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愛の誓?

ミリオンたちを見送った後、俺はナタリー司教たちと司祭室に集まった。


同席したのは、真夜中の福音のジェシカ。今回の事件の中心人物のひとり、マリス。それとシスター・ケイトとリリー。


バド・レイナーの真意を確かめるためと、今後の帝国に対する動きを確認するために。最小限のメンバーで話し合いたかったので、こうしたが……


帝都教会の司祭室には、ズラリと美女が並び。むせかえるような女性特有の香と、夏の蒸し暑さが充満していた。


――なんでこうなったんだろう? 謎でしかたがない。


「あのー、お茶です」

ナタリー司教の助手として勤めているサラが、皆の前に冷えたグラスを置くと、一礼して退室した。


俺の隣に座ったシスター・ケイトが、例の『きゃみそーる』の胸元を暑苦しそうに引っ張り、パタパタと手で扇ぎながら。


「ディーン様、なんだかこうやって女性ばかり集まると修道女時代を思い出します」と、少し嬉しそうに呟いた。


もう、なんかいろいろ見えそうで困るんだが……


俺がそこからなんとか目をそらすと、反対側に座っていたリリーににらまれ。さらにその向こう側に座っているジェシカと目が合うと。


彼女はサラから借りた胸元がブカブカの転神教会の修道服の襟首を、申し訳なさそうにのぞき込んで、俺に苦笑を返した。

切れ長のパープルアイが怪しく揺れ、襟元を引っ張ったせいではだけた胸元が……

――妙にエロいんだが。


「あ、の、ね、ディーン司祭! いったいなに考えてんだか……

まあ良いわ、変に切羽詰まった感じよりは、ましかもしれないわね」


ナタリー司教はそう言いながら、ややツリ目の整ったブルーアイを、冷ややかに俺に向けた。 ――暑さのせいだろうか?


その後、おもむろに司教服の上着を脱いで、腰までの銀髪を軽く手で払い。背筋を伸ばすように座り直すと、軽く胸を張る。


その体のサイズにぴったりと合った薄手の白シャツは…… ナタリー司教の形の良い隠れ巨乳を、ボインと目立たせた。


マリスはそれまでの流れを確認するように眺めた後。

楽しそうに栗色の髪をふわりと揺らしながら。


「ディーンは年をとっても、やっぱりディーンなのね…… なんだかもう、今までなにをしていたか想像がついたわ。

――それで、肝心の本命さんは誰なのかしら?」

からかうように、その年齢不詳の美しい顔をほころばせた。


以前から疑ってたが、こいつの化粧は絶対高度な魔術に違いない。


俺が、マリスに反論しようとしたら。

「う、うむ、大変遺憾なんじゃが…… そ、それは我じゃな。

あれじゃ、その、下僕とは既に…… あ、あ、愛の誓いを交わしておる」

リリーが隣でポツリとそうもらし、顔を真っ赤にして縮こまった。


愛の誓? うーん、それはいったい何の冗談なんだと考え込んで。

――聖国での出来事に気付いた。


しかし、テルマにハメられてキスをしただけで……


そう言えばリリーが封印される前の時代。

高貴な人々の間では、そんな風習もあったと…… 何かの文献で見たような気が。


慌ててリリーの顔を見ると、恥ずかしそうにうつむいて、俺から視線を外した。

くそっ、不覚にも萌えてしまったじゃないか!


