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コニールが発見したベイツの木が追跡する能力の使い方。それは物体の停止能力で木の動きを止め、その間に木の重力操作を行いユウキの方へ重力を向けること。不規則に動きまわる人相手ならともかく、物相手ならピントは確かに合わせやすい(コニールにピントの存在はわからないが)。
コニールはそれをユウキに伝えようと思った。そしてベイツから妨害を受けたところをユウキに助けられた。――しかし、助けられたあともコニールは言葉を発することができなかった。
「ユウキ君……」
コニールはユウキに声をかける。ユウキの耳には入っているはずなのだが、ユウキはコニールに振り向きもしなかった。しかし少ししてからユウキはコニールの声掛けに答えた。
「……大丈夫です。手足の骨折が痛むでしょうが少し待ってください……。1分で終わらせますから」
コニールはユウキのその声を聴いて、背中に嫌なものが流れた。声は本当に優しい――優しいのに、ユウキの纏う雰囲気は全くその口調に合っていなかったからだ。
その雰囲気にのまれていたのはベイツも同様だった。今まで数十人を殺してきて、抵抗してきた相手もいる。しかしもうその時には身動きが取れない重傷であるのがほとんどであり、その反抗的な表情はむしろベイツの嗜虐心を増幅させていた。
今のユウキは全身に打撲を負っており、何回も頭に木が直撃したこともあり、頭からも血が流れだしていた。それに加えベイツは知らないがつい数時間前に盗賊団との戦いを行っていたばかりであり、その時の傷も負っていた。先ほどの攻撃は間違いなく効いている。そのはずなのに。
「……ひ……ひ……!」
ユウキが一歩近づいてくるたび、ベイツは後ずさる。自分は第五世代の異邦人であり、第四世代以前の異邦人とは格が違う。先ほど一閃を切り結んで、相手の力量も把握できたはず。だがベイツの心の中にはある感情が埋め尽くされていた。――“怖い”。
「ああああああああ!!!」
ユウキは叫びながらベイツに向かっていく。ベイツはナイフを構え、そして月の欠片を取り出す。
「舐めるなぁっ!」
ベイツに向かっていくユウキの周囲から倒木がユウキに向かって落ちてくる。ユウキはその場から跳躍して木をすべて避ける。しかしそれはベイツの狙い通りだった。
「木と一緒に空に落ちていけえ!!!」
ユウキが避けたことにより、木同士が衝突して動きを止めた。――つまり停止の能力を使わなくても、ここから重力を操る準備が整ったということだった。ユウキは跳躍しているためここから動くことはできない。
木が空中にいるユウキに向かってくる。ユウキは自分に向かってきた木を殴り飛ばしていく。完全に見えてない不意打ちならともかく、このくらいの勢いであれば難なく防ぐことができる。そしてベイツはそこまでしっかり読み切っていた。ユウキは自分の動きが急におかしく――何か天地の認識がわからなくなっていることにようやく気付く。ユウキの疑問の表情を見て、ベイツは笑顔を浮かべた。
「ようやくかかった」
ユウキに重力操作の能力がかかり、そして重力の方向は斜め上を向いていた。その方向はここから学校の外につながる方向だった。
「お前を上にも横にも落としても死ぬかは怪しいからなあ! お前が教えてくれた上からならここを出入りできるというのを利用させてもらうよ!」
ユウキの身体が浮きはじめ、上へと引っ張られていく。
「学校の外に落ちて行けええええ!!!」
「こうなることを考えてないわけねえだろ!!!」
ユウキは大鎌を出現させると、それを思いっきり振りかぶる。大鎌の大きさは2mほどだが、まだベイツとの距離は8m以上ある。振っても刃が届く距離ではなく、投げてもベイツのステータスなら余裕で避ける身体能力はある。ユウキの無駄なあがきにベイツは嘲笑しながら言った。
「なんの意味があるというんだ!」
「おらああああ!!!」
ユウキは地面に向かって大鎌をふるうと、刃が地面を貫いて深く刺さる。そして大鎌に捕まる形でユウキの動きが止まった。
「何……!?」
ユウキの予想外の耐え方にベイツは困惑するが、ベイツはここで思考が止まるような凡庸な人間ではなかった。すぐにスマホを取り出すと、物体停止の能力の使用に移る。今ならユウキは素早く動くことができず、一撃で決めることができる。
「これで……!」
ベイツは勝利を確信したが、それはユウキも“同様”だった。
「ようやく無防備になってくれたな」
ユウキは羽織っているマントを掴むと、それを自身の目の前に大きく広げるように投げる。横から見ていたコニールは何をしているのかわからなかったが、対峙するベイツはその行為の重大な意味を理解させられることになった。
「しまっ……!」
