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生徒寮の前で、避難している生徒たちが十数人並んでいた。生徒寮で戦える生徒全員が集まった形となり、その中にはケンイチも並んでいた。そして彼らの正面には研究棟から避難してきた者たちがおり、いつ襲ってくるかわからない魔物におびえながら、生徒寮の結界に入って行こうとしていた。
「そこで止まれ!」
そう叫んだのは生徒寮側の生徒の中で最年長である7年生のハロルドだった。今現在生徒寮にいる面々の中では最も実力が高く、生徒たちの自警団でもリーダー格を務めていた。
「なんだってこっちに来た! 研究棟にもセシリー先生の結界が張られているはずだ!」
ハロルドの質問に研究棟からの避難民――ジェインシンパ以外の者たちは恐々になりながら答えた。
「早く結界に入れておくれよお! なんか研究棟で外部の侵入者が出たとかなんとかで……! しかもそいつが私たちを襲うって……!」
「何……!?」
ハロルドとその他の面々はその情報を聞き驚くが、ケンイチはその人物が誰か予想がついていた。
(あの第五世代とかいう異邦人か……。噂によれば研究棟のジェインシンパ達が世界樹の接ぎ木を手にしたという話だし、そのためか……?)
ハロルドはその避難民の話を聞くと、少し悩んだ後に意を決して避難民たちに言う。
「わかった! まずは外にいたら魔物に襲われるかもしれないし、結界の中に入ってきてください!」
ハロルドは避難民たちを結界の中に案内した。前列は殆ど職員であったため、ハロルドが敬語で案内するのはごく自然なことだった。前列が職員であることも不自然なことではない。この状況では前を歩いて子供たちを誘導するのが職員の役目であり、決して命可愛さに前を行っている訳ではないとわかっていた。だからこそ、職員の集団が終わった後に続く子供たちの列でハロルドはその集団の進行を止めた。
「待て……!」
ハロルドは後ろに続く子供たちを見る。あと数十人ほどが続いているが、騒いでいる様子もなく落ち着いていた。――この魔物がいつ襲ってくるかわからない中で。
「君たちはいったいここまでどうやって来たんだ……!?」
ハロルドは当然の疑問を口にした。いくら固まっていたとはいえ、魔物は襲ってくる。そんな中パニックにならずにここまで避難してくるには相応の実力を持ったものが魔物を撃退しないといけない。しかし研究棟にいる面々でそれほどの実力を持ったものがいるとは思えない。――であるならば答えは一つだった。
「世界樹の接ぎ木を手にした噂は本当だったのか……!?」
ハロルドがそう言った瞬間、結界の外で10人ほどの生徒が魔力を高め始め、臨戦態勢をとる。それに目をとられ、ハロルドおよび生徒寮の生徒たちは避難してきた子供たちから目を離してしまい、その隙に子供たちは結界の中に逃げ出していく。子供たちが避難していくのを見て、トリーがハロルドに諭すように言う。
「ほとんどの子供たちは無関係です……。その子たちは避難させてあげなさい」
ハロルドはその声を聴いて冷や汗を流す。制服についているバッジから4年生――14歳であることはわかるが、声から察せられる雰囲気が全く別物だったからだ。
「……君が世界樹の接ぎ木を持っているんだな」
周囲にジェインシンパの生徒たちがトリーを囲むように立っており、そして横にはジェインが立っていた。あらゆる状況がトリーが接ぎ木を持っていることを示していた。
「おい君! いったいどういうつもりだ! 何が目的でここまで来た!」
生徒寮の生徒たちも臨戦態勢を取り、ジェインシンパの子供たちに魔力を向ける。本来なら落ちついて話せば終わるようなことだが、この事態の緊張感が彼らから冷静な判断力を失わさせていた。何か得体がしれないなら、全員敵だと。
まずその糸が切れたのがジェインシンパの子供の一人だった。その子は泣きながら、生徒寮の面々に敵意を込めた表情を向ける。
