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えっ、いや、その……

俺は屋敷の玄関先で、開錠棒を握りしめたまま深い眠りから覚めた。


隣では、あられもない格好でスースーと寝息を立てるリリーと。やっぱりどう見ても子ブタにしか見えない謎の生物がひっくり返っている。


「おいリリー、大丈夫か?」

起き上がってリリーの肩を揺らすと。


「んん…… なんじゃ下僕よ。うむー、なぜ我はここで寝ておる?」


寝ぼけ眼をこすりながら、そう聞いてきくる。

俺はブタを蹴飛ばしながら、マーガと迷い込んだ森の話を説明した。


「そうか…… バド・レイナーとガンリウが絡んでおったのか」

まだ眠たいようで、リリーは「ふわーっ」と唸りながら大きなあくびをした。


そのしぐさが妙に萌えるから、俺は思わず目をそらしてしまった……

――このままでは、危険な何かに目覚めてしまうような気が。


「やはり、あいつらのことを知ってるのか?」

マーガやアイギスたちの口ぶりから、なんとなく想像はついたが。


「詳細は後で説明しよう。それより……

我は、なーんか下僕に対して違和感を覚えるんじゃが?」


「まだその2人が仕掛けた魔術の影響が抜けてないんじゃないか」

俺がそう言って、屋敷の扉の開錠を始めると。


「いやそーじゃなくてじゃな! こう…… 下僕の下半身的な意味で?」

可愛らしく首をひねるリリーと目が合うと、なぜか背筋に冷たいものが走る。


「そんな事より早く屋敷の中を確認して、帝都の教会へ急ごう。

シスターや、ジュリーたちのことが心配だ」

俺は妙な切迫感に襲われながら、リリーに向かってクールにそう呟いた。


しかし……


真夜中の福音のメンバーをおこし始めた辺りで、彼女たちの表情を見たリリーの頬がふくれはじめ。ルージュと言うやけに色っぽい少女に、涙ながらに抱きしめられたあたりで、リリーが無口になり。


特殊部隊の女性たちをおこしたところで、子ブタの角が俺のケツに刺さった。



まったく、そっちの方向にも目覚めてしまったら……

――どうしてくれるんだ。



++ ++ ++ ++ ++



「まあリリー様、とっても可愛らしい子ブタさんですね!」

バーニィ隊長たちと約束を交わし、屋敷で別れ。リリーと子ブタを連れて教会に戻ると。シスター・ケイトは満面の笑みで出迎えてくれて、そう言った。


「エロシスター、こいつはユニコーンじゃ!」

リリーがそう言っても、ブタはシスターの大きな胸を見上げて嬉しそうにブヒブヒ唸るだけだった。


うん、間違いない。

やはりこいつはただのエロブタだ、いつか焼いて食おう。


「それよりも、さっきまでバド・レイナーって名乗る人が来てて。

ディーン司祭にこれを渡してくれって。

それから、マリスさんたちは教会の応接室で待ってるわよ」


俺は不審そうな顔のナタリー司教から手紙を預かると。

急いでリリーを連れて、応接室に移動した。


室内には、申し訳なさそうな顔のマリスと、不安そうな顔のジュリー。

そして相変わらず表情が読めないエマがいた。

みな大人しそうに、縮こまって座っていたが。


「なあ、どうしてお前がここにいるんだ?」

そいつは最奥部でふんぞり返って座っていたから、ついつい口調が荒くなってしまった。


「あたしがいなきゃ、話が進まないと思ってね。

――これでも忙しい身なんだ。

ディーン、そんな所で突っ立ってないで早くこちらに来い」

そしてそいつは、深々とかぶっていたローブのフードを払いのけた。


きらびやかな金髪が揺れ、碧眼の大きな瞳と、整った美しい顔があらわになる。

町娘姿の皇帝陛下…… いや、ミリオンが嬉しそうにそうに笑った。


俺とリリーが空いていた椅子に座ると。

「ヤツとはもう話をしたか? 諜報員から連絡を受けて急いでここまで来たが、入れ違いになってしまった」

ミリオンはそう言って、俺の目を強くにらんだ。


ヤツとはバド・レイナーで間違いないだろう。

「ああ」

俺はその目を見つめ返しながら、ゆっくりと頷いた。


「なら単刀直入に言おう、延命魔術装置に入っている陛下のお命が危ない。

そしてその命の炎が消えれば、ダミーであるあたしの命も消える。

他にスペアもない…… これは帝国の危機にかかわる問題だ」


その言葉に、マリスもエマもおどろきはしなかった。ということは…… この事実を知ってたんだろう。

ちょうど俺の隣にいたジュリーだけは、所在なさげにキョロキョロしていたから。何が起きているのか把握できていないのかもしれない。


俺はジュリーの頭をなぜ。

「まったく、こんなまわりくどい事をして…… そんな大切なことは、素直にもっと早く言え!」

できるだけ気持ちを押さえてそう言ったが。


「そう怒るな、ディーン・アルペジオ!