マントがユウキの姿を隠してしまい、カメラの射線をふさいでしまった。そしてその間にユウキは大鎌に捕まっている腕に力を込める。
「行けるか……行くんだ!」
数時間前に怪盗団と戦っていた時、ユウキは大鎌を壁にめり込ませてしまったことがあった。その時、鎌はユウキが全力を込めても抜くことができず、引き抜こうとして壁に張り付くくらいだった。その前例がユウキにこの作戦を立てさせた。
「行けえええ!!!」
ユウキは思いっきり身体を振ると、勢いよく大鎌から飛び出していく。そして自身を守るために広げたマントを回収しながらベイツの方へと向かっていく。しかしベイツはそれを見てもあわてることはなかった。
「そんなもので届くか!」
確かにユウキのステータスは第五世代以下にしては特筆に値するが、それでも腕の力だけで10mも跳躍するなんて無茶苦茶なことができはずがない。実際にまだ数mあるにも関わらずユウキの勢いは止まり始めていた。
「まだ……まだだ!」
ユウキは大鎌を再び右手から出現させ、地面に突き刺す。そしてもう1度振りかぶって飛んでいくが、ベイツはすでにその場から下がり始めていた。
「お前がそうやって飛んでを繰り返しても、走っていく私の方が絶対に速い! そして……!」
ベイツは周囲の木にもう一度重力操作の能力をかけ、ユウキに向かわせる。この状態でユウキはもう防御も回避も行うことができない。
「これで私の勝ちだあああああ!!!」
ベイツは勝利を確信していた。――しかしその思いは右足に突然感じた異変によって遮られることになった。
「……なんだ?」
急に右足が締め付けられるような感覚を覚え、ベイツは右足を見た。するとボロボロの黒い布がベイツの右足に括りつけられていた。そしてそれは長く伸びており、それを辿っていくと――。
「まさか……!」
「ああ、そのまさかだ!」
――ユウキの右手に辿りついた。そしてユウキがベイツの足に括りついたマントを引っ張ると、ベイツは体勢を崩してユウキの下へと引っ張り出される。
「……ようやく射程範囲だ」
ユウキはベイツの襟筋を掴みながらそう言った。ベイツの両手はスマホと月の欠片でふさがっている。しかしまだベイツは自分が負けたと思っていない。自分の強さならここから逃げ出すことくらい――。
「……できない!?」
ユウキが自分を掴んでいる力が強すぎ、ベイツは身動きが取れなくなっていた。
「な……なぜだ!? 俺は第五世代だぞ!? なんでお前の力で俺が……!」
「第五世代だかなんだか知らねえけどよ! 今動けないんだったらその現実を見て対処しろよバカ野郎!」
ユウキはベイツを斜め上へと投げ飛ばす。そしてそれと同時にベイツが先ほど能力を使用した木がユウキへとぶつかっていく。
「は……ははは……!」
ベイツは安堵した。ユウキに捕まれた時は焦ったが、結局周囲から落ちてきていた木に対処を迫られ、ベイツを投げ飛ばすくらいしかできなかった。ベイツがもし異邦人でなければ着地の際に怪我を負っていたかもしれないが、第五世代の自分であれば10m以上の高さから落ちても無事で済むし、何より能力で自分の重力を操作すればいいだけ。
しかしベイツは忘れていた。自分が投げ飛ばされたのは“斜め上”ではなく“真下”であることを。
「うおおおおおお!!!」
ユウキは重力に身を任せて空に落ちていく。そしてその方向にベイツがいることはわかっていた。
「しまっ……!」
ベイツは自分に向かってくるユウキを見て目を見開いた。そして自分の重力を操作して逃げようとするがもう間に合わなかった。ベイツはもう、恐怖で叫ぶしかできなかった。
「う……うあああああああ!!!」
ユウキは右手に大鎌を出現させると、それを両手で握る。今日使い始めた武器ではあるが、これで実戦で使うのは5人目。もう目測を誤ることもなかった。
「だから言ったろ!許さないってなあ!!!」
大鎌の一閃がベイツの身体を貫く。不殺魔法がかけられているために切断されることはなかったが、その勢いでベイツの身体は強く地面にたたきつけられ、ベイツは口から血を吐いた。そしてベイツの手から月の欠片が手離され、その瞬間に空に飛んでいく。
それと同時にユウキの重力異常が解除され、ようやく“地面へと落ちて”いく。その落下地点は倒れていたコニールの横であり、ユウキは地面に叩きつけられながらも、笑顔でコニールを見た。
「ははは……なんとか……やってやりましたよ」
先ほどまで鬼神のごとき雰囲気を漂わせていたユウキと違い、あどけない少年の表情がそこにあった。コニールは少し戸惑うものの、微笑みを浮かべ、折れてない方の手でユウキの頬を撫でる。
「……ああ、見ていた。やっぱり君はすごいよ」
「へへへ……やっぱインジャみたいな奴よりも、コニールさんから褒められた方が何百倍も嬉しいや……」




