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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第25話 仕組まれた真意
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25-3

 シーラが立てた作戦は2段構えのものであり、まずは説得、そしてダメならユウキの力で全員倒すことだった。ただ説得は非常に困難であるとわかっていた。トリーが世界樹の接ぎ木を手離すとは考えづらく、またアオイとコニールがシーラと繋がりがあることがバレてしまっているため、それだけで不信を買うことになるのは間違いなかったからだ。


 それでも説得を諦めることはせず、まだ顔が割れていないユウキと、この中で知名度から信用を勝ち取りやすいコニールが説得に行くことになった。そして説得が失敗した場合、怪我人が出るであろう生徒同士の戦いより、不殺魔法で怪我無く気絶させた方が被害が少ないという判断だった。


× × ×


 ――何が起こったのか反応できた人間は極わずかだった。何か風が吹いたと思ったら、ジェインゼミの生徒が一人宙を舞っていた。その生徒がいた場所では、身の丈ほどの大鎌の刃が、月の光に照らされて怪しく煌めいていた。


「ひっ……!」


 周囲にいたジェイゼミの生徒が突然の襲撃に悲鳴を上げるが、悲鳴を出し切る前に今度は2人、大鎌の一閃に倒れる。まだあと周囲に10人ほどのジェインゼミの生徒がいたが、彼らは目の前の黒いマントをたなびかせる男に、完全に委縮してしまっていた。


 その様子を見て、生徒寮の生徒たちはしばらく茫然自失していたが、今がチャンスだということに気づく。


「お……おいあの男、もしかしてこっちの味方なんじゃないか?」


「今ならあのジェインゼミの奴らを倒せるかも……!」


 何人かがユウキの強襲に便乗して、ジェインゼミの生徒たちに魔力を向ける。しかしユウキはそれを見逃さず、今度は生徒寮側の方へ向かい、魔法を放とうとしていた生徒たちから大鎌で薙ぎ払っていく。


「な……なんなんだよコイツは!」


 ジェインゼミの生徒を襲ったと思ったら、今度は生徒寮の生徒を襲ってきたユウキに、その場にいた全員が困惑していた。そしてユウキの手が生徒寮の生徒たちに向かったことで、フリーになったジェインゼミの生徒たちが今度は逆に生徒寮の生徒たちを狙う。


「あの黒マントごとでもいい! あいつらを狙えー!」


 ジェインゼミの生徒たちが一斉に氷魔法を放つ。世界樹の接ぎ木で強化された魔力は、大人顔負け――どころか現役の魔法使いのレベルを遥かに超えた魔法を子供たちに撃たせた。生徒寮の生徒たちがいくらエリートであっても、現状のレベルでは太刀打ちできっこないほどの威力。


 学校で全生徒含めトップクラスの成績であり、卒業後には軍の魔法使い部隊への内定も貰っているハロルドでさえ、これほどの威力の魔法は見たことなかった。そしてそれに対抗する術も持っていなかった。ただ恐怖で呻くしか、できることはなかった。


「う……うあああ……!」


 しかしユウキがその魔法の前に立ちふさがった。大鎌を構え、生徒寮の生徒たちを守るように立ち向かう。そして大鎌を振り回すと、生徒寮の生徒たちに向かっていた氷弾がすべて叩き落されていた。


「え……!?」


 その光景に周囲の生徒が全員驚愕していた。特にジェインゼミの生徒たちは、ユウキのその表情を見ることになり、恐慌状態になって魔法をさらに連打し始める。


「うあああああああ!!!」


 ユウキはそれらの魔法も叩き落し続けるが、一人ですべてを防ぐのは難しく、迎撃に失敗した氷弾が一人の生徒の下へと向かっていく。その生徒は腰を抜かしてしまい逃げることもできず、恐怖から目を瞑って両手を前に向けるが、いくら待っても全くの痛みも感じなかった。恐る恐る目を開けると、そこには黒マントの男が息を切らしながら、肩を押させて立っていた。


「だ……だいじょ……」


 その生徒は黒マントの男を心配して声をかけるが、次の瞬間に意識が吹っ飛ばされ、視界が真っ暗になる。その一連の行動を周囲の生徒たちはただ眺めていることしかできなかった。


「いったい何なんだあいつは……!」


 ハロルドがそう言いたくなるのも無理はなかった。ユウキは氷弾を防ぐのを失敗すると、その身を投げ出して生徒を守っていた。左肩に氷弾が直撃し、本人も痛みに呻いていたが、それでも膝をつくことはなかった。しかも助けた生徒を結局大鎌で切りつけ、行動不能にさせているのは、何をどう考えても行動が矛盾しきっていた。


 ユウキは左肩を押さえながらジェインゼミの生徒の人数を数える。


「ひいふうみい……世界樹の接ぎ木を持ってるやつを除けばあと9人……。魔法のレベルの違いから、やっぱシーラの言う通り、向こうから倒していった方がよさそうだ……」


 そう呟いて大鎌を構えなおすと、その場から跳躍してジェインゼミの生徒たちの方へ向かっていく。


「20秒で片付ければ、向こうも体勢整える前に終わらせられるだろ!」


 ユウキはジェインゼミの生徒の中心に立つと、大鎌を大きく振り回して生徒たちを巻き込んでいく。今度は生徒寮の生徒たちも先ほどの襲撃により竦んだままであり、横やりは入らなかった。そして今度は生徒寮の生徒の方へ跳躍する。