俺がリリーになんと言ったらいいか、困っていたら。

シスター・ケイトが俺とリリーの頭の上を何度も確認して、安心したように「ふーっ」と、ため息をもらし。

ナタリー司教が何かを確かめるように、そのブルーアイを輝かせた。


……2人ともなにを真剣に能力を使ってるんだと、突っ込みたくなったが。

まあ俺の潔白? が晴れるのなら、それでもいいのかと思い直した。


マリスがその年齢不詳な妖艶な顔で。

「あらあら、そうなの。

――可愛らしいお嬢さん、こいつバカだからいろいろと大変よ」

ニコリと笑いながら、リリーにそう言った。


リリーはそんなマリスを見上げて。

「う、うむ、わかっておる……」また、ポツリとそう呟く。


やっぱりこいつとは、一度ちゃんと話をしなくちゃいけなかったと、深く後悔したが。今はそんな場合じゃないはずだ。


「お、おい! それより話し合いを進めよう。

ここでお互いの情報を確認しないと、今後大変なことになるぞ」

俺が誤魔化すようにそう言うと。


「そうみたいね、ディーン司祭。

ちゃんと確認し合わないと、いろいろ誤解が生まれそうだわ」


ナタリー司教が、俺に向かって冷ややかにそう言った。

俺は冷たい女性陣からの視線に耐えながら、なんとかお茶を口にしたが。



サラが淹れたせいか、リリーの発言のせいか……

――ぜんぜん味が感じられなかった。



++ ++ ++ ++ ++



マリスの話によると、キュービからの手紙を見て。

「帝国のダンフィル卿と財団、それから神学院が臭いって、そう思ったの。だからゴシップを集めるときに使ってた情報屋に話をして、その辺りを探らせたのよ」

彼女は自分の信頼できる仲間に協力を仰いだそうだ。


そして、藪を突いたマリスに蛇が訪ねてくる。


「いくつか情報が集まりかけてきた頃に……

ふとあたしの屋敷に、バド・レイナーと名乗る男があらわれたの」


その男は、このままではマリスの命も危ないこと。

そしてある条件を飲めばマリスたちを助け、キュービの情報も渡すと。

交渉を持ち掛けてきた。


「それが今回の、あの屋敷の件なのか?」

俺が聞き返すと、マリスは頷いて。


「これでもあたし、人を見る目には自信があるのよ。

それにその条件で困るのは、ディーン…… あなただけだしね」

そう言って、面白そうに微笑んだ。


バド・レイナーの出した条件とは。マリスの屋敷を借りて俺を試すこと。その代わり、屋敷に攻めてくる帝国や財団の戦闘員を含めたすべての人の命を奪わない。


そして避難していたエマやジュリーに危害が加わらないよう、安全な場所に移す。

そんな内容だった。


「ちょっと信じれない話だったけど、彼を紹介してくれた情報屋はあたしが一番信用している人間だったし。

なにより彼は、あたしに対してウソをつかなかった。少なくともあたしはそう信じてるわ。

彼女たちのような特殊な能力はないけど、女の勘だってバカにできないのよ」

マリスはそう言って、シスター・ケイトとナタリー司教に笑顔を向けた。


2人がおどろいた顔をしたから、マリスには能力の話はしていないのだろう。きっと、さっきのやり取りで、なにか感じたのかもしれない。


――ジャスミン先生も言ってたけど、女の勘は、どうやら本当に侮れないようだ。


「確かに俺は大迷惑だったが…… マリスの判断のおかげで、誰も死人がでなかったんだから、そこまでは良しとしとこう」

まあこの際ボディービルのポーズの件は、忘れてやっても良い。


「ここからが問題なんだが、そこまでして、ヤツは俺の何を試したかったんだ?」

だが、最大の謎が残ったままだ。


「さあ? あたしには何も言ってなかったけど…… その辺は、他のお嬢様方が詳しいんじゃないかしら」

マリスがとぼけたように、ナタリー司教に視線を移すと。


「マリスさんやさっきの陛下…… えーっと、ミリオンさんで良いかしら。

の、お話を総合すると。ディーン司祭がアームルファムの秘宝かどうか確認したかったんじゃないかと」

バツが悪そうに、ナタリー司教はそう答えた。


バド・レイナーも言っていたが、そのアームルファムの秘宝とは。

人造人間技術のことなんじゃ? 何かがどこかで、ズレているような。

俺が首をかしげていると。


「どうもマリスさんは気付いてるみたいだし。

転神教会の極秘情報のひとつなんだけど…… そうね、変に隠し立てして被害が増えるよりましね」

ナタリー司教は、ため息をひとつついて。


「あたしたち『真贋の巫女』は、素質を見込まれた修道女が特別な修行を受けて。それを習得したものだけがそう名乗れるのよ。

その修行の中に、2つの禁書の暗記があるの。

ひとつは『聖国王の言葉』と言われる、代々の聖国王が書かれた、真贋の見分けかた。そして、もうひとつがアームルファムの『秘宝の書』なの」

ゆっくりと確かめるように、そう言った。


その言葉に、ジェシカがおどろく。

「その書は、紛失したと…… いや我々財団内でも、存在しないと考えている物の方が多い。 ――まさか本当に実在するのか?」


「そうねジェシカさん、おどろくのも当然ね。その事実は、転神教会が今もなお極秘にしているから。

聖ラズロットの死後、『真実の扉』の研究を受け継いだのが……

――アームルファムなの。

その内容は、この世の真実。

ディーン司祭が公開した、異世界と呼ばれるものが実は古代文明であること。

さらに古代文明と、今を結び付けることが可能な方法……

その条件が詳細に書かれていて。

人造人間(ホムンクルス)の元となる技術も、条件のひとつなの。

――だからあながちバド・レイナーが言ったことも、ウソじゃないのよ。

そしてその書によれば、真の聖人復活が最大の条件なんだから。

まあ、現実味のかけらもないと…… 今までは思っていたわ」


ナタリー司教はそこまで一気にしゃべると、静かにお茶を口にして。

そして、困ったように顔をゆがめた。


――やはりあのお茶には、味が無いのだろう。


「しかしそれじゃあ、バド・レイナーはその書の内容を知ってたことになる。

それともやはり、別の狙いがあるのか……」


絡まりかけた思考を戻すために、ナタリー司教に問いかけると。


「秘宝の書が聖国の最高機密のひとつになった理由は、その内容の過激さと…… その書はアームルファムと、もうひとりの人物によって書かれた共著だったからよ」

ナタリー司教は、ほとんどお茶を飲まないまま、グラスをテーブルに戻し。


そして、ひとつ息を吸い込んだ後。

「その共著者の名前は、バド・レイナーと言うのよ」

しっかりとそう言った。


しかしそれにおどろいたのは、俺とジェシカだけだった。


マリスはあの口ぶりからすると、どこかでそれに近い情報を仕入れていたかもしれないし。シスター・ケイトは、この教会に来たバド・レイナーと会っているから。直接それっぽい話を聞いたか、能力でなにかを感じたのかもしれない。


リリーはどうしておどろかなかったのか?


時系列から考えると、ラズロットに封印されたリリーは、その後に起こった「秘宝の書」の作成を知るすべはなかったはずだし。

その後、バド・レイナーと直接会うこともなかったはずだ。俺が不思議に思いリリーの顔をのぞき込むと。アホの子はまた、照れたようにそっぽを向いた。


うん、こいつ絶対真面目に話を聞いてなかったな!

まあしかし、リリーの件も重要案件だと。



俺はため息交じりに……

――味のよくわからないお茶を、喉に流し込んだ。

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