先ほども言ったように、事は帝国の行く末を左右しかねん問題だ。我等とて、ただ手をこまねいていた訳でもない。 ――陛下の命をお守りできる確証が取れるまで、時間がかかっただけだ」


その態度と言葉に、俺はやはり感情をあらわにしてしまった。

「なら…… お前の命が危険なんだろう!

俺が怒っているのは、例えお前が陛下じゃなかったとしても、人造人間(ホムンクルス)だったとしても。そんなことは関係なく……」


そこまで言ったら、俺の怒気におどろいたジュリーが不安そうに見上げてきた。そして震える俺の手を、そっと握りしめる。


「すまない、ジュリー」

そう呟くと、リリーが。


「下僕よ、まずは落ち着け」

心配そうに俺を見る。


まったくこいつらに心配されるようじゃ、俺もまだまだだ。

気持ちを落ち着けるために、大きく息を吸って、ミリオンを見ると。


「ああ、やっぱりディーンは、ディーンなんだな」


少し困ったような、嬉しいような、そんな顔色で。

ミリオンはポツリとそうもらすと、また感情を隠すような表情に戻り。


「と、とにかくだ! 帝国の危機を救うために、陛下の御前まで来い」

上から目線でそう言った。


「だから言ったろう。そんなもの関係なく、お前のために行くと」


俺があきれてそう言うと。

ミリオンはそわそわしながら「えっ、いや、その……」と、小声で呟いた。

そしてなぜか顔を赤らめ、モジモジし出す。

安っぽい麻の白シャツを盛り上げる、大きなふたつの膨らみが、それに合わせてムニュムニュと形を変えた。


いったいなにをしてるんだと、その膨らみを眺めていたら。

リリーの目がだんだん険しくなり……

――ジュリーが握る俺の手も、しびれてきた。


なあジュリー、それ以上力を入れたら俺の指の骨が折れると思うんだが。

力持ちなのは嬉しいが、その…… 加減ってのがあるだろう?


「しかし、俺はいったいそこで何をすればいいんだ?」

やっとジュリーが放してくれた手をさすりながら、そう聞くと。


「バド・レイナーからは、いったいどこまで話を聞いたんだ?」

ミリオンに、逆に質問されてしまった。


「ヤツとは確かに話をしたが、途中で交渉が決裂してしまってな。陛下のことやアームルファムの秘宝がどうのと言っていたが…… どこまで本当のことか」


その後のことは…… まあ、秘密にしておこう。

あの技は、永遠に闇に葬りたいからな。


「なら、情報の確認が必要か。

まず話の通り、陛下は延命魔法装置の中にいる。大戦中に負った怪我が原因で、外を出歩くことはできないが、最近までは意識もしっかりとしておられた。

そして陛下の怪我を治す唯一の手段、アームルファムの秘宝。ディーン、君の能力の覚醒が確認された。だからこうして、あたしから直接話をしに来た」


俺はその話を聞きながら。



やはりヤツは大ウソつきだったと……

――心の中でクールにため息をついた。



++ ++ ++ ++ ++



ミリオンはその後、諸事情で俺の指名手配が解除できないこと。陛下の容態は緊急ではないが、できれば近日中になんとかしたいこと。



その2点を告げると、迎えに来た馬車に足早に乗り込む。


俺はその馬車で、素知らぬ顔で御者台に腰かけている阿呆の襟首を引っ張った。

「おいクライ、ずいぶんと冷たいじゃないか。

あの勇者の結婚式以来なのに、挨拶も無しか?」

ため息まじりにそう言うと。


「なんだディーン、珍しいな。お前がかまってほしがるなんて」

つれない言葉が返ってきた。

やはり俺は、友達を選ぶのに失敗したようだ。


「アームルファムの秘宝だとか、聖人だとか。ああ後、帝国転覆を目論む賊だとか。たくさん濡れ衣を着せていただいたおかげで、少し寂しがり屋になったのかもしれない」

クライがどこまで関与しているか知りたくて、かまをかけてみると。


「全部濡れ衣じゃないだろう。お前が気にくわないんなら、おひさまの下で堂々と乾かせばいい。それには、ちょうどいい季節だ」

クライはそう言って、昼下がりの空を仰いだ。


つまり、アームルファムの秘宝が俺の能力だと言われていること。

そして、聖人復活と言われていることも、今きせられている汚名も。

――知っているが、自分でなんとかしろってことか。


俺も照り付ける日差しを眺めながら。

「まったく…… 確かに、この暑さなら早く乾きそうだな。

そうだ、以前話したと思うが…… キュービはなかなかの美女だろう? 彼女にそろそろ会いに行くと、伝えておいてくれ」

つれない友人にそう言うと。


クライは少しおどろいた後、ニヤリと笑って。


「さて、なんのことだ?」

白々しくそう言って、馬に鞭を入れた。


走り去る馬車を眺めながら、その素直過ぎる友人の態度に。



やっぱりあいつに諜報活動は向いてないんじゃないかと……

――心の底から、心配になった。

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