「今度はこっち!」


 ジェインゼミの生徒でまだ動ける者がいるかもしれないが、流石に今のユウキの襲撃の直後に動けるのは考えづらかった。その間に生徒寮の生徒たちを大鎌で切り刻んでいく。世界樹の接ぎ木による強化が入っていないため、こちらの方がまだユウキとしては相手がしやすかった。


「なんなんだ……なんなんだお前はよおおおお!!!」


 ハロルドは恐慌状態に陥りながら魔法を乱射する。それは全く狙いのつけられていないあてずっぽうなもので、近くにいた生徒寮の味方にすら当たるコースで飛んでいた。しかしその魔法すら、ユウキの圧倒的なスピードで叩き落され、犠牲者が出ることはなかった。――しかしそれが逆にハロルドの恐怖心を倍増させた。


「ひっ……ひ……!」


 ハロルドは腰を抜かして逃げようとするが、それもかなわずに大鎌で脳天を貫かれる。意識が吹っ飛ばされる直前、ハロルドは恐怖から逃れられた喜びからか満面の笑みを浮かべながら倒れていった。


 コニールは離れた場所からユウキの戦いぶりを見て息をのんでいた。ユウキは決してセンスのいい方ではない。この世界に来たという3か月前までは喧嘩すらろくにしたことがない、ただの学生だったはずだった。


 そのただの学生が、今目の前で自分を囲んでいる数十人の魔法使いの見習いを相手に、一人で殲滅している。その見習いだって、ユウキとそう年齢は変わらない。それどころかユウキよりも年上の人間だっている。


 ユウキがここまで戦えるようになったのは、異邦人に与えられるというステータスとかいう力のおかげであると言うのは容易い。しかしここまでやれるようになるには、もうそれだけでは説明がつかなかった。


「……あの子には“特別な才能”がある」


 コニールはそう呟いた。ユウキにはそうそう似合わない言葉。本来埋もれていくはずのものが、ステータスにより強引に引き出されたもの。


 そして3分後には立っているのはユウキと極わずかな人物だけ。ジェインゼミ側はトリーとジェイン、生徒寮側はケンイチのみが立っていた。


「はあっ! はあっ! はっ!」


 ユウキは腰を落とし、肩で息をしていた。さすがに20以上の魔法使いの卵を相手に、一人で戦うのは無謀だった。しかも身を呈して生徒たちに被害が及ばないように何度も庇ったおかげで、体中に痣や出血が浮き出ていた。


「はあっ……! はあっ……! お前は……!」


 ユウキもこれだけ人が減ったことでようやくケンイチの存在に気づく。ケンイチは憎しみのこもった目でユウキをにらみつけるが、動くことができなかった。先のベイツ家での戦いのトラウマがケンイチに深く刻まれていた。心はユウキを八つ裂きにしてやりたいのに、身体は竦み今すぐにでも駆け出して逃げ出したいと震えている。


「異邦人狩り……ちくしょう……!」


 不殺魔法のことも知らないケンイチからしたら、ジェインゼミの連中はともかく、生徒寮側の友人たちも無差別に巻き込んだ狂人でしかない。ユウキが怪我人が出ないように庇ったり、なるべく手加減したせいで怪我を負ったことは完全に無視していた。


「あと……二人……いや……三人……!」


 ユウキはトリーとジェイン、そしてケンイチの方を見て、まずはケンイチの方へ向かっていく。相手が一人だからというのもあるが、それが“作戦通り”というのもあった。


「怪盗団……! まずはお前から……!」


 ユウキはケンイチの方へ息を切らしながらゆっくりと歩いていく。その瞬間、何かを目の端に捕らえ、とっさにそれを大鎌で切り落とす。地面に落ちたそれを見てユウキは声を漏らした。


「なんだ……野球ボール!?」


 地面に落ちていたのは野球の硬式の球だった。半分に切れたその球は煙を上げて消えていく。そしてその煙の方向を目で追っていくと、そこにはエンドウが立っていた。


「なるほど……このくらいの球なら落とすことはできるってわけだ」


「お前……!」


 ケンイチはエンドウを見て強張った表情を向ける。エンドウはその表情に気づきはするが、ユウキから目を離さずに答える。


「……わかっているお前が何を言いたいか。確かに俺はお前の成果を横取りするために……もっと言えば異邦人から見捨てるためにきた。……だがな」


 エンドウはユウキを強く睨みつけていた。


「まずはあいつからだ。もう犠牲者を増やさないためにも」


 ユウキに敵意を向けるエンドウを見て、ケンイチは少し悩むものの拳をひっこめた。そしてケンイチもユウキをにらむ。


「……ああ。わかった。まずはあいつだ。あの死神風情をぶっ殺してからだ!」


 エンドウとケンイチが正義感を抱いて立ち向かってきているのを見て、ユウキは心底から呆れて肩を落とす。自分でもここまで他人に軽蔑心を抱いたことがないとハッキリわかるくらいに、あの二人に対して侮蔑の心は生まれていた。


「ははは……今更正義ヅラ……。なんていうか、俺だって頭良くない自覚はあるけど、恥は知ってるよ。……こんな恥知らず、初めて見たよ」


 ケンイチとエンドウは自分たちがこの状況を引き起こしたことを完全に忘れていた。しかしだからこそ厄介だった。人は悪びれることなく、正義の力を振るうときが一番力を発揮できる。ケンイチとエンドウはまさにその条件を満たしていた。ユウキは慣れていると言わんばかりにケンイチ達に向かって怒鳴るように言う。


「ああそうかいわかったよ! なら俺が悪者でいいよ! 悪者にされてるのは慣れてるんでな……こんちくしょう!!!」


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