「ふざけんなよ……! そうやってお前たちだけがこの学校を守っている気になりやがって……!」
「は?」
覚えのない敵意に生徒寮の生徒たちは困惑するが、それが呼び水となり、ジェインシンパの生徒たちの興奮を呼び起こしてしまう。
「そうだ……! あなたたちは……自分たちだけ守って!」
「私なんてジェイン先生に助けてもらえなかったら、魔物に襲われてたのよ!」
研究棟に避難していた生徒たちは好きで研究棟に避難していたわけではない。ほかに行き場所がなかったのだ。生徒寮に逃げても自分たちをイジメた者たちと一緒になることになり――それどころかこの状況でも救いの手を差し伸べられなかったから研究棟に避難していた。
何より問題なのはそれを生徒寮の生徒たちが全く自覚していないことだった。自分たちも被害者であるこの状況で――そして自分たちのイジメに対し全く罪悪感を抱いていないこともあり、何を言い出しているのか、理解すらしていなかった。
「何言ってやがる! そんなの知るかよ!」
「そもそもお前らがそんなの持ってるから、こんなことが起きてるんじゃないのか!」
生徒寮の面々も反論し、互いに敵意をむき出しにし始めた。あと何か少しのきっかけがあれば、魔法の打ち合いが始まる――そんな瀬戸際だった。
「……ん? 何あれ?」
生徒の一人が、上を見上げると何かの影が落ちてくるのが見えた。最初は魔物かと思い叫ぼうとするが、すぐに違うことに気づく。何か布みたいなものがはためいており、魔物が服を着ているとは考えづらいためその可能性はすぐに消えた。そして次に思ったのがゴミか何かが宙を浮いていると思ったが、それはまっすぐこちらに向かっており、しかも近づいてくるたびにシルエットが鮮明になっていった。
「まさか……人!?」
その言葉を聞いて何人かが上を向いた瞬間、その影は地面へと着地し、黒い布をたなびかせながら生徒寮の生徒とジェインシンパの生徒たちの真ん中に立っていた。背中には誰か人を一人背負っているのか、金髪の女性の姿が見える。
「お前たちいったん落ち着け!」
その黒い布を羽織った少年は大声で叫ぶように言った。あまりに大きな声に、全員が呆気に取られて水をぶっかけられたように興奮が収まる。しかし背中に抱えられていた女性はモロにその大声を聞いてしまったためか呻いており、落ち着くとともにその少年の頭を思いっきりぶん殴った。
「大声出すなら事前に合図をしてくれ! 耳ふさぐ必要があるだろうが!」
「す……すみません……」
後頭部を勢いよく殴られたその少年は涙目になりながら謝っていた。周囲の生徒たちはその光景に呆気に取られていた。それは空からいきなりやってきたことや、少年の大声によるものだけではない。少年に背負われていたその女性の顔が誰しも見覚えがあるものだったからだ。
「ストローズ魔法学校の生徒たち!よく聞いてくれ! 私はパンギア王国騎士団中隊長コニール・ウェアライトだ!」
コニール。その名前を聞いて生徒たち全員がどよめき始める。コニールは自分の名前を使うことをあまり好んではいなかったが、今この状況では好みの問題を言ってられる場合ではなかった。コニールは自分を背負ってくれていたユウキの背から降りると、生徒たちに向かって言った。
「研究棟から避難してきた生徒諸君! 研究棟を襲ってきた襲撃者は私が倒した! もう君たちの身を脅かす者は存在しない! それにこの状況を解決できる方法もすでに見つけ出してある!」
コニールは襲撃者であるベイツを自分が倒した倒したことにして生徒たちへと伝えた。これも事前に打ち合わせしてあって、突然の登場人物であるユウキよりもコニールの方が説得力があるという理由だった。
「その方法は、トリー君が持っている世界樹の接ぎ木を私に渡してもらうことだ! そうすればこの状況を終わらせることができる!」
コニールの言葉に生徒寮もジェインシンパの生徒もどちらもどよめいた。確かにこの状況が終われば争いあう必要もなくなる。家に帰ることもできる。従って当然の言葉であった。――しかし。
