++ ++



教会の応接室のひとつにリリーと2人で入ると。

無言で奥のソファーに腰かけたリリーが、俺を横目で見ながらそわそわしだした。


「なんじゃ下僕よ! 我になにか文句でもあるのか」

その言葉には力がなく、何かを探っているようで。まるで俺がリリーを叱っているような気になってしまった。


ソファーの横でリリーを心配そうに見上げる子ブタを見ると。

さらに俺が悪者のような気がしてならない。


「文句など無い、ただ…… ちゃんと話をしないといけないと思っていて。

――ズルズルとここまで来てしまったからな」

俺が反省しながら向かいのソファーに腰を据えると、リリーはフンと鼻を鳴らし。


「では何が言いたいのじゃ!」

突き放すようにそう言ってきた。


改めてそう言われると…… 話し合いをしなくちゃとは思ってたけど。

――俺はリリーになにを言いたかったのか?

自分で自分のことが分からなくなってきて。


「な、なんじゃ? なにを悩んでおる!」

少し涙目でそう訴えるリリーを見て、さらに自分の悩みが深くなる。


こいつは愛の誓いを交わしたと言ったが…… アレはテルマのいたずらの結果だ。

もちろんリリーも分かってるはずだが、それをあんな風に言うなんて。


――それに最近の行動も。


よくよく思い返すと、ドラゴンバスターズの結成も、この変なブタの存在も。俺のことをこいつなりに考えてやってくれているのかもしれない。

事実…… 今回の件でも活躍が大きくて、かなり助かった。


まあ、このブタはいつか焼いて食うが。


「そうだな、まずはちゃんと礼を言いたい。なんだかんだで今回もリリーにずいぶんと助けられた」

俺が素直にそう言うと。


ソファーに深く腰掛けたリリーが両膝を抱え、モジモジとして。

「ふ、ふん! 下僕のピンチを救うのも、我の責任のひとつじゃ。

気にするほどのことでもない」

照れくさそうにそう呟いた。


あらためてリリーを見ると。

紫のじゃーじに白い『てぃーしゃつ』と呼ばれる上着を羽織っているが。夏用に生地が薄いのだろうか?

そのせいで、最近少し女性らしくなってきた体のラインがハッキリとわかり。


腰までのサラサラと流れる艶やかなストレートの黒髪に、芸術的な彫刻のように整った目鼻立ちが……


宗教画(イコン)に描かれる神秘さと、躍動感あふれる若々しさが織り交じって。

ため息が出るほど美しい。


まあ、言動が残念すぎるのと。ずっと近くにいたせいでなれてしまったのが大きいが。もうガキじゃなくて立派な美少女に変貌していることを、再認識させられた。


「そう言ってもらえると助かるが……

リリー、どうやら俺はお前に甘えてたようで。今まで聖国で起きたことをうやむやにしていた。さっきのお前の言葉を聞いて、ちゃんと話し合わなくちゃと思ったんだが」

そう言うと、リリーは上目使いに俺をにらみながら。


「そ、そうか。で、下僕はどうしたいのじゃ」

ポツリとそう呟いた。


そう、問題はそこだ。いったい俺はどうしたいのか?


