第4章 3幕 12 後悔 愛 野望
(やってしまった。)
男は激しく後悔していた。感情に任せ、最高議長の娘に拷問染みた、いや拷問など生ぬるい所業を犯してしまった。
脚を縦に斬り、綺麗に開いた断面を小突き、悶絶する女を横目にすかさずポーションをかける。ポーションで回復する範囲は自身が恐らくこの世界で一番詳しい自信があったが、こんな所で役に立つとは。
(これでは、父と何も変わらないじゃないか。それよりも、ラティナだ。よりによって、あの子にこんな悍ましいモノを見せてしまった。しかも、堂々と許可までして。最低だ。)
娘は、自身が母を除き男が世界で最も愛した妻。その妻との間に生まれた、この世界でどんな物よりも大切な存在だった。そんな、娘を虐げ、笑い者にし、あまつさえ自分を恐れ、自らの復讐と自尊心を満たす為だけに、可愛い娘を穢した女を許せなかった。
だが、女を逆上させたのは自身の傲慢さが招いた事。何より、いつでも笑って迎えてくれる娘の姿に浮かれ、この子がどんな苦しみを抱えていたのかに気づく事が出来なかった自身の愚かさ故だ。
(すまない、リリス。お前の子を、俺とは似ても似つかない優しい娘を結局俺は守れなかった。いや、もっと酷い。感情に任せ、取り返しのつかない事までやってしまった。もう、娘は以前の娘には戻れない。)
「クソァ!!!」
行き場のない感情を空に向かって吐き捨てる。
「どうする。あの子は俺とは違う、俺のようにならないで欲しい。その一心で育てて来た。俺が今まで、1人で戦ってきたのも、お前と築き上げてきた物も全て俺が、壊してしまった。」
男は後ろで、スースーと寝息を立てる娘を横目に、どうしようもない感情に打ちひしがれていた。
起こさないように、男はゆっくりと自身の愛娘に近づく。
-静寂-によって物理的な音は出ないが、匂いや気配までは消せない。
そっと、娘の母に似たどこか丸みを帯びた優しい顔立ち。そして、碌でもない父の血を引いている証。金髪が混じった艶やかな黒髪とやや尖った耳。
男は、その美しい瞼にかかった髪の毛をそっとなぞる。
「ごめんな….。」
「ーーーおとうさん?」
(しまった。起こしてしまったか。しょうがない、静寂は解こう)
「ごめんな、起こしちゃったな。」
「ううん。大丈夫、ちょうど起きようと思ってた所だから。」
娘は優しげに語る。
なぜ、自分の様な化け物からこんないい子が生まれるのだろう。
トコトコと娘は、先程まで自身がいた高台まで歩いてくる。
ミッドガルドの中心に位置する巨大な時計塔。
その最上階に、男と娘はいた。
「ありがとね、お父さん。」
「え?」
娘から発せられた言葉は、自身が想像していたものとは真逆の物だった。
恐れられていると思った、失望されたと思った、かつての”父”を恨んだように娘もまた自身を恨んでいると思った。
「な、んでだ?ラティナ….」
「なんでって….お父さん意外なところで”てんねん”だよね。お父さんは私を虐めてたあのクソ女をやっつけてくれた。私は怖くて、もしかしたらお父さんに迷惑….ううん、それは言い訳。多分、悪者になるのが怖かったの。だからあの女に反抗できなかった。」
「……」
「でも、お父さんが私に出来ないこと。怖くて怖くてしょうがなかったこと、全部やってくれた。」
「怖く….ないのか?」
ずっと聞きたかったこと。聞くことが怖くて、拒絶される事が恐ろしすぎてずっと胸に留めてきた質問。
「怒るよ?お父さん。」
「……え」
「お父さんは、弱い私を。勉強も出来ない、料理も出来ない、会話も上手くできない、1人で生きていけない。そんな私を、お母さんが居なくなってからずっと1人で守って、育ててきてくれた世界最高で最強なお父さんなんだよ?」
「ラティナ….」
「お父さん….」
「ん?どうした、改まった顔して。」
「わたしは お父さんを 愛しています」
「……..はえ?」
まるで想像していなかった言葉に、素っ頓狂な声を上げてします。
「ーーーーッッ///」
(な、なんだその真っ赤な顔は。寧ろこっちの反応なんだが、え?愛し…..え?)
「かっかかかか、家族とおぉしてですね!あいッ….だ大好きなんでひゅ!!」
「そっそうだよな!家族!家族としてな!!は、ははは!!」
勘弁してくれ。その顔で愛しているなどと言われたら嫌顔でも反応してしまう。まったく、あの野郎に似て魔性の女という奴なのだろうか。末恐ろしい。
「ねぇ、お父さん。」
「な…なんだ?」
「お父さん、昔ミッドガルドを征服しようとしてたんでしょ?」
とんでも無い事をサラッと言ってきた。
「ど…どこでそれを!?」
「おばあちゃんが昔言ってた。」
(ははうえーーーっっ!!!!)
母には、計画の全てではないが断片的に自身がこのミッドガルドを征服し、”自分達エルフや人間種全体が差別なく暮らせる世界を作りたい”、という理想を聞かせていた。
「お父さん、やっちゃいなよ。私、お父さんがエルフ王…ううん。この世界の王様になるとこ見てみたい。そして、お父さんの作った幸せな世界で暮らしたい。」
「だが、リリス….お前の母さんとの約束が….」
「…….」
「…..はぁ。そうだな、元々人間を奴隷にしようとか家畜にしようと言うわけじゃない。そんなことしたら、あの人間、ゴブリンのクソ以下の連中と何も変わらない。それに、相手にやったことはやり返される。あの、お漏らしババアのようにな。」
「ゴブリンのクソ以下…..ププッ…..アハハハハ!!なにそれぇ!しかも、お漏らしババアの事も、そうだよね!悪い事したら天罰が下る。ガキでも知ってる”じょーしき”だよね!」
「あぁ、そうだ。だからラティナも決して自分から相手に対して酷いこと、自分がされて嫌なことはしちゃダメだぞ!」
「うん!勿論私はお父さんの娘で良い子ですごく可愛いもん!」
「お前、自分で可愛いとかガキどもとか….フフフ…..ハハハハハハハハ!!こりゃ参った、完全に俺の娘だ。」
「最初からそう言ってるよ?」
「あぁ、そうだな。そうか、お前は俺の娘なんだもんな。….わかった。」
男は大きく息を吸い込み、口にした。
「俺がお前の、いや俺たちの住みやすい世界を作ってやる。俺がこの国を、この腐り切った世界を変えてみせる。俺が、そう俺が王だ。」
人類最強の国家ミッドガルドにて、かの最強の悪神とその娘が、150年前このミッドガルド上層部を恐怖のどん底へと陥れた”アルフヘイムの怪物”が、再び人類に牙を剥こうとしていた。