「……それが本当に正しいことなんて、いったいどうやって証明できるんですか?」
トリーはコニールに反論する。本来コニールのファンクラブの一員である彼女だが、そのコニールの言葉に食って掛かっていた。しかしそのトリーの反論に、生徒寮側の面々は納得いくものではなかった。
「なに言ってんだ! この光の壁が無くなるならそれでいいじゃねえか!なんで渡さないんだよ!」
「さっさと渡せよ! 何も迷う必要ねえじゃねえかよ!」
生徒寮側からは当然の反論が飛んできていた。確かにここで渡さないのはトリーが世界樹の接ぎ木を手放したくないから、というのは否定できないだろう。実際にジェインゼミの生徒たちも何人かは疑いの目でトリーを見ていた。――ある一言が出るまでは。
「この”出来損ない”どもが! 早くコニールさんに渡せよ!」
その言葉を聞いて、ユウキとコニール、そしてジェインゼミの生徒たちの表情が全員変わる。その言葉を発していたのはハロルドだった。そして表情が変わったのは生徒寮側の生徒以外全員――つまり生徒寮の生徒たちは今の発言についてなんら疑問を抱いていないということだった。
「おいおいおいマジか……!」
ユウキは表情を強張らせた。事前にシーラから情報をもらっていたとはいえ、この学校の選民意識がどれだけのものかというものを今目の当たりにしたからだ。そしてそれがこの状況でどれだけの悪手であるかということも。
ユウキはジェインゼミの生徒たちを見た。さきほどまでコニールに接ぎ木を渡すべきだと悩んでいた子供たちも、憎しみの籠った目で生徒寮の方を見ていた。その状況の中、トリーの隣にいたジェインが子供たちを制するように声を上げる。
「あなたたち! コニールさんの言うことを聞いたでしょう! この状況を終わらせる術を彼女は持っているんです!なら……!」
「それが本当だって証拠はどこにあるんです!」
生徒の一人がジェインに反論する。別の生徒も声を上げた。
「コニール様は、あのシーラの仲間だったんでしょう!? それに今は指名手配を受けて、国から追われているって!」
「もう何も信じられない……! それに私たちは魔力を手に入れたんです! 魔物が現れたって、私たちで退治すればいい……あいつらを倒した後で!」
ジェインゼミの生徒たちは、生徒寮の生徒たちへ敵意を向けた表情を向ける。それを受けて生徒寮の生徒たちもとうとう臨戦態勢をとった。
「ほら見ろ! あいつらはやっぱりそういうやつらだったんだ!」
「俺たちがこの学校を守るんだ! 世界樹の接ぎ木をあいつらから奪えば……!」
ユウキとコニールを挟んで、生徒寮とジェインゼミの2つの勢力が、互いに敵意を向けあう。その状況を見て、ユウキはコニールはかばう様に背後へと寄せた。
「やっぱり交渉は決裂か……そりゃあそうだよなあ……」
残念そうに言うユウキに、コニールはユウキの肩に手を置きながら言った。
「いいか! あくまで相手は子供だ! 不殺魔法をかけてあるとはいえ、やりすぎるなよ! ……君ならよくわかっていると思うが念のためだ!」
ユウキは頷いて答えた。
「ええ、俺だってこうなることを望んでたわけじゃない。そりゃあ話し合いで解決するならその方がよかったさ。……でももうやるしかない!」
ユウキは右手に大鎌を出現させると、2つの勢力を相手取るように構えた。そしてそのユウキを、生徒寮側で立っていたケンイチは目を血走らせながら睨みつけていた。
「異邦人狩り……!!! 貴様ぁ!!!」
そしてもう一人、ユウキたちと別れていたエンドウが、近くの校舎の2階の窓から眺めていた。エンドウは手に持った笏を握りしめると、ユウキに対して敵意をもって悪態をついた。
「やはり子供ごと倒して奪うつもりか……そんなことさせるかよ!」
ユウキは四方を敵に囲まれながらも不敵に笑い、己を鼓舞するように叫ぶ。
「ちょっとだけ痛いけど覚悟しろよお前ら! ……俺はエリート学校に入れるお前らほど出来が良くないからな! 手加減なんか期待すんじゃねーぞ!」