「あれはテルマのいたずらだが…… 俺にも責任はあるんだろう。お前が腹を立てているなら、素直に謝りたい」


「は、腹など立てておらん! そうではなくて、そのー。げ、下僕はその事についてどう思っておるのじゃ?」


あれからリリーと話し合うために、古龍の伝承を記した書物を読み漁った。

どうやら古龍は男児の出生率が極めて低いようで、名も無き龍の王以外に伝承に登場する男の龍は、1体しかいない。


また伝承が確かなら、古龍は一夫多妻の種族でもある。


それでも種自体の数も少ないため、多くの女性古龍は他種とも結婚していたようで。新龍のルーツや竜人族のルーツはどうやらその辺りにありそうだ。


そうなるとリリーが人族と結婚しても何の不思議も無いし。せっかく封印から解放され、真実の扉の問題も解決したのだから。


「俺としてはリリーが協力してくれるのは助かる。さっきの打ち合わせでも話したが、明日決行する帝都城襲撃も、正直お前の力が頼りな部分がある。

だが、いつまでも甘えてばかりでは……

――リリーの自由を邪魔しているようで、申し訳ない。

だから俺としては…… それが気がかりで」


いつまでも俺にかまってなくて、もっと好きに生きた方が良いんじゃないかと。

そう思うこともある。


「……自由、なにを言っておるんじゃ?」

不思議そうに首をかしげるリリーに。


「サイクロンでお前と出会ってから、なし崩し的に俺に付き合ってもらって。今まで多くのトラブルに巻き込んじまった。

本当にお前がしたい事の邪魔をしてないか…… それが心配なんだ」


そう…… ラズロットは、完全に消滅した訳じゃない。

今は意識体だけだと言っていたが、ヤツは伝説の聖人だ。

方法を探せば、また肉体を伴って復活することも可能ではないのだろうか。


その事を言葉にしようとして…… 俺は戸惑ってしまった。

――胸が痛んだような気がしたのは、なぜだろう。


「ふん、煮え切らん男め! 言いたいことがあるのなら、ハッキリせい!

我のことが嫌いなのか? そ、それとも……」

徐々に声が小さくなったリリーを、俺はかばうように。


「嫌いだなんてことは、決してない」

とっさにそう言って、自分でおどろいてしまった。


「じゃ、じゃあ……」


漆黒の瞳を大きく見開いたリリーに、ふと次の言葉をかけようとして……

――ガタリと音をたてて揺れた、応接室の入り口を2人で見つめる。


俺がため息をもらして立ち上がると、リリーがぷくりと頬を膨らませた。

足音を殺してドアに近付き、ゆっくりと開けると。


「きゃあ!」「あっ、こらケイト押さないで!」

「もー、いいとこだったのに……」


シスター・ケイトとナタリー司教がなだれ込み。

その後ろでマリスが真剣な顔でメモを取っていた。


「お前らなにしてるんだ?」

俺の質問に、3人はそろって。

「あはははは」っと、微妙な笑みをこぼした。


まったく、こんなんで大丈夫なんだろうか? この教会は。



俺は自分のことを棚に上げて……

――もう一度クールに、ため息をもらした。



++ ++ ++ ++ ++



シスター・ケイトにも引き留められ、リリーは帝都の教会で泊まることになり。

全員で夕食をしながらもう一度明日の計画を確認した。


帝都の教会はサイクロンとは違って温泉が湧くわけではないので、湯船はひとつしかない。

女性陣が風呂から上がるまで俺は待つことになり。せっかくなのでその時間を利用して、俺は神殿に足を運んだ。


「この教会には世話になってるが…… ここに来るのは初めてか」


本殿とは別棟に作られたこの神殿は、直径20メイル程の円形の建物で。天井には、大きく宗教画(イコン)が描かれていた。


「これは『聖人誕生』だな」


俺はそれを見上げながら、今までの考えをまとめる。


ミリオンが言っていた今回の件を裏で操っているのは、間違いなくダンフィル卿だ。ヤツの目的が転神教会の排除や帝国での権力の維持だけならいいが。


「どこかきな臭さが残る」


手が込みすぎていて真の目的が今ひとつ見えないし。

クライが絡んでいるのならカルー城の出来事にも、ダンフィル卿が1枚かんでいる可能性が高い。

そしてバド・レイナーの動きも。


「今回のミリオンの件とは、無関係じゃないだろう」

注意が必要だ。


天井の宗教画(イコン)の中央では生まれたばかりのラズロットが、聖母に抱きかかえられ。神々の祝福を受けていた。


伝承では彼の生まれに諸説はあるが、辺境の裕福な貴族か当時の大商人の家の生まれだと考えられている。


「やっぱり…… 俺とはずいぶん違うな」


戦争で襲撃された村から奇跡的に生き残った人々が、俺を連れて近くの賢者会に助けを求めたのが一番古い記憶で。

――正直、両親の顔も覚えていない。


俺の年齢じゃあそんなヤツは珍しくないから、いまさらな話だが。

「そう言えば、アイリーンも同じだって言ってたな」


初めて彼女にあった時、意気投合して酔っぱらって、お互いの不幸自慢をしたのをよく覚えている。


「なあ、アイリーン…… 俺は幸せを求めてもいいんだろうか?」

リリーのことやラズロットのこと。そしてアイリーンのことを思い出すと、ついついそんな考えが頭をよぎってしまう。


俺はさっき応接室で……

シスターたちがなだれ込んでこなければ、リリーになんと答えたんだろう。


そこまで考えたら、苦笑いが浮こぼれた。


「ああ、ディーン様! ここにいらしたんですね。あたしたちもうお風呂から出ましたから」


その声に振り向くと。例のきゃみそーるに短いスカートを穿いたシスター・ケイトが近付いてくる。


「ありがとう、じゃあ俺も風呂に入るとするか」

俺が笑みを向けると、シスター・ケイトも少し笑って。


「考え事をなさってたんですか?」

寄り添うように隣に並んで、天井を見上げる。


「まあいろいろと、考えなきゃいけない事が増えたんでね」

なにげなく俺も、もう一度天井を見上げた。


「リリー様はきっとディーン様のことが心配なんですね。放っておくとドンドン他人のために無理をなされて、ちっとも自分のことを考えないんですから」


ムニュリと俺の腕に、なにか大きなふくらみがぶつかってきたが。


「無理なんかしていないんだけどな。やりたいことを、やれるように頑張ってるだけだ」

まずは彼女の言葉に反論した。


「そうなんですか? ならちょっと嬉しいです。初めてお会いした時にあたしを助けてくれたのも、じゃあやりたいことだったんですね」


俺が視線を降ろしてシスターの顔を見ると。彼女は俺の腕を絡めるようにして、さらに密着してきた。情熱的な赤い髪から石鹸の香りが漂ってくる。


もうその胸の谷間にホールドされた左腕を、どうやって解除したらいいのか分からないんだが……


「どうなんだろうな?

あれもシスター・フェークにだまされたような気がしてならないが」


よくよく考えると、すべての元凶が…… あの女なんじゃないのだろうか。

俺がとぼけてそう答えたら。シスターは俺の頭上をチラリと確認して。


「意地悪なんですね」

少しすねたようにそう言って。


「でもあたし、ディーン様のそんな不器用なところも大好きです」

俺の腰にゆっくりと手をまわしてきた。


ああ、これはシスターの能力の暴走だろうと、マーガを呼び出そうとしたら。


「ディーンちゃん、ケイトちゃんはちゃんと能力を制御下に置いてるから安心してね! お邪魔虫は意識を閉じて退散するから、後はまかせたわよーん♡」


野太いオカマ声が脳内で響いて、左目の能力が通常視力を残して完全に消失した。


俺の胸に合わさったシスターの大きな双丘ごしに、トクントクンと彼女の心臓の響きが伝わってくる。


どうしたら良いのか、いよいよ思案に暮れていると。シスター・ケイトが少し垂れ目の大きな瞳を、ゆっくりと閉じた。


それと同時に、神殿の入り口がガタリと揺れる。


俺がため息をもらしてシスターから離れると、彼女は可愛らしくぷくりと頬を膨らませた。

足音を殺してドアに近付き、ゆっくりと開けると。


「うぎゃあ!」「あっ、リリー様! お、押さないで」

「もー、いいとこだったのに……」


リリーとナタリー司教がなだれ込み。

その後ろでマリスが真剣な顔でメモを取っていた。


「お前らなにしてるんだ?」

俺の質問に、3人はそろって。

「あはははは」っと、微妙な笑みをこぼした。


まったく、こんなんで大丈夫なんだろうか? この教会は。

まあ、ある意味安心の仕様なんだが。



俺は自分のことを棚に上げて……

――もう一度クールに、ため息をもらした